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今の高齢者に必要なのは?

『医者が教える非まじめ介護のすすめ』を読んで

親の面倒は子供が看るのが人としての務め。最後を人任せにするなんて酷い。愛情さえあれば介護は家族が一番うまくやれる。
そのような考えは一般的ではなく、普通でもない。思い込みです。介護行うことで一緒に崩れていくことなく過ごして欲しいです。

老いたら自分の足で動けなくなり、口から食べれなくなり、やがて死ぬ。これが自然の摂理。それを超えてまで生きているのは、本当に幸せなのか?本人の希望ならまだしも誰の希望で行っているのかをハッキリさせたほうが良いでしょう。

またヨーロッパ社会では『人間にとって、死ぬより辛いことは、自分の能力を超えて活かし続けられることだ』と言われているそうです。お国柄や異文化というのもあるが、介護苦や生き長らえるえての苦しみは日本独自のものだと考えてしまう。

高齢者の本音って?
一番嫌いなのは、自分の生活リズム、自分のやり方を変えること。自分で築いてきた生き方を否定や拒否されて他者に変えられることである。例えそれが生きることであっても頑なに崩さないことがある。

直ぐには死ねない身体となり、自分の最後がわからなくなる不安。延命とその場での治療と薬での継続治療で自分の最後の時が不明瞭になっていく。
本人達も苦しんでいる。だが分からないことが不安であり、薬を出した人でさえ明確な最後の時を判断出来ない。

全てにおいて億劫となり、生活自体が面倒になり煩わしくなる。また出来ない自分を自覚してしまう。そんな現実を受け入れたくないため苛立ち、不機嫌になる。そのような悪循環が、多くの高齢者とそれに携わる人達を苦しめている。

高齢者への現実
高齢者に好きなものを好きなだけ、好きな時間に食べてもらうは難しい。健康や治療のため、そして生きるために好きに食べることは出来ない。
またゼリー状のものやとろみを付けたものや普通の食事ではないものを食べ続けないとならない場合もある。
自分が望む食事が出来るのは、本当に幸せのことである。

残りの日々を嫌なこと、苦しいこと、苦手なことをやめて好きに生きることは難しい。生きていくために、望んでなくても定期的に身体を動かし、病院で指導された生活様式で生きていき、毎日薬を飲んで生活していく。
生活リズムを変えられることを一番に嫌うが、「生きる」という目的になると無理やりにでも変えられてしまうのが現状である。


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