見出し画像

水上エア遊具にまつわるリスクと安全対策とは?消費者安全調査委員会が公開した“報告書”をふまえた見解を専門家に聞きました

コロナ禍により、教育機関における水辺の学びや海水浴場のレジャー環境などが例年とは異なる状況を強いられた2020年。より多くの人へ水辺の安全について知ってもらおうと、関係者や関連団体がオンラインを活用した取り組みを実施する新しい動きも生まれはじめました。

そんな中、2019年8月に遊園地(「としまえん」)で発生した遊戯施設における児童の溺水事故をうけて、事故の原因調査結果を記した『消費者安全法第23条第1項の規定に基づく事故等原因調査報告書-水上設置遊具による溺水事故―』が2020年6月、消費者安全調査委員会により公開されました。報告書には、今回の調査によってわかった課題、再発防止策の提言が記載されています。

「消費者安全調査委員会により『消費者安全法第23条第1項の規定に基づく事故等原因調査報告書』が公開されました」
https://sonae.uminohi.jp/n/nf2fc94889270

未だコロナの影響が引き続く2021年も、各関係者をはじめ、水辺に親しむ消費者は社会変化に柔軟に対応していくことが求められると想定されます。そんな状況に向き合いながら、誰もが水辺の安全を確保して楽しい時を過ごすことができるよう、今回は日本エア遊具安全普及協会の栗橋寿さんに取材をして、水上設置遊具(水上エア遊具)に関するお話をくわしく伺いました。身近にありながら知られていない部分も多いエア遊具について、関係者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思います。

画像1

(プロフィール)
栗橋寿
一般社団法人日本エア遊具安全普及協会 代表理事。株式会社ワック 代表。遊具機械の販売会社に勤務後、独立して大型複合商業施設内のファミリーイベントや、キッズアトラクションのプロデュースや運営事業を展開する株式会社ワックを設立。業界内で遊具の利用ルールが統一化されていなかった状況を変えるため、2008年4月、エア遊具に関する安全確保やサービス向上を目的とする(一社)日本エア遊具安全普及協会を設立。2020年12月に策定された『水上設置遊具の安全に関するガイドライン』の検討会委員のメンバー。
●一般社団法人日本エア遊具安全普及協会 https://www.jipsa.org/
●株式会社ワック https://www.wacwac.jp/

子ども達に大人気の大型遊具「エア遊具」とは?

―そもそもエア遊具とはどのようなものでしょうか?

エア遊具は、専門的には「空気膜構造遊具」と呼称される遊具です。テント生地などの樹脂膜材を縫製または溶着することで袋(膜体)を作り、そこに空気を送り込むまたは気密性を持たせることで遊具構造の強度を保持しています。自由に造形をデザインすることができ、膜体の上でジャンプしたり、滑り降りたりして、体を動かしながら遊べる遊具です。

画像2

水上設置型のエア遊具(通称水上アスレチック施設と呼ばれることが多い)は従来型のエア遊具(60 年以上の産業の歴史がある遊具)に比べて、この5年ぐらいに急速に市場に普及してきた新しいタイプのエア遊具です。水上に浮かべるため、膜体に気密性を持たすか、または発泡材を膜体で包む構造のどちらかが主流です。

―エア遊具には、一般的な遊具と比べてどんなメリット・デメリットがあるのでしょうか?

素材や構造上、硬い突起物はなく、クッション性がある構造の中で遊べるので、一般的な公園遊具に比べると挟み込みや突起物に伴う怪我のリスクは小さい利点があります。一方、構造上は風船と同じなので、体積あたりの重量は小さく、正しく固定しないと強風により横転したりするという弱点があります。また、何らかの原因で空気が抜けてしまうと強度が保てずやはり横転するリスクがあります。過去の事故はこの弱点により起きた割合が、協会の調査によれば、8 割近くにのぼります。

エア遊具の導入状況と各施設の安全対策について

―現在までの各施設のエア遊具の導入状況はいかがですか?

正確な統計数字はありませんが、陸上設置型のエア遊具は、産業の歴史も古く、製造販売やレンタル、設置、運営などなんらかの形で関わっている会社は数百社はあると想定され、稼働している膜体数も国内では総数数千体の規模で使用されていると想定されます。

一方、水上設置型のエア遊具は、主に全国の海水浴場や公営または民営の大規模プール、遊園地のウォーターパーク、温浴施設、スイミングスクールなどを中心に普及が進み、全国で 100 箇所程度の導入実績があると推定されます。内、海上設置は、沖縄のリゾートホテル付帯のビーチや、全国の海水浴場組合などが事業者となって設置するケースが主で、30 箇所程度の導入実績があると推定されます。

エア遊具は海水浴場やプールにおいて新しい風景を作り出せますし、子ども達が直感的に遊びたくなるものなので、集客がとても好調ですぐにマーケットに受け入れられました。また、導入費用がかかっても短期間で回収できますし、遊具があれば設置施設にある売店などの副次的な売上にもつながるため、夏限定のビジネスチャンスにも拘わらず、マーケットでは圧倒的に支持されています。

―水上エア遊具にまつわる事故の発生状況について教えてください。

浮島タイプの過去の類似事故については、2020年6月19日付消費者安全調査委員会報告書「水上設置遊具による溺水事故」1. 2 類似事故の確認結果にありますが、2000 年と2012年に発生した2件があります。どちらも浮島タイプ(または、巨大なビート板)によるものです。としまえん事故のような気密式のエア遊具を連結した水上アスレチック施設での類似事故は報告がなく、重大事故としては初めてのケースです。

画像3

―エア遊具の導入ルールというのは、どういうものになりますか?

エア遊具を設置、運用するにあたって、特別の行政手続きないしは許可が求められることはありません。ただし、遊具の運用にあたっては、協会が 2008 年に策定した「安全運営の 10 カ条」が、唯一の業界標準の安全ガイドラインになっています。また、このガイドラインを 2011 年 1 月に消費者庁長官通達ですべてのエア遊具関連事業者が遵守するよう要請した事で準公的ガイドラインとしての位置づけになっています。

―ルール化がされてこなかった背景には、どんなことがあったとお考えでしょうか?

遊園地にある回転遊具や高さのある遊具などは、建築基準法に触れるのでしっかりルールが決まっています。ですが、地面にウェイトを使って置くエア遊具は、どんなにサイズが大きくても基礎がないので建築基準法には一切該当しません。そのため、約60年の歴史を持つエア遊具ですが、これまでルール化がされてこなかったという状況にありました。

また、遊具自体はシンプルで単純な構造でできていますが、テクノロジーが進むにつれて作り方や造形も進化。規模が大きくなればなるほどリスクが大きくなり、それに伴ってエア遊具による事故も増加していきました。当初はエア遊具の欠陥によって起こるリスクが少なかったこともあり、法の規定も特にないまま製品が進化してきてしまったんですね。

それから、ルール化が進まなかった要因として事業者意識による弊害もあったのではないかと思います。事業者側としては商売が成り立たなくなってしまうという不安から、事故が起きたことをできれば外部とあまり共有せず隠したい、できるだけ示談にして当事者間で解決しているから問題ないといことにしたいという心理が働く。

おそらく2、30年前はエア遊具業界に限らず、ほとんどの産業でそういった意識があり、事業者の良心に任されていることが多かったのではないかと思います。でも、これでは正しくないですよね。事故原因を解明して共有しないと、再発防止策は絶対に出てきません。エア遊具だけではないですが、同じような事故が起きても全然状況が改善されない、法律にカバーされていないようないわゆる隙間製品とよばれるものには、そういった事情が背景の一つとしてあるのではないかと思います。

―そんな中で、エア遊具導入先の施設は、どのような安全対策をとってきたのでしょうか?

協会が2008年に「安全運営の10カ条」を策定しましたが、陸上設置を想定して作られたもので、水上ないしは海上に設置することを想定して作られたものではありませんでした。水上設置遊具に関わる事業者も同じ理解であり、水上設置であるが故の特有のリスクを考慮して対策を立てるのは、個々の事業者ないしは設置する施設管理者の判断に任された状態だったんです。

対策を行うにしても、独自に作ったリスク管理のマニュアルを遊具の販売先に渡したり、丁寧な事業者は数日間のレクチャーや研修を実施するなど、事業者によって対策の水準にはばらつきがあります。

エア遊具の導入事業者の課題と今後の施策

―対策が各事業者に委ねられている状況の中で、事業者の課題としてはどのようなことが考えられますか?

これまでの 1 番の課題は、水上設置遊具に関わる事業者にとってのお手本となる安全についてのガイドラインがなかった、ということです。としまえん事故を教訓として、初めて「水上設置遊具の安全に関するガイドライン」が作られました。いわば、このガイドラインが今後の水上設置遊具の公的な、かつ全ての事業者にとって必ず遵守すべき基本ルールとなります。

まずは、安全ガイドラインがないという最大の課題は、ある程度達成されたので、次なる課題は、いかにこのガイドラインを業界全体あるいは関連する事業者に周知させ、また、周知するだけではなく、実務レベルで、ガイドラインの内容を浸透、実践させることができるかということでしょう。

ガイドラインには法律の強制力がなく、逆にいうと罰則もありません。協会の加盟企業であれば、講習会受けてもらうよう働きかけることもできますが、水上エア遊具に関しては市場に出回っている製品を取り扱う事業者の半分以上が非会員です。このような状況で、どのようにガイドラインを周知させていくかは協会の課題でもあります。

―課題の解決へ向けて、どのような施策が考えられますか?

画像4

前項で述べた、次なる課題に対する支援が協会として使命になると考えています。ガイドラインは策定しただけでは、まだ半分しか活かせません。事業者に実践してもらえなければ、残り半分の役割が果たしたとは言えません。

このために、協会ができることは、定期的かつ継続的な安全講習会の開催と、水上エア遊具の安全管理ができる人材の教育・育成です。ただし、経産省ガイドラインにおいては、管理責任者として、遊具についての取扱知識と水環境での安全及び救助に関する知識・資格の両方が求められています。これは、本協会だけで完結する講習会の構成はできないことを意味します。遊具については本協会が主導できますが、水上アクティビティの安全や救命はそれを専門に教育研修及び啓蒙活動をしている団体との連携が欠かせません。どういう連携が必要か、これも今後の課題となります。

―施策について具体的に予定されていることがあれば、教えてください。

まずは今年の夏前に試験的にでも、水上設置エア遊具についての事業者向けかつ利用者向けの啓蒙を目的にした安全講習会を、水上での安全について推進する団体と連携し、企画・開催にこぎつけたいと考えています。それを雛形にして、講習会の標準プログラムを完成させ、翌年度以降開催頻度や規模を拡大し、早急に業界全体に水上設置遊具の安全教育を普及できればと考えているところです。

―最後に、遊具の管理を行う事業者として現場ですぐに取り組めることや施策のアイデアがあれば、教えてください。

水上エア遊具に伴うリスクは挙げればきりがありませんが、主に以下の5つのリスクがあると考えています。

① 遊具の下に潜り込んでしまうというリスク
② 遊具の上に乗っている時の衝突・転倒のリスク
③ 遊具から落水した時の溺水のリスク
④ 遊具上から水中へ飛び込んだ際の人との衝突のリスク
⑤ 海上の場合、潮流に流されるリスク

遊具だけがリスクを訴えていても、監視スタッフの教育にリスク管理の視点や経験が生かされない限り、実際のリスクを防ぐことができません。この5つのリスクをどう管理して共有するかというのが一番大事になってくると思います。

***


水辺の安全を守るため、各業界でさまざまな動きが生まれている今日。関係者同士が自身の経験や知見を共有し合いながら体系化し、安全に関する仕組みづくりをしていくことが、まずは事故をなくすための重要な一歩だと感じました。立ちはだかる課題を解決していくためにも、本ノートでも引き続き、みなさんが日々の活動で活用できる有益な情報を発信していきたいと思います。