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【小説】真神奇譚 第七話

 北風が表戸を鳴らし小四郎は早くに目が覚めていた。その隣で眩次は幸せそうに大口を開けて寝ていた。
 「まったく風の音がこうもうるさいのに良く寝ていられるものだな」小四郎は眩次の幸せそうな寝顔を呆れた顔でながめていた。
 突然表戸が開き寒風が吹き込んできた。お雪が戸の隙間から飛び込んできた。
 「旦那、もうお目覚めでしたか」息を弾ませて大きく伸びをした。
 「相変わらず呑気そうに寝てる狸もいるね」お雪の声が耳に入ったのか眩次も目を覚まして寝ぼけ眼で起き上がった。
 「あれ、お雪さんこんな時間に珍しいですね」
 「なに寝ぼけてんだよ。良い知らせを持って来たって言うのに」お雪は自慢の爪で眩次の尻尾を軽く引っ掻いた。
 「痛てて、姉さんひどいじゃありやせんか大事な尻尾なのに」
 「そんなに大事なら何処か人目の付かない所に仕舞っときな。それより耳寄りな話だよ」お雪は小四郎の方を振り返った。
 「良い知らせですって。やっぱり果報は寝て待てとはよく言ったものでやすな」
 「忘れてたんだけど実は隣の街外れに門爺っていう年寄の犬がいてなんでも昔のことに詳しいんだよ。もしかしたら旦那のお仲間の事も何か分かるかもしれないよ。どうだい一度行って話してみないかい」
 「お雪さんやありがたい話だが、その犬は人に飼われているのかな」
 「街外れの農家に飼われていて誰も本当の歳を知らないくらいの老犬さ。いつも門のところで寝てるので誰ともなしに門爺と呼んでるのさ」
 「人に飼われておるのか。あまり期待できそうもないが折角だから行ってみるか」
 「それじゃ善は急げだ明日にでも行ってみましょう」そう言い終わらないうちにお雪は身を翻して出て行った。
 「旦那どうでしょうね」
 「人に飼われている犬だからな。紀州の時のようにあまり期待は出来んな」
 
次の日の夜、二人はお雪の案内で門爺が住む街外れの農家に向かった。月も見えず辺りは真っ暗で遠くの山の麓にポツリと一つ明かりが見えた。
一本道をその明かりを目指して近づいて行くと、大きな家が薄っすらと暗闇に浮かび上がってきた。昔は養蚕でもしていたと見え二階建ての立派な構えである。明かりは玄関の常夜灯のようで窓の明かりは消えていてシンと静まり返っていた。
「大勢で行くとなんだからあたいが先に行ってくるよ」お雪は素早く門のなかに走りこんで行った。
「門爺いるかい。あたいだよお雪だよ、起きてるかい」
一見犬小屋とは見えない大きな小屋からお雪の呼びかけに二呼吸位遅れてしわがれた声がした。
「お雪さんか随分と久しぶりだが今日は何用かね」
「本当に久しぶりね。元気だった」
「元気も何も、何時お迎えが来ても驚かんがまだしばらくは大丈夫そうじゃよ」
「今日はお客を連れて来たのよ。しかもとっても珍しい」
「このわしに客じゃと。かれこれ何年も客なぞ来た事も無いがな。しかし客だとなると出て行かにゃなるまい」ゆっくりと立ち上がる気配がして現した姿は年老いて痩せてはいたが小四郎にも劣らぬくらいの大きさで、のんびりした話し方とは裏腹に精悍な顔立ちと鋭い眼光の持ち主であった。身体の色は小四郎と同じ深みのある茶色で、小四郎のようなたてがみは無く、足先に白い足袋を履いているように見える以外は堂々たる姿である。
「じゃ、今連れてくるからね。」
お雪は門の外で待っている二人を呼び寄せた。
「何じゃ珍しいと言うから誰が来るのかと思えば狸ではないか」眩次を見た門爺はあきれ顔で言った。
「こらまたご挨拶ですな。あっしは狸は狸でも阿波は金長の眷属で酒手の眩次て化け狸でえ、おっとそんなことはどうでも良いや。爺さん客はこの方だぜ」眩次は一歩横へよけると振り返って門爺の視線を誘った。小四郎はゆっくりと二三歩前に出ると門爺の前に立った。


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