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【後編】人、場所、プロセスで企業変革・DXを成功させる 〜信州ハムDXのキーパーソンと語る〜

信州ハムDXのキーパーソンの1人である土屋光弘氏をお招きし、DXの推進における人とチーム、場所、プロセスの観点について対談形式で前編・後編と2回に分けてお届けしています。こちらは【後編】となります。ぜひ【前編】と合わせてご覧ください。

なお、この対談では「デザイン思考」についても触れています。
デザイン思考とは、イノベーション創出や新規事業開発、近年では企業改革・組織変革に用いられる手法です。詳しくは、U-NEXUSの「NEXT STAGE」もあわせてご覧ください。


■ Place(場所):仲間とともに自由に活動できる「出島」

上野:
土屋さんは、現場を巻き込む力や人をつなぐ力を活かして、現状を可視化したり経営層にプレゼンをしたりする役割を果たしているようにお見受けします。

土屋:
それは、私が信州ハムではなく、子会社である信州ハム・サービスに在籍していることが大きくプラスに働いたと思います。
信州ハム・サービスのメンバーは、親会社である信州ハムに対して、良いものを作って認められたい、存在感を示したいと思っています。信州ハム・サービスは、信州ハムの工場でハムとウインナーの充填工程を請け負っていて、メンバーは親会社にできないことをやりたいという気持ちで協力してくれました。信州ハム・サービスのメンバーは味方であり、仲間として支え、知恵を授けてくれましたね。
また、私が子会社の社員で一歩引いた関係性であることから、多くの人からいろいろなことを教えてもらいました。
こう考えると、DXは信州ハムだけでは難しかったかもしれません。「出島」で自由にやらせてもらった感じです。環境的に恵まれていましたね。

上野:
土屋さんが「出島」とおっしゃいましたが、まさにそれはPlace、つまり城下町から離れた場所であり、大切なことだと思います。

土屋:
そうですね。先ほどの話の Peopleは「仲間」とも言えると私は思うのですが、仲間がいて、そしてある程度自由に活動できる Place、環境があったということですね。

■ Process(プロセス):全体を把握した後、アジャイルの手法でシステムを構築

上野:
経営層へのプレゼンなどを経て実際にシステムを構築していったわけですが、構築前に土屋さんたちが作成した業務フロー図は見事なものでしたね。圧巻でした。

土屋:
内製ですので、外部のシステム会社が作れないものを作ろうと思ったんです。なるべく難しい用語を使わず、経営層にわかってもらえるように、全体を俯瞰できる業務フロー図を作りました。これがプロジェクトの第一関門だったかもしれません。これを作ったおかげで、「システムのことを全部わかっているな」と思ってもらえました。

上野:
私はコンサルティングをする際に、クライアントの頭の中を整理して可視化するようにしていますが、それと同じようなことでしょうか。

U-NEXUS・上野

土屋:
はい、「あなたの言いたいことはこういうことですよね」と可視化するわけですね。それをワークフローにして提供しました。生産システム全体の中の、どこに課題があるかを説明する資料として、経営層に対して優先順位を示し、システムの重要性を伝えました。

上野:
先ほどお話のあった作業日報の失敗の後、土屋さんは慶応SDMの書籍(写真参照)に出あったとおっしゃっていましたね。

『システム×デザイン思考で世界を変える 慶應SDM「イノベーションのつくり方」』前野隆司 日経BP社

土屋:
いい方法はないかなと探していたときのことですね。当時はデザイン思考という言葉は知りませんでしたが、アジャイルの手法を取り入れることを考えていました。小さい成功を重ねて大きくしていく、行きつ戻りつしながら進めていく手法です。具体的には、信州ハム・サービスで実証してから水平展開しようと考えました。大きいシステムを作ろうという気持ちではなく、「現在はExcelでやっていることをFileMakerでやってみよう」という試みがつながって大きなシステムになっていった感じです。結果として「小さく作って大きく育てる」ことになりました。

上野:
前述の書籍では、現場を観察し、アイデアを創造し、プロトタイピングをする、というプロセスを回すデザイン思考の方法論が解説されていますね。

土屋:
プロジェクトの第一段階として、経営層にどうプレゼンするかを考えていました。経営層に「進め方」をうまく伝えるために、デザイン思考の方法論を借りたのです。これまでは要件定義に時間をかけすぎて今の現場にそぐわなくなり失敗していた、では今回はどうするか、という部分ですね。これがうまく伝わったと思います。デザイン思考は大きなコストをかけずにプロセスを回していく手法なので、この部分も経営的にマッチしました。

上野:
土屋さんは以前、プロジェクトを進めるためにガソリンスタンドや回転寿司店のタッチパネルも観察したとおっしゃっていましたね。この行為そのものがデザイン思考ですね。プレゼンの後、システム開発も現場の観察やプロトタイプ作成といったプロセスで進めたのですか?

土屋:
はい。最初はプレゼンの準備のためでしたが、結果的に開発もそのプロセスで進めることになりました。冒頭でもお話ししましたが、試行錯誤しながら対応していく点など、システムのデザインは編集や出版の工程に似ています。出版での経験が役に立ちましたね。

このようなアジャイルな進め方と関連して、PoC(概念実証)と呼ばれる段階を踏むこともあるようですが、これはデザイン思考、その中でもプロトタイピングと共通する手法でしょうか?

上野:
私自身は別物だと考えています。デザイン思考でいうプロトタイピングのプロセスは、短時間で作れる簡易的なプロトタイプによって、これから自分たちがやろうとしていることはユーザーにとって有用なのか、ニーズはあるのか、あるとしたらどこにあるのかというように、人間中心のインサイトを得るためのものです。そのため、デザイン思考のプロトタイプは、本当にその場でサクッと素早く作ります。最近のPoCは大規模に実施する傾向にあり、順番としてはデザイン思考のプロトタイピングでニーズやインサイトをとらえた後に、PoCでコンセプトを形にして確認する流れが多いように思います。
そのように考えると、アジャイル開発とデザイン思考は相性が良いですよね。

■ 共創:多様なメンバーが同じ志を持って結果を出す

上野:
DXを成功させるには、共創も重要かと思います。土屋さんは、いろいろな立場、いろいろなタイプの方をまとめるのは大変だったのではありませんか?

土屋:
いえ、まとめるというよりは、各自が自由にやっていましたね。織部はシステムをどんどん作る、私は資料・UI(ユーザーインターフェース)を作る、小口が経営層の調整をする、というように。ただ、自由にと言っても、U-NEXUSのトレーニングで学んだことをベースに進めたので、何を作っているかは理解していました。野放しで勝手に作ったわけではなく開発ルールに基づいて作っていきましたし、セキュリティも当時からかなり意識していました。
現在、信州ハムでは開発者の育成が急務となっていますが、社内でDXのチームを作ったりスタートアップが社員を採用したりというように、新しいメンバーを追加する際に重要なことは何でしょうか?

上野:
お互いに共感できること、そしてここまでのお話にもあった通り、志や方向性を共有できることだと思います。先ほど、3つの「P」のうちPeopleについて「異邦人と交わる」という話をしましたが、それも共感や同じ方向性といった土台があってこそ、スキルや経歴、タイプが異なる多様なメンバーが共創できるのだと思います。
DXにもスタートアップにもスピードが欠かせませんが、先ほど「関係の質」の重要性をお話ししたように、信頼関係がなくてはスピードは上がりません。

■ 自社を俯瞰し、可視化してから、DXを推進する

上野:
信州ハム様のDXはまだゴールではないかもしれませんが、ここまでを振り返って、土屋さんの成功要因は何だったと思いますか?

土屋:
仲間と環境が良かったですね。タイミングが良かったのだと思います。中途入社なので失うものがないのが強みでしたし、立場的にも子会社にいたのでやりやすかったですね。中途入社の自分にできることを証明したい、というような気持ちもあったように思います。これまでの話に出てきた通り、プロジェクトチームの3人はタイプも経験もばらばらですが、「結果を出そう」という方向は一致していました。

上野:
結果とは「何かを変えたい」ということですか?

土屋:
そうです。何かを変えたい。まさに変革ですね。

上野:
信州ハム様の成功事例に憧れている会社はたくさんあると思います。そういう方々へのメッセージをお願いします。

土屋:
DXというと、どうしても各論から入ってしまい、安易にノーコード、ローコードツールに飛びついてしまう傾向があるように思います。そのように手段から入って手段に業務を合わせるのではなく、まずは俯瞰してから、自分たちにあったツールを選ぶことが重要ではないでしょうか。

上野:
順番としては、全体を俯瞰し、状況を可視化し、ゴールを設定するということですね。

土屋:
はい、そういう順番だと思います。こうしたことも踏まえ、信州ハムでの経験を活かして困っている中小のメーカーにDXの支援をしたいと考え、新たに株式会社アルダスを設立しました。今後、水平展開を進めていこうと考えています。

上野:
ぜひ一緒にDXで地域産業の活性化を進めて参りましょう。
本日は大変貴重なお話をありがとうございました。

【編集後記】
信州ハム様のDXを推進する土屋さんをお招きして、DXにおける人とチーム、場所、プロセスについてお話を伺う機会をつくることができました。土屋さん、並びに関係者の皆様に感謝申し上げます。
例えば、People(人)の要因として「異邦人と交わる」効果を改めて確認しつつ、異邦人でありながら変革への志は同じであることの重要性を土屋さんからお話いただくなど、有意義な対談となりました。
この対談を通じて、U-NEXUSはこれからもテクノロジーと、企業やプロセスのあり方の両面から企業の変革や地域産業の活性化を支援していきたいと、思いを新たにしています。

本シリーズは、これにて終了となります。
最後までご覧いただきありがとうございました。