大学は即戦力になる?
昨今、当たり前な感じになっているけど、大学や専門学校に行くのは、就職した時に即戦力になるためですか?
即戦力、とても魅力的なワード。
就職したら、勉強したことや、身につけた技術をいかして、活躍できる、する。
でも、そんなことって本当に可能なんだろうか。
その問題は、さておき。
私は大学は人文学系だったし、今の仕事は大学で学んだことに、まったく通じるものがない。無関係な畑にいる。即戦力どころじゃない。戦力になることができているとしたら、家で家事をしていた、から(?)。それもどうだかな。
大学か専門学校に、高校を出たら進学するひとが多いけど、本当は学費も高いし、行くも行かないも個人の自由。
即戦力になる、なりたいと思って、大学や専門学校に行くのを、否定したいわけでは決してない。そういう志を尊いとも思う。
でも、大学も専門学校も、義務教育ではないし、専門学校はともかく、大学は特に現実社会に、今すぐどう貢献するかという目的意識だけで、物事の研究をしている先生ばかりではない。もちろん、先進的な研究を専門とする先生もたくさんいる。
大学は、自分の興味があることを勉強するところ。追究するところ。
大学の学びそのものが即戦力になれなくても、就職に結びつかなくても、自分が面白い、やってみたいを実現するところが大学での学びだと、私は思っている。
だから英語の教師になるつもりも、外交官になるつもりがなくても、英文科に行ったって、いいのだと思っている。少なくとも、私はそうだったし、「学校での学び」という意味では、大学が一番楽しかった。
大学にはその道を専門として極めた先生(学者、研究者)がいて、そこで勉強ができる。それだけでとても価値のあることだ。
とは言え、お金も時間も無限ではないので、大学や専門学校に行くなら、就職に便利、即戦力になれる方がいいと思う方の意見も無視はできない。
どちらがいいというものでもないだろうけど、「即戦力になれる」が唯一の目的のような、大学や専門学校の広告を見て、なんだか視野が逆に狭いのではと思ってしまったという話。
大学はそもそも、勉強をしに行くところ。義務教育でもなく、もっと知りたいを極めるところ。卒業後の即戦力になるかどうか云々は、その知りたい欲で、勉強をして得た知識よりも、大学でどんなふうに、どんな勉強をしたかという経験を活かしていった結果なのではないかと思う。
理想論なのかもしれず、私が恵まれた環境にいたから、そう思うのかもしれない。
いくら将来役に立つと思っても、興味のないことに、高いお金を使ったり、時間を使うよりも、勉強したいことに、大学にお金と時間を使う方が有意義だと、私は思う。将来も大事ではあるけど。
私は、たまたま自分の志望校と、親の希望が重なった。
そうでない場合も、あっただろうなと思う。
大学選びも、入試も、人生に1回きりではなく、何度だって(社会人になってから)挑戦したらいいといっても、やっぱり限りがある。
悔いのない選択がしたい。
だったら、大学選びは、即戦力になるかどうかだけではなくて、自分の興味に向かって、正直に手を伸ばしてみてもいいような気がする。
夏休みはもうすぐ。進路選択をして、試験勉強を本格化させる人も多い頃だろう。
どこを選んでも後悔すると思うなら、自分がやりたいこと、今得意なことを選んで、極めてもいいのではと無責任だけど思う。
【今日の英作文】
「空腹は私をイライラさせます。」
"Being hungry gets on my nerves.''
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