恋歌
つゆ草の栞を挟んで
天文航法の本を閉じたら
燕は何処にもいなくなっていた
秋はそんな風にやって来て
僕はようやく
星の高さを測定し始める
けれども胸に広がる空の青さは
六分儀では測れないから
僕はひとり呟く
一体いま 終わってしまったものは
何だったのだろう
*
遠くで鳴る鐘の音が
送電線を揺らす風に運ばれて
僕の痩せた頬を撫でて行く
風がささやく言葉に向かって
手のひらを差し出しても
真白い蝶の飛跡に変わって
屋根の向こうに消えて行った
あれは空耳だったと
君は笑っていたね
*
ある雨の日の午後に
僕らは無垢ではなかった
僕らはうす暗い部屋に横たわり
遠ざかる雨音の間から
聴こえて来るかすかな消息と
じっと体温を感じ合う
静けさの裏から記憶のように訪れる
か細い呼び声に耳を傾けて
そうして僕らは
いつも見失ってしまう
空の向こうまで続く白い道を
何処まで行けば
自由と愚かさの意味を悟るのだろう
*
君は笑っている
朝の月が好きと言って
君は小さく笑っている
そのとき僕の胸の中に
小さな慄きが棲み付くことを
君は知っているだろうか
いつか白い月に翳が射しても
僕の小さな慄きは
秋のきりっとした光を浴びて
蜜柑の実る島を浮かべた
君の海へ
駆けて行こうとする
君の海へ
*
星の高さを測定する僕に
燕の飛んで行く先は見つかったのか
終わってしまったものを空に葬り
今こそ僕は歌い始めよう
季節の楽譜に刻まれた
恋歌を