見出し画像

Puddle【滲み】1700字

「ポニーテールを浸して」

水たまりに話しかけなければいけない。
ちゃんと目を見て。後ろめたさを感じ。呼吸を整えて。
恥ずかしさを背後に隠し。憎たらしさは忘れて。
水たまりに話しかけなければいけない。

「次はいつ来ますか?」鈍い灰色の水たまりの中のポニーテールの子は答えてくれないが、落ちた雨粒で、波紋で、笑った。
「傘。お揃いだね」水たまりの子が頬を赤らめて言った。


秋雨前線がどうちゃらと天気予報が言っている、
おかあさーん今日も明日も雨ってこと?
おかあさんは満面の笑みで、そうよ!


 学校から一目散に公園の駐車場に。灰色のジャリ。
ポニーテールの子の街が広がっている。灰色の雲のスピードは速いんだが、雨も多いみたいで、ポニーテールの子が見当たらない。かろうじてお揃いの水色の傘がぼやんと見える。はじめてのお友達になれるかな。まだお話したのはほんの少しだけ。勇気を。アニメのあの子や、ドラマのあの人や、映像のアイドルみたいに、勇気を。
「次はいつ来ますか?」激しい雨の中、水たまりの中のポニーテールの子は何も返事をしない。ぐにゃぐにゃな水面しか見えない。赤も水色も見えない。

「君はずぶ濡れですよ」白いヒゲのおじさん。見上げると。
その目がこちらを見ている、喋りかけている、わたしの目に。思った。
おじさんこそ傘をささずにずぶ濡れだ。そう思った。
次の瞬間には「おじさんこそ傘をささずにずぶ濡れだ」と喋っていた。

 口のまわりとアゴに白いヒゲがもじゃっとしている白いヒゲのおじさんは、濡れた袖で濡れたおでこを拭いて、「たしかにね」と少し恥ずかしそうに笑った。
「水たまりにお友達がいるのかい」
「お友達になってってお願いしようとしてるの」
「学校のお友達と一緒に来ないのかい」
「わたしのお友達は今のところお母さんしかいないんだって。お母さんが言ってた」
「おじさんは傘のお友達がほしいよ」
「わたしの水色の傘あげるよ」
「ありがとう。でも小さいな」
「濡れたくないとこに傘をさすといいよ」
「そうか、左手を温めておきたいから左手に傘をさそうかな」
右手で傘をさして左手が濡れないようにして頭と身体はずぶ濡れの白いヒゲのおじさんの去っていく後ろ姿を見て、クスッと笑えた。楽しかった、と思った、帰ってお母さんに、今日お話したよー、と言ったらギョッとした顔をして手を口に当てて泣いてたから、またクスッと笑っちゃった。
 

滲み_Puddle


 また晴れ、また晴れ、冷たい晴れ、晴れの日は一日中リビングの窓から外を見る、また晴れ、お話できた子がいるなら学校行ってみたら?お母さんは言うけれどわたしは口をつぐんだ。お母さんはまた毎日心配な顔をする人に戻った。

雨きた。
しとしとだ。深呼吸して、あさ、家を出た。久しぶりの、長靴と傘。
傘は黄色。長靴は水色。
下を向きながら歩く。学校では下を向いて机の木目を見る。
1時間目と2時間目と3時間目と4時間目。
パンだけを食べて、ふと外を見て、まだしとしと降っている。
5時間目と上履きを脱いで下駄箱と走るわたし。

公園の灰色の駐車場は、少しだけ夕日模様。でもまだ、しとしと。
あ。
こんなしとしとじゃ水たまりは無かった。
わたしはひとりで、たったひとりで立ちつくした。
がんばって外に出たのにお友達に会えない、雨なのに会えない、お母さんが泣いちゃう、目の前に急に大きな影、オレンジの光の中では水色の傘は何色かよくわからなかった「このあいだは傘ありがとうね」見上げると白いヒゲのおじさんが傘を持ってニコニコしていた。不思議と思った、というかわかった、「おじさんもお友達いないの?」

おじさんはアゴの白いヒゲをぽりぽりしながら、
「妻はずーっと病気だったんだ」
「左手はあったまったの?」
「うん、妻は左利きだったからね。左手を繋ぎながらバイバイしたよ」
おじさんがうふふとニコニコしたので、
わたしも嬉しくなってうふふとした。

走ってきたから乱れちゃったポニーテールを直しながら、あとでお母さんにお友達出来たよって言ったらきっと驚くんだろうなー、
なんて思ったらクスッとした。

 雨の止んだ駐車場に、伸びたわたしの影だけが踊っていた。




__________________________________________________________________
いいね♡マークを押していただけると、嬉しく且つ励みになります。
♡はアカウントが無い方でも押せますので、ブックマークとしてご活用いただければ幸いです。最後まで読んでいただきありがとうございました。


この記事が参加している募集

自己紹介

もしお気に召したら僅かでもサポートいただけると嬉しいです☆ よろしくお願いいたします