「ネット情報の海に溺れないための学び方入門」第4回:「『鬼に金棒』の図書館活用術(その2)事典と辞書」

                     課題を探究するにあたって、本を探したり、主張を決めて論じ始める前に、「そもそも自分の認識が間違っていたり、偏っていたり、古びていないか」を疑ってみることが大切です。

まずは、テーマとなる言葉そのものについて調べてみましょう。たとえば「TPP(環太平洋パートナーシップ)」は、読む本や論文・記事によって言葉の定義は変わらなくても、その筆者が「自動車産業のように関税がなくなり輸出が増えて得をする人」であったり、あるいは逆に「農業従事者のように海外からモノが安く流入しては困る人」であったりすると、「是か非か」の論調は真逆になります。
そのため、いきなり特定の本や論文を読むと、その主張に影響されてしまう可能性があり、背景を含めて中立的に理解する必要があるのです。

調べごとはネットで検索する人がほとんどですが、そこまでは誰もがたどり着きます。ライバル達が「概要さえ分かればOK」とする中、その先のもう一歩を踏み出すための選択肢をどれだけ多く持てるかで、得られる知識の質と量は変わってきます。

ネットで検索した結果の上位には、たいていフリー百科事典であるウィキペディアが表示されますが、その情報は真偽に責任を問えないので、そのままレポートや企画書には使えません。しかし、従来の百科事典には無かった画期的な長所を持つ情報源であることは、無視できません。まず、非常にマニアックな項目までも無限に載せられる「網羅性」があります。さらに、紙面(字数)の制約なくどこまでも掘り下げて記述できる「詳細さ」も圧倒的です。
しかし、これらの長所はいずれも情報の「量」に過ぎず、いっぽうの「質」つまり信頼性については、「誰でも編集できる」という特性上、どうしても玉石混交になっています。ただし「中立的な観点に基づき」「可能な限り検証可能で信頼できる出典を明記する」という方針があるため、それを遵守している記事ならば、記された出典から(少し遠回りではありますが)一次(オリジナル)情報にたどり着けます。
量の差よりも決定的なウィキペディアの長所は、常に情報が更新されて新陳代謝し、その履歴までたどれることです。

印刷物は、書き直すことができません。かつて筆者が小学校で行った探究的学習の出前授業で、児童たちに百科事典を開いて見せたところ、たまたま「ソビエト連邦」のページだったことがあります。発行日を見ると1974年で、40年以上も前の事典だったのです。いくら発行当時は信頼性が高くとも、これでは「埃をかぶった」イメージは否めません。しかし、全30巻で30万円近くする百科事典は頻繁には買い替えられず、購入する資料の選択は図書館の難しい課題となっています。

そうなると、理想的なのは「信頼性があり、かつ新陳代謝する」情報源です。そこで、出版社が有償で責任を持ち、しかも内容を更新し続ける、オンライン百科事典が登場しました。たとえば『ジャパンナレッジ』は百科事典や国語・外国語の辞典に加え『情報・知識 imidas』『現代用語の基礎知識』や『会社四季報』等、70以上の情報源を搭載しています。もちろん個人ならば有料ですが、契約している図書館も多く、来館者は無料で利用可能です。
また、オンラインで一般に公開された事典・辞書も増えています。無料で使える代わりに広告が表示されますが、出版社の事典・辞書をデータベース化したものならば、その信頼性は変わりません。筆者は、いつも「より適切な言い方」を探して、オンラインの類語辞典(シソーラス)を使っています。

ところで、ウィキペディアの網羅性を長所として書きましたが、先ほど比較したのは、あくまでも総合的な百科事典のみであって、図書館には各分野の事典・辞書が無数にあり、それぞれの特性により膨大な専門的知識を得ることができます。
たとえば「人という漢字は、人と人とが支えあって成り立っている」という通説がありますが、これを疑ってみましょう(こうした美しいエピソードは、つい人に話したくなるのが人情なので、特に学校の先生は要注意です)。さっそく『漢字の成り立ち辞典』(東京堂出版)を見てみると、その字形は「横向きに立った人を描いた図形(象形文字)」とあり、説明図を見ると複数ではなく一人の姿であり、この説はあっさり覆ってしまいました。

別の例として、同じ意味でも地方によって言葉は変わりますが、『全国方言一覧辞典』(学研プラス)は1語1ページで全都道府県別の一覧表が示され、謝罪の言葉「すみません」は、石川県では「カンニンシテクレ」、福井県では「カンニンシトクンネーノ」、そして、なぜか遠く離れた千葉県で「カンニンシタイヨ」とあり、分布や変遷の背景を含めて興味が尽きません。
これを自力で調べるとたいへんな労力がかかるうえに、誤った情報を排除できません。専門事典は、方言ならば言語地理学などの専門家が監修し、読み手を考えて一覧化して編集されているので、はるかに効率的です。

「知らないことは探せない」という場合もあります。たとえば『世界の民族衣装図鑑』(文化学園服飾博物館)の情報を個人で集めようとしても、各国名と「民族衣装」でキーワード検索して得られる情報は、そもそも日本語で発信されたものに限られ、質・量ともに心許ないものです。外国人が「kimono」で検索してどの程度の情報が得られるかを想像してみると、その国の文化や言葉に加えて、当該分野の基礎知識がなければ、こうした体系的な資料は作れないことに気づくでしょう。

以上はあくまでも例ですが、それぞれの興味・感心や職種に応じて多種多様な分野の事典・辞書があるので、ぜひ手に取ってみてください。ただし、専門性が高いと大量生産ができないために高額となり、数万円することも珍しくありません。たとえ1冊3千円としても、100冊を揃えるには30万円かかります。
ですが、図書館ならばその何十倍も揃っています。1館の蔵書には限界がありますが、『辞書の図書館」(駿河台出版社)収録の本に限っても、9,811冊あります。中には、目を疑うようなマニアックな分野もあり、外国で発刊されたものを含めればさらに増えます。このように、個人で集めるには限界のある専門的資料を一堂に会させるのも、図書館の役割の一つなのです。

(続きはこちら)
第5回「鬼に金棒」の図書館活用術(その3)本

※この連載が、大幅な加筆のうえ書籍化され、
岩波ジュニア新書から
「ネット情報におぼれない学び方」として刊行されました。https://www.iwanami.co.jp/smp/book/b619889.html

[筆者の横顔]

梅澤貴典(うめざわ・たかのり)中央大学職員。1997年から現職。2001~2008年理工学部図書館で電子図書館化と学術情報リテラシー教育を担当。2013年度から都留文科大学非常勤講師を兼任(「アカデミック・スキルズ」・「図書館情報技術論」担当)。2012~2016年東京農業大学大学院非常勤講師(「情報処理・文献検索」担当)。主な論文は「オープンアクセス時代の学術情報リテラシー教育担当者に求められるスキル」 (『大学図書館研究』 (105) 2017年)等。

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