ガラスの箱、こぼれる星

春の空を溶かしたみたいなガラスの箱に、星の色の金平糖を集める。
ぼくのとっておきの、お菓子の箱。

でもこの箱はとっても小さくて、そんなにたくさんの金平糖は詰められない。
あの子の箱は頑丈で、とても大きくて、いっぱいのお菓子でぎゅうぎゅう。
ぼくはそれを、壊れた左の目の端で捉えて、ふっとため息をつく。

大事に抱えて歩かないと、繊細なガラスの箱は粉々になってしまうから、そっと両手で包み込みながら、ぼくはおそるおそる進む。
けど、しょっちゅう転ぶんだ。ぼくには世界がはんぶんにしか見えない。気を抜くと、すぐに躓いたりぶつかってしまう。

ほら、また転んだ。目の前に大きな岩が現れるまで、ぼくには夢みたいな虹しか見えてなかった。お菓子の箱だけは守ろうと、両手にかかげておなかから倒れる。箱に伝わる衝撃が水色のガラスを揺らして、せっかく集めた金平糖が、乾いた砂にころころと転がる。待って、と声をかけたけど、見失ってしまった。

何度も何度も、金平糖を見失った。近くに落ちているのを見つけたこともあるけれど、洗って箱に戻そうとしたら、みんな跡形もなく溶けてしまった。

小さなガラスの箱の底に、ほんの少しだけ残った金平糖。白や黄色や桃色や、あんなに賑やかだった色とりどりの山は消えて、水色の底に透けてぼくの手のひらが見える。寂しくて寂しくて、ぼくの目から涙が落ちる。ぼくの涙で、せっかく残った金平糖が、またひとつぶ、溶けていく。

からっぽの箱が切なくて、また金平糖を買ってくる。でもこの金平糖は、ぼくの好きだった、坂の上の赤い屋根のお店で作っているあの金平糖じゃない。かりりとかじると、甘過ぎる砂糖の味がぼくを追い詰める。

箱を逆さまに振る。手のひらに、金平糖が落ちてくる。いっぱいに掴んで、空に投げる。
空に吸い込まれた金平糖は、星になるんだ。白や黄色や桃色の、賑やかでささやかな星。消えた金平糖も、溶けた金平糖も、きっと星になったからもう帰ってこない。でも金平糖が瞬く空は遠い半球にあって、ぼくの壊れた左の目には探せない。だからどんなに綺麗だとしても、ぼくにはわからない。

軽くなったガラスの箱を、さびしく笑って胸に抱えた。からからと、遠くに響く電車のリズムにかき消されそうな音がする。

箱の底に、角に引っ掛かるように、ずっと残ってた金平糖が、ほんの数粒、ころりと姿を現す。ちゃんとここにいたよ、忘れないで、って。
ひとつぶかじった。ぼくの大好きだった、やさしい夕焼けみたいな味がする。あんまりやさしくて、ぼくの壊れた左の目に、幻のように涙が沈む。

本当にときどき、星の海から金平糖が落ちてくるんだ。銀色や金色に光る、さらりと甘い金平糖。いつもぼくが寝転んで見上げる、氷のにおいがする空気が闇をくっきり美しく、どこまでも遠く透きとおらせる、星がこぼれる波の夜。誰も綺麗だと言わなくても、ぼくはこの空より綺麗なものをほかに知らない。

こぼれ落ちてきた星が、ぼくの手のひらですうっと光を放ち終えると、金平糖に生まれ変わる。ひとつひとつ、ぼくは大切に、春の空を溶かした青いガラスの箱にしまいこむ。あの赤い屋根のお店は何年も前に取り壊されて、今は携帯電話を売るビルが建っている。もう買えない金平糖の代わりに、ぼくは星の海に手を伸ばす。この箱が金平糖でいっぱいになるように。雨の夜にも嵐の朝にも、蓋をあければ、星空が広がるように。

あの子の大きなお菓子の箱は、ぼくの小さな両手では抱えきれない。
すぐにこぼれても、ささやかでも、壊れそうでも、ぼくの心の炎で吹き付けたガラスでつくったこの箱が、ぼくのお菓子の箱だ。もう買えなくても、ほんのときどきしか手に入らなくても、ぼくの箱に敷き詰めるのは、星の色の金平糖でなくちゃ、だめなんだ。

きみがそっと握らせてくれた、ちいさなちいさな金平糖が、胸に抱きしめた箱の中で一等星みたいに輝く。きみはぼくに、命をくれたんだ。



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