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「ネット情報の海に溺れないための学び方入門」第3回:「鬼に金棒」の図書館活用術(その1)学術情報の流れと成り立ち

「図書館は、本が並んでいる場所」という固定観念が、根強くあります。きっと、多くの人にとって幼少期から物語や小説に親しんできた場だからでしょう。
確かに、課題を解決するうえでも本は重要ですが、得られるのは「すでにその業界では常識」の基礎知識です。ライバルに差をつけるには、より焦点を絞った先端的な情報が必要となり、それは専門の雑誌に論文や記事として載ります。したがって、基本から学びたいときは本を読み、解決すべき課題が見えてきたら雑誌の論文・記事も探す……というように、多様な情報源の特性を知り、場合に応じて使い分ける必要があります。

本連載ではその方法を順次紹介しますが、その前に、こうした情報がどのように生まれて流通するのかを見てみましょう。なお、今回は理系の事例で説明しますが、基本構造は人文・社会系でも同じですので、ご安心ください。まずは下記サイトの図表「学術情報の流れ」をご覧ください。
< https://note.com/umezawatakanori/n/na507a662eb25 >

京都大学の山中伸弥教授によるiPS 細胞の誕生について、皆さんは新聞やネットのニュースで知ったのではないでしょうか。
これらは本来「いま起こっていること」を速報的に知るための情報源ですが、もしも読んだのがノーベル賞受賞のニュースならば、それはすでに研究成果の発信から時間が経ち世界的に評価された後の時点であり、新発見そのものを報じているわけではありません。また、記事の専門性にも限界があり「細胞の初期化方法」まで深くはわかりません。

それでは、最新かつ詳細な情報はどのように生まれ、流通するのでしょうか。まず、iPS細胞の生みの親である山中教授は、研究成果として論文を書きます。それを世界中の研究者に読まれるよう、『Nature』や『Science』、細胞学ならば『Cell』のような学術系の雑誌に投稿するのですが、編集部としては内容に誤りがあっては困りますので、掲載の前に査読という内容チェックをします。
査読の依頼(これは第一人者の証であり名誉なことです)を受けた複数の研究者が、著者との接触が起きないように自分たちの名前を伏せて「充分な実験データに基づいているか」「論理の飛躍はないか」「捏造(ウソ)や剽窃(盗用)はないか」などをチェックします。場合によっては追加の実験データや説明を求め、それでもダメならば不採択……という厳しい関門を乗り越えた論文だけが、こうした雑誌に掲載されます。

かつては毎号、紙(冊子)に印刷されてアメリカやヨーロッパから航空便で届いていました。このため日本の研究者は入手が発刊国より一週間以上も遅く不利でしたが、現在は最新号と同時に電子版も刊行されています。
こうして研究成果は世界中の研究者に共有され、議論がされ尽くされて「この分野では常識」となった基礎や概論が本になります。このため、大学では1年生はまず本から知識を吸収しますが、卒業論文になると雑誌の論文も紐解いて自らの論考を練り、さらに大学院生や研究者になると前人未到の一歩を進めて、また新たな発見や技術が生まれて論文に書かれる……という、最初の発見から円を描く螺旋階段のような繰り返しによって、人類は進歩してきました。

査読付きの学術雑誌は掲載のハードルが最も高い例ですが、もっと身近なビジネス雑誌等でも、捏造や剽窃があれば筆者や出版社が責任を負うため、相応のチェックを経て流通しているところが、匿名のネット情報とは決定的に異なる点です。
ただし、こうした「責任という付加価値」がある情報は有料であり、電子版であっても誰もがネットで、無料で読めるわけではありません(新聞の電子版がよい例です)。図書館に行けば個人では買えないほど多くの雑誌が読めますが、それでも限られた予算内で利用者のニーズに応じて購読すべき雑誌を選んでいます。
たとえば『Science』は高額なので理系の大学図書館等に限られますが、『日経サイエンス』や『Newton』『子供の科学』あたりは町の公共図書館で定期購読しているところが多いです。興味あるキーワードによって過去の雑誌の載った論文・記事を探す方法も、第6回で説明します。

ところで「せっかくの研究成果は、公開せず秘密にすべきでは?」と思われるかも知れません。確かに、飲食店の「秘伝のレシピ」ならば門外不出にしたほうがファンを独占できて有利です。ところが研究成果はその逆で、発表することによって権利が守られ、しかも他者との共有によって価値が上がるのです。
たとえばiPS細胞の場合、ノーベル賞は山中教授の単独受賞ではなく、ケンブリッジ大学のジョン・ガードン名誉教授との共同受賞でした。なぜならば、iPS細胞の誕生には、ガードン教授の研究成果(両生類の細胞初期化)が不可欠の基礎であったためです。
ちょうどガードン教授がその論文を発表した1962年に日本で産声を上げた山中教授が、後に世界で初めてヒトへの応用を果たし、最初の発見から50年後のノーベル賞受賞式に2人を導きました。両者のどちらが欠けても、この偉業は成立しなかったのです。

つまり研究成果の発表とは、次の世代に手渡すリレーのバトンであり、それを受け取った人がさらに発展させることにより、計り知れない価値を生むのです。しかも、手渡せる人数に限りは有りません。誰にも伝えず秘密にすれば、その可能性はゼロになります。
また、他者に先に発表されてしまうと、新発見の栄誉は奪われます。論文を発表することは「世界初であること」の日付入りの動かぬ証拠にもなるのです。
情報の流れを掴んだところで、いよいよ次回からは、知りたいことを調べる具体的な方法に進んで行きましょう。

(続きはこちら)
第4回:「『鬼に金棒』の図書館活用術(その2)事典と辞書」

※この連載が書籍化され、岩波ジュニア新書から
「ネット情報におぼれない学び方」として刊行されました。https://www.iwanami.co.jp/smp/book/b619889.html

[筆者の横顔]

梅澤貴典(うめざわ・たかのり)1997年から現職。2001~2008年理工学部図書館で電子図書館化と学術情報リテラシー教育を担当。2013年度から都留文科大学非常勤講師を兼任(「アカデミック・スキルズ」・「図書館情報技術論」担当)。2012~2016年東京農業大学大学院非常勤講師(「情報処理・文献検索」担当)。主な論文は「オープンアクセス時代の学術情報リテラシー教育担当者に求められるスキル」 (『大学図書館研究』 (105) 2017年)等。

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