【小説】真神奇譚 第五話
「おっと、もうこんな時間だこの続きはまたにしやしょう」
「そうね、あたいも縄張りの見回りをしないといけないからまた明日来るわ。あんた達みたいな得体の知れない連中がいるといけないからね」お雪はにやっと笑うと繁みに姿を消した。
「口のへらぬやつだ」
「まあ良いじゃないですか旦那、何も伝手が無いよりはましですよ」
翌日、陽が落ち辺りに夕闇が迫るころお雪さんが現れた。
「疲れは取れたかい。話の続きも聞きたいところだけど、今日はオオカミだって写真が撮られたところへ連れて行ってやるよ。少し遠いけど今から出れば今晩中に余裕で帰ってこられるよ」
「どうします旦那。ここはひとつ姉さんの仰せに従いましょうや」
「うむ、お雪殿すまぬがお願いする」
白猫を先頭に狸、オオカミの奇妙な三人連れは社を出ると人目に付かぬよう雑木林を抜け、小さな川が流れる沢に出ると山に向かって沢を登っていった。しばらくすると沢筋から外れ、森の中の山道とも言えないような、まさにけもの道を登って行った。
森を抜けると少し開けた場所に出た。すぐそこには林道のような狭い道がずっと続いていた。道端の雪が冬の月明かりに照らされて周囲を薄ぼんやりと浮かび上がらせている。
「この少し行った先が新聞に出てた写真の場所だよ」三人はお雪を先頭にゆっくりと歩いて行く。
ふと遠くの方で車の音が聞こえた。どうやらこちらに向かって来ているようだ。
「こんな時間に自動車とは珍しいね。私らは見られてもどうってことも無いけど旦那は見られると厄介だから隠れていておくんなさいよ」そう言うとお雪は小四郎を道端のやぶの中に押し込んだ。
自動車は目の前を通り過ぎて行くと、お雪が写真の場所と言った辺りで止まり人が一人降りてきた。
その人物はしばらく道端の樹の辺りでごそごそしていたが、やがて自動車に乗り走り去って行った。
「あれはたぶん新聞の写真を写した人間だよ。何回かここで見たことがあるのよ。ああやって来ては取り付けてあるカメラを確認して帰るのさ」
「カメラって人間が写真を撮るときに使うあれですか。でもシャッターは誰が押すんです」
「動くものが近づくと勝手に写すらしいよ。あんた達も特に旦那は映らないように気をつけな」
「へえー、人間てものはとんでもない物を作りやすね」
そう言いながら眩次はニヤニヤしながらカメラの前に出て、行ったり来たりポーズを取って見たりしてカメラのシャッターを切った。山中にシャッターの音が静かに響いた。
「およしよロクなことにならないよ」お雪は眩次の尻尾を引っ張ったが、それを振り切って走り回っている。「狸が写ったところでどうもならないでしょうよ。面白いじゃないですか」
「そうじゃなくて、年寄なんかは写真に撮られると寿命が縮むって言ってるよ」
「え、そうなんですか。早く言って下さいよ」眩次は思わずカメラの前から飛び退いた。
やぶから這い出した小四郎は大きく身震いをすると辺りの匂いを嗅ぎだした。
「旦那どうしやした」小四郎は眩次の問いかけにも耳を貸さず匂いを嗅ぎ続けた。
「うーん、オオカミの匂いがする。本当に微かだが確かにする。それも少なくとも一週間以内のものだ」
「旦那本当ですか。自分の匂いじゃないんですかい」
「馬鹿者、自分の匂いと間違うか」
「それじゃ、匂いを辿って捜しましょうや」
「それがな、不思議なことに何処からきてどちらに行ったのか皆目見当がつかんのだ。この限られた場所でしかしないのだ」小四郎はそう言うとまた辺りを今度はいくらか遠くまで熱心に嗅ぎまわったが冴えない表情で戻ってきた。
「やはりだめだ。」そう言いながらも小四郎はあちらこちらを嗅ぎまわっている。
しばらく眩次も加わって探索を続けるものの、匂いは途中で途切れてしまうのだった。
「さっきの車が帰って来たよ」お雪が一目散に林道を駆け下りてきた。
森の木々の間を車のヘッドライトが近づいてくるのが見えた。小四郎と眩次は近くの木の陰に身を隠した。車は何事もなく走り去って行った。
「旦那、今日はこれくらいにしておきましょうや。そろそろ退散しないと夜明けまでにねぐらに帰れませんよ。また日を改めて来やしょう」
「そうするか」小四郎は残念そうな顔をしながらも眩次の声に頷いた。
「そうと決まればさっさと帰るよ」しびれを切らしていたお雪は真っ先に山を下って行った。東の山の端が薄っすら白みはじめていた。
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