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neighborhood【滲み】2100字

「おばあさん、次はいつ会えないですか?」

大学生なのに平らな道で転んで膝を擦りむいた。
膝とショートパンツの裾に滲む血を見て、
植物に水遣りをしていた白髪のおばあさんは「赤チン持ってくるから待ってな」と言って磨りガラスの玄関へ入った。

 夕暮れに蚊が舞うその下のコンクリートにお尻を付けて静かに待った。
電車の音が時折うるさいが、3両編成が通常のようで、うるささは早い。
おばあさんがなかなか家から出てこないのでもう行こうかなと思った。
人通りは少ないみたいだから、なんだかまだ居てもいいかなとも思った。
夕暮れからの夜はあっという間、
それは前々から知っていたから焦りはしないが惨めさを感じて、このひぐらしが鳴き止んだら帰ってレポートをやろう。そうスケジュールを立てた。


 赤チンってなんだろう?風呂にお湯を溜めながらふとそう思った。


 「なんでそんな大学から遠い田舎みたいな駅に住んでるの?」言われてから確かになんでだろうとシャーペンを握ったまま固まった。

 あれ、あそっか、何口か頬張ってアタリに気付いたけど、アイス食べ終わった時には普通に棒を捨てちゃったんだたぶん、昨日の帰り道。

 「今朝は遅刻しそうだから食パンを口にくわえて駅に走ってたんだけど、誰か可愛い子とぶつかって恋が始まるかと思ったけど、女の子とすらすれ違わなかったよ」面白いと思って友達に話したのに、ふーんとしか言われなかった。


 肌寒くて慌ててクローゼットの奥から出したジャケットはカビ臭いけどまあいいかと1日過ごしたその帰り道、ほとんど紺になった夕暮れの後ろから「膝は大丈夫なの?」白髪のおばあさんが立ってこちらを見ている。
「赤チンってなんですか?」質問を質問で返してしまった。
「あ、すいません、このあいだは帰ってしまって、すいません」
少し頭を下げてから、キャップを被っている事を思い出したのでキャップを取った。
「いや、そんなんはいいよ、膝は大丈夫か?」頭を上げるとこちらを見たままのおばあさんが言う。
暗くなってきている。
「はい、たいしたことなかったです。」
背中の線路に電車が走る、おばあさんの口が動くが聞こえない、電車からの動く灯りで少しおばあさんがニコッとしたように見えた。磨りガラスの玄関の中へゆっくりと帰っていった。


 風呂に浸かりながら、風呂出たら赤チンって何か検索しよう、と思っていたが出た時にはもう忘れていた。 


 ともだちに好きですと言われた、なんだかびっくりしてごめんなさいと言ってしまった。去年みんなで行ったスノボに今年は誘われなかった。

 コートの上のボタンを留めながら帰り道を歩いていると、遠くの方で「オニはソトー」という子供の声が聞こえてくる。小さい頃にお父さんの顔に全力で豆を投げつけて、全力で怒られた事を思い出した。

 線路沿いに並んだこの木は全部桜の木だったんだ、ゆっくり舞うきれいなピンクに見惚れて、その日の授業に遅刻した。


 ちょうどおばあさんが水遣りの水を撒いたがために、僕のスウェットが濡れた瞬間「わー、あちゃー」と白髪のおばあさんは言って少し固まった後に、「今代えのズボン持ってくるから」と玄関に消えた。
遅刻しそうだしどうしようかなと待っていたが、
ぜんぜんおばあさんは出てこない。
次の電車が通り過ぎたらもう行っちゃおう、そう頭の中でスケジューリングした。4本目の電車でようやくおばあさんが出てきた。
「これこれ」と持ってきたデニムは見るからに小さく、手渡してもらいタグをぐいっと見てみると140と書いてあった。
僕の足にデニムを合わせてみせて「ぜんぜん小さいですよ、こども用じゃないっすか」と言うと、
「あは、そうかそうか、そうやな小さいな」と言って笑い出した。僕もおかしくなって笑った。


滲み_neighborhood


 今年はサークルに入ろうと思って、夕方の大学内をぐるぐるしたが、結局どのサークルの部屋にも入らなかった。たくさん歩いたけど、感情と歩数と歩幅の関係性のレポートのための検証に歩いたんだった。

 ゴールデンウィークが終わって実家から戻ってくると、おばあさんの家は更地になっていた。綺麗に何も無くなって砂だけが広がっていた。その面積からこんなに小さい家だったんだと思って、アパートに帰って風呂の湯を溜めた。

 満員電車から大きな川が見える。天気の良い日はその川がキラキラしていて、電車のスピードだと目がチカチカするほど。網棚に5回もバッグを置き忘れた経験から、最近はバッグをギュッと抱きしめている。


 絶対今日は暑くなるだろうと思ってクローゼットの奥からショートパンツを探し出して、食パンを頬張ってモグモグしながらパンツを履いた。
ふと突然頭の真ん中に赤チンというワードを思い付いた。
赤チン。って何だっけ。
食パンをくわえながらアパートを出ようと玄関を開けると、モワッとした外気が入ってきて、クーラーを切るの忘れてたと思い部屋に戻るが、リモコンが見つからないからまあいっかと外に出るとあまりの陽射しの強さに「天気良過ぎだよー」と思わず独り言を言った。
リズミカルにアパートの階段をタタンっと降りて、
桜の木の緑に埋もれる線路沿いを歩き出した。




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