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ナイジェリアのスーパーアプリを目指したOperaの挫折

ナスダックに上場する中国企業の不祥事が続いています。ネット注文と配送ができる、次世代モデルのOMO(Online Merges Offline)カフェとして世界で注目され、「スタバを殺す」とまで言われたラッキンコーヒー(瑞幸珈琲)。創業18カ月でナスダックに上場しましたが、実は売上の大半が架空計上だったことが発覚して上場廃止となったのは先月です。同じく先月は、金凰珠宝の担保とする金がすべて金メッキされた銅だったことが発覚したり、マイクロファイナンスWins Financeが実は実態がないのではないかという疑惑も報じられています。

ラッキンコーヒーは、空売り調査会社が店舗の入り口で売上数を目視で数えて架空計上を見破ったらしいですが、アフリカビジネスに注力している企業にも、ナスダックに上場している中国企業で空売り調査会社にレポートを出された企業があるのです。そしてその企業は先週、ナイジェリアでの事業の一時中止を発表しました。

Operaという、インターネットの創成期を代表する老舗ブラウザがあります。同社の本社機能はいまでもノルウエーにあるようですが、資本としてはいまでは中国企業です。2016年11月に、ゲーム会社Kunlun Tech やブラウザ会社Qihoo 360といった中国企業のコンソーシアムに買収されました。その後2018年7月に、米ナスダックに上場しています。

祖業のブラウザのシェアは、上場後、急速に落ち込みました。次の成長戦略の柱となったのが、アフリカ事業です。

Operaは2018年2月にケニアに法人を設立、小口融資アプリのOKash というサービスを開始しました。

ケニアは近年、300円とか1000円から借りられる小口融資のアプリの市場が急速に拡大しています。初回の融資をきちんと返済すると、次は少し大きな金額が借りられるようになります。審査においては、携帯データへのアクセスを求め、連絡先の数や(多い方が信頼度が高いらしい)モバイルマネーによる資金の動きをチェックしているとされます。この市場にはすでに先行企業も大手も参入しており、Operaのサービスの存在感は当時もいまもそれほどありません。

ケニアでの戦果がいまいちななか、Operaはナイジェリアに向かいます。2018年8月、上場の翌月に、モバイルマネーOPayを開始しました。

ナイジェリアはケニアと違い、銀行が強く、デジタル決済は携帯を通じたオンラインバンキング(銀行口座に携帯でアクセスする)や、デビットカード(口座にある残高分をお店などの決済で使うことができる、銀行が発行する銀行カード。日本では普及していないですね。クレジットーカードと同じように使いますが、クレジットカードが1カ月後に決済されるのと違い、口座にある残高分から即時決済されます)による決済が中心で、モバイルマネーは普及していません。そこに入っていったわけです。

そして2019年6月には、ナイジェリアでバイク配車アプリのORideを開始しました。

ナイジェリアはその頃ちょうど、Gokada、Max.ng(ヤマハ発動機が出資)、Safebodaなどが参入したり、資金調達に成功したりして、バイク配車アプリ市場が急拡大していました。アフリカの都市部はアジアと比べるとバイクはほとんど走っていませんが、ナイジェリアの最大都市ラゴスについては、渋滞がとりわけひどいからか、バイクタクシーや三輪(トゥクトゥク)タクシーも使われています。

写真がOrideです。Uberのバイク版で、アプリで近くのバイクタクシーと乗客をマッチングします。

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同じころ、シリーズAの調達をします。Source code、IDG Capital、Sequoia Capital Chinaなど、中国のテックスタートアップへ出資してきた実績のあるVCらから、5,000万ドルを得ました。

調達後の2019年6月から11月までの5カ月の間に、Operaは、狂ったように新しいサービスをナイジェリアでローンチさせます。三輪車配車アプリのOTrike、バス配車アプリOBus、自動車配車アプリOCar、ケニア同様の小口融資のOKash、フードデリバリーサービスOFood、資産管理アプリOWealth、クラシファイド広告OListt、中小企業向けマーケティング支援OLeads・・・

そして2019年11月、前回の調達から5カ月で、ソフトバンクのベンチャーキャピタルSoftbank Ventures Asiaや、中国、米国のVCらから、シリーズ B ラウンド として 1 億 2,000 万ドルを調達しました。

こうやってOperaは、人口2億人を抱えるナイジェリアで、生活のあらゆるシーンにOperaの携帯アプリを入れ、すべての決済をモバイルマネーのOPayで行うという、Opera経済圏の構築を目指します。

念頭にはきっと、アジアのGojekやGrabのようなスーパーアプリがあったことでしょう。いや、Opera自身にその計画があったかはわかりませんが、投資家はそのようなシナリオを望んだと思いますし、だからこそ調達までの5カ月の間に矢継ぎ早にサービスを発表したのだと思います。ソフトバンクが出資したのも次のGrabだと見立てたからでしょう。

実は2019年は、アフリカへの中国によるスタートアップ投資の元年でした。アフリカと中国は関係が深いとされていますが、スタートアップ投資や中国のテック事業の進出についてはそれまでは稀だったのです。ベンチャーキャピタルによる出資については、中国系VCが一斉に出資したことにより、2019年のアフリカスタートアップのVC調達額自体が一気に跳ね上がるほどでした。

トレンド


このように破竹の勢いのOperaでしたが、2020年に入って、暗転します。

1月、空売り調査会社の米Hindenburg Researchが、OPera株に関する調査レポートを発表します。主としてアフリカ事業に関する指摘で、小口融資アプリであるOPay(ナイジェリア)、 OKash(ナイジェリア、ケニア)、 OPesa(ケニア)、CashBean(インド)について、貸出期間や金利がアプリ上の説明と実際で違い、年率365%〜876%に上る「略奪的な金利」になっていることや、GoogleがPlay Storeに登録するアプリに対して禁止している返済60日以内の個人向け短期ローンを実際には提供していること、また財務上、株式取引上の不明瞭な取引が存在することをレポートで示しました(週刊アフリカビジネス481号、2020年2月3日号で既報)。

レポート内容はこちらから見ることができます。

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さらにその10日後、ナイジェリアのラゴス州政府が、ラゴス主要地域への商用二輪車と三輪車の進入を禁止すると発表しました。ラゴスではこれまでもバイクが禁止されてきた経緯があったので、意外というわけでもありません。とはいえ今回は、発表後すぐの2月1日から、問答無用の禁止という急なものでした。これで、Operaのアフリカ事業において唯一に近い稼ぎ頭だった、バイク配車アプリORideのラゴスにおける操業が一切できなくなりました(週刊アフリカビジネス481号、2020年2月3日号で既報)。

そして翌月3月30日には、コロナウイルスの影響で、ラゴスやアブジャなど主要都市がロックダウンとなり、人々の移動そのものがなくなりました。

小口融資アプリ事業のみを行っているケニアにおいては、6月、Operaの利用に関して業界団体が警告を出しました。小口金融の取り立てにおいて、顧客の携帯のアドレス帳を許可なく使用し、登録連絡先に対して代わりに返済を行うよう電話やテキストを送ったり脅したりしていたとして非難を浴びています。登録先にある友人や職場の上司に勝手にかけて「あいつの代わりに借金返せ」と電話したり、「返さなかったらブラックリストに載せるぞ」と脅したりしたらしい(そりゃあかんやろ・・)。

そしてとうとう先週、14まで増えていたサービスのうち、モバイルマネーのOpayとコロナ後新たに開発しているeコマースを除いた、ORideを含むすべてのサービスを一時中止すると発表しました(週刊アフリカビジネス503号、2020年7月6日号で既報)

ちまたでは、ほんとうのところはモバイルマネーも含めた全事業の中止だろうと言われています。バイクはすでにすべて売り払ったとか、eコマース事業に移籍させると発表されていた人員も手放していると噂されています。

アフリカにおいても世界と同様、コロナにより人の動きが減少したことから、Uberなど配車アプリ事業の稼働は落ち込んでいます。ただ、どこも同じビークルや人材を使って物流や宅配に鞍替えして、稼働を保とうとしています。

OPeraも同様に、OExpressというサービスを開始するなどしましたが、もともと14のサービスもそのほとんどが稼働していなかったり、2月以降幹部の退職が相次いだことから、鞍替えすることもできなかったのではとされています。

さらにはこれまで同社が発表してきたシェアや代理店設置店舗数などの数値も嘘だったのではないかと疑いが持たれています。

しかしそれにしても、Orideなどのサービスをローンチしてから、サービスが中止されるまで、たった1年。スピード感がすごいです。

【Operaのアフリカ事業年表】

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180億円以上を調達したばかりのOperaは、なんとか巻き返しを図らないといけない運命ですが、今後はどうなるでしょうか。同社は「eコマース」を次の注力分野として挙げています。

しかし、同社の事業はこれまで結局のところ、てっとり早く現金が入る小口融資とバイク配車アプリのOrideのみで、それにOpayのモバイルマネーをからめて自社サービス内でぐるぐる回してキャッシュを得ていたわけですが、eコマース、特にアフリカのeコマースは、赤字を深く堀り、長い時間をかけて売上を作っていくタイプの事業であり、タイプが違います。

調達環境も、アフリカ最大のeコマースであるJUMIAが、ニューヨーク証券取引所に上場した頃とは違います。祖業のブラウザ事業が厳しい中、どうやってeコマースをオペレーションに乗せる資金を得ればよいでしょうか。

一方、米国が中国TikTokのサービス禁止を検討したり、ナスダックへの上場条件を厳格化し中国企業を締め出したり、米中の対立から、中国のテック企業の世界戦略自体も転換期を迎えています。

中国と犬猿の仲のインドはすでにTiktokの禁止を決定しました。

これにより、アフリカにおける中国によるテック投資も減退するでしょうか。むしろ、逆になる可能性もあるかもしれません。中国企業が米国を見切り、香港などの市場に上場したり中国資金を得ながら、政治的対立が小さい他のアジアやアフリカの市場により注力するというシナリオです。

アフリカにとって米国は、政治的、経済的、そして特に軍事的に重要なパートナーですが、その神通力は言うほど強くありません。それに、たとえアフリカ側が警戒しても、株価の厳しくなった上場企業に入り込んだり、未上場企業の買収など、現地に入り込む方法はいくつもありえます。

コロナを経て、さまざまな事業環境が変わってしまいましたが、2019年に大きく盛り上がった中国によるテック投資がどうなっていくのかというのも、今後のひとつの注目点です。

なお、こういった情報は、毎週「週刊アフリカビジネス」に掲載しています。お申し込み方法や詳細は以下からご覧ください。


追記(2021年9月12日): Opayはその後、大躍進を遂げます。2020年以降のOpayについて、以下に書きました。


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