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2024年9月27日 創作小説「開かれた手紙」


拝啓 この手紙を受け取ったひとへ

身に覚えのない手紙に驚いていることだろうと思う。
とにかく、最後まで読んでもらいたい。

小さい時のわたしたちの思い出といえば、
お昼寝用のタオルケットだった。
薄くて大きく柔らかい。水色だったと思う。
お昼寝用と読んだのは、わたしたちの母がそのタオルケットを「お昼寝用のタオルケット」と呼んでいたからである。
本当のところ、お昼寝の時にしか使わないものではなく、常にわたしたちの傍にあったというほうが正しい。
わたしたちはそれをかけてもらって、昼寝をしたけれど、
その上でも遊んだし
その下に隠れることもあった。
そのタオルケットを綱引きのように引っ張りあうこともあった。
口に含んで舐めてみることもあった。
何より大事なことは、そのお昼寝用タオルケットがあるということは、安心できるということだった。
その水色が、何度も洗われてくすんでしまって、元々の色とは変わってしまっても、ずっと同じことを意味していた。
わたしたちのどちらも、あまり新しいものは好まなかったから、
「お昼寝用タオルケット」はわたしたちと、ずいぶん長くともにあった。
「四隅のどこかが、ほつれ、最後にはボロボロの汚い布になったのだ」とわたしたちの1人はいい、
「そうなる前に、母が捨ててしまったのだ」とわたしたちのもう1人はいう。
どちらも相手の言うことは、信じていない。
わたしたちは1人だったけれども、途中からあまりに違う2人になった。
どこかまでは、そう、「お昼寝用タオルケット」とともにあったころまでは、
わたしたちはそっくりだった。
新しいものを好まぬところも、
髪型も、
日焼けの具合も、
筋肉のつき方も、
振る舞いも、
声までも、うりふたつだったのだ。
その頃にはお互いの記憶が異なることほとんどなかった。
わたしたちが思うこと、覚えていることはいつも違わなかった。
けれど、そのうち、成長という波がやってきて、わたしたちの1人はすらりと背が高く、色が浅黒く、髪の強い人間に
わたしたちの1人は、まるっこく、色が白く、髪の細い人間に育った。
親戚の人たちに出会うと「昔はそっくりだったのになあ」と驚かれるほどになったのだ。
もちろん、外見だけでなく、声も考えかたも、振る舞いも、全てが違っていった。
怒鳴るのか柔らかく喋るのか
くすくす笑うのか、豪快に笑うのか、
涙もろいのか全く泣かないのか、
ものをどうやって、持つのか、落とすのか、投げるのか、
全てが違うということを
お互いに思い知った後、
わたしたちはそこから、連絡を取り合わなかった。
それでも、母がそろそろ1人では危ないかもしれない、と言う時に、再度出会うことになった。
2人で最初に話したのは、水色のお昼寝用タオルケットのことだった。
わたしたちは、あのお昼寝用タオルケットのことが大好きだったのだ。
眠り続けて少しずつ体力を奪われていく母の隣で、
一言二言交わしただけで、その気持ちを、ちょうど薄い水色のそう言う気持ちを思い出したのだ。

そうして、そのうちに、2人でこのことを思いついた。
2人の意見がピッタリと一致したのは久しぶりだった。
みなまで言わなくで、すぐ伝わるその感覚を懐かしんだ。
異なる肉体や振る舞いや声の向こう側にうもれた、自分自身を感じとった。
そうして、半年ほどの、介護休暇もしくは病気休暇をとって、母が住んでいたゆかりのない田舎へ引っ込んだのである。
そこから、わたしたちは、互いにわたしたちになれるように、努力した。
わたしたちの1人は、太るように、
わたしたちの1人は、痩せるようにした。
わたしたちの1人は怒鳴れるように、
わたしたちの1人は、怒らないようにした。
つまり、これまでの半生のありとあらゆることを教え合った。
ここまで書いたら分かってもらえただろうか。
わたしたちは、それぞれになるように、準備し、訓練し、変装したのだ。
「鳩のように穏やかになるのは、思っていたほど難しいものではないね」とわたしたちの1人がいい、
「目線を向けると皆が慌てて去っていくのを見るとワシにでもなった気がするね」とわたしたちのもう1人がいったことを覚えている。
それは、完成の合図でもあった。
母は、合図の前だか後だかに、息を引き取った。
わたしたちがしていることを母が、気づいていたとは思えない。
なぜなら、わたしたちがどちらであっても、母の子どもであったことに変わりはないからだ。
母は、確かに、自分の子どもたちに看取られたのである。

わたしたちは、それぞれになりきって、
2人で喪主をし、弔問客を迎えた。
誰1人、疑うことはなかった。
弔問客が「昔はそっくりだったのになぁ」と言うたびに、笑いを噛み殺した。
この斎場でばれぬのなら、この先どこでもバレることはないだろう。
わたしたちは、葬儀を終えると、生き方を丸ごと交換したのだった。

そうして、種明かしの時のために、この手紙を書いている。
どちらかが死んだら、どちらにも会いに行ける距離に住んでいるあなたにこの手紙を見つけてもらえるように手配した。
この手紙を読み終えたら、
わたしたちの残されたもう1人に、同封の葉書を出してほしい、
どちらが残っているかわからないが、とても喜ぶだろう。
そしてこの話を世界に向けて、発信してほしい。
特に意味はないが、その方が面白いと思うのだ。
そのために、君に手紙を書いた。
これは開かれた手紙として、誰にでもアクセスできるようにしたいのだ。
このことを知れば、皆、自分が何にでもなれることを知るだろうから。
自分がこう言うものであると言うことがどれほど、つまらない枠なのかに気付くだろう。

それでは、頼む。

  


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千歳緑/code
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