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障害のある生徒たちの「働く」を考える(3)-特別支援学校におけるライフキャリアの形成-

植草学園大学 発達教育学部  准教授  髙瀬 浩司

広義の自立とライフキャリアを大切にして
 これまでのキャリア教育の解釈における課題から、現行の特別支援学校高等部学習指導要領には、キャリア教育の推進について、次のように記述されるようになりました。

第1章総則 第2節 教育課程の編成 第5款 生徒の調和的な発達の支援
1 生徒の調和的な発達を支える指導の充実
(2)生徒が,自己の存在感を実感しながら,よりよい人間関係を形成し,  
  有意義で充実した学校生活を送る中で,現在及び将来における自己実現 
  を図っていくことができるよう
,生徒理解を深め,学習指導と関連付け
  ながら,生徒指導の充実を図ること。
(3)生徒が,学ぶことと自己の将来とのつながりを見通しながら,社会
  的・職業的自立に向けて必要な基盤となる資質・能力を身に付けていく
  ことができるよう,特別活動を要としつつ各教科・科目等又は各教科等
  の特質に応じて,キャリア教育の充実を図ること。
その中で,生徒が自
  己の在り方生き方を考え主体的に進路を選択することができるよう,学
  校の教育活動全体を通じ,組織的かつ計画的な進路指導を行うこと。

 「職場体験のみでキャリア教育を行ったとしていないか。」「進路指導に限定した教育に偏っていないか。」「仕事や職業に限定した指導が行われていないか。」などについて意識しながら、教育活動全体を通じて、本来のキャリア教育の充実を目指しています。
 では、本来のキャリア教育とは、どのような教育なのでしょうか。平成23年の中央教育審議会答申「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」において、キャリア教育ついて、「一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育」と定義しています。ここで注目したい点は、「職業自立」だけではなく、「社会的自立」を目指しているということです。職業や就労といった狭義の自立やキャリア形成ではなく、より広義の自立と生涯の全てのライフステージに存在するキャリアの形成を目指しているのです。

ライフキャリアを支えるということ
 キャリア発達について、同答申では、「社会の中で自分の役割を果たしながら、自分らしい生き方を実現していく過程」と定義しています。ここでのポイントは、「社会の中で自分の役割を果たす」ことと、「自分らしい生き方を実現していく」ということです。その発達の過程を、教育において丁寧に支えていこうとしていることに、改めてキャリア教育の意義を感じるのです。
 1950年代にドナルド・E・スーパーが発表した、ライフキャリア・レインボーのキャリア理論では、キャリア=職業とは考えず、キャリアを人生のある年齢や場面のさまざまな役割の組み合わせと定義しています。人生全般にわたり、社会や家庭でさまざまな役割の経験を積み重ねて、自身のキャリアが形成されるとする概念です。私達も、これまでの人生の過程の中で、様々な役割を経験してきました。子供や学生時代の役割、配偶者や親としての役割、地域生活や職業生活における役割などです。その中で、自己有用感や自己肯定感が育まれ、社会生活において自己効力感を感じつつ、自立的な生活を送ることができるようになってきたのではないかと思います。障害のある生徒たちの「働く」学びを考える時、職業自立のためだけワークキャリアではなく、現在のライフステージにおける「役割」を果たし、社会生活における自分なりの「価値」や「意義」を感じることのできるライフキャリアを支える学びを大切にしたいと思うのです。

出典:中学校・高等学校進路指導資料第1分冊.文部省(1992)

 今、特別支援学校高等部の置かれている状況では、キャリア教育の推進や充実が図られつつも、就職率や実績を求められたり、基礎的労働習慣や報告・連絡・相談、コミュニケーション能力といった 就労に必要な力を求められたりすることも少なくありません。必然性のない報告・連絡・相談、訓練的要素が強く価値を見いだしにくい作業、不自然なコミュニケーション場面の設定など、現実的な問題をクローズアップしてしまうが故、ライフキャリアの形成を願っているはずなのに、ワークキャリアに傾斜してしまうことは避けたいのです。
 生徒たちの「働く」学びの中心は、主に作業学習や専門学科における職業を主とする専門教科等です。こうした活動においては、価値付けや意義付けを大切にしたいと考えます。「なぜ」「なんのために」「どんなことが必要で」「今何をすべきか」など、今「働く」学びや活動に取り組む価値や意義を一緒に探していく学校生活でありたいのです。障害のある生徒たちの学校生活は、今しかありません。将来の社会生活で、生き生きと働き続け、豊かに生きる生徒達の姿を願って、現在のライフステージがより充実した生活になるための支えを大切にしたいと思うのです。

ライフキャリアの形成を目指すデュアルシステム
 これまでの障害のある生徒たちの「働く」学びや進路指導においては、時に、教師主導に陥ってしまうことが懸念されてきました。本人の意思やニーズがおざなりにされ、教師や保護者の思いのみによって進路が決定されることも少なくありませんでした。私達が大切にしたいことは、生徒本人が自分から学び、自分で課題を解決し、主体的に進路を選択・決定できるようになるための学びや活動です。つまり、訓練的な指導ではなく、生徒が主体的に進路を選択・決定し、より自立的な社会生活に向けたキャリア教育の日常化です。
 筆者は、千葉県立特別支援学校市川大野高等学園の開校にあたり、開設準備や教育課程編成に携わってきました。そこでは、具体的なキャリア教育の実践的方法として、「デュアルシステム」構想を掲げ、教育課程の中心に据えていくことになります。当校では、教育活動全体をキャリア教育と捉え、卒業後の生活を見据えた生き方支援、キャリア教育を重視し、生徒が主体的に進路を選択・決定し、そして豊かな社会生活・職業生活を送ることのできるための教育課程づくりを目指していきました。「デュアルシステム」を個々のキャリア発達を支える「働く」学びとして位置づけ、就職支援やマッチングに重点をおいた「デュアルシステム」ではなく、つまり日常的な「働く」学びの積み重ねを通していく中で、ライフキャリアを形成していくための「デュアルシステム」です。
 「デュアルシステム」の原点は、マイスター制度に基づく、ドイツの職業教育システムにあります。職業学校での教育と企業での実地訓練を組み合わせた教育・訓練により、職業資格を取得し、就職に導くことが目的です。企業で職業訓練を受けながら、職業学校に通い、商工会議所等が実施する試験に合格すると職業資格を取得することができる。つまり、特定の職業に特化したマイスターを育成するための「デュアルシステム」です。
 このドイツの「デュアルシステム」を基に、日本の職業教育・訓練システムに導入したものが、日本版「デュアルシステム」です。文部科学省と厚生労働省それぞれにおいて実施していますが、企業における実習(OJT)と教育・訓練機関における座学(OffJT)を組み合わせた教育・訓練により、若年者を職業人に育てることが主な目的です。
 当校が目指したのは、こうした職業教育やワークキャリアとしての「デュアルシステム」ではなく、ライフキャリアの形成を目指す「デュアルシステム」でした。これらを実現していくためには、地域の企業とのパートナーシップ関係が必要です。これまでのある限られた期間だけ実習を受け入れていただく関係性ではなく、長期的・継続的に、日常的な学びとして展開していく校外の教室や実習室としての関係性です。また、生徒たちのキャリア発達を願う教育に、共に支援者として参画する関係性でもあります。この「デュアルシステム」では、学校における授業と企業における授業との相互のPDCAサイクルを日常化した、往還型の「働く」学びとして展開していきます。パートナーシップ関係が構築された地域の企業において、授業に直接的に生きる取り組み、生徒たちが自分の課題や目標を理解し、主体的に解決していく取り組みを日常的に実践していくことに大きな意味があったのです。(つづく)

【参考文献】
文部科学省(2019):特別支援学校高等部学習指導要領
文部省(1992):中学校・高等学校進路指導資料第1分冊

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植草学園大学・植草学園短期大学 特別支援教育研究センター
障害者支援を学ぶことは、すべての支援の本質を学ぶことです。千葉市若葉区小倉町にキャンパスをもつ植草学園大学・植草学園短期大学は、一人ひとりの人間性を大切にした教育を通じて、自立心と思いやりの心を育むことにより,誰をも優しく包み込む共生社会を実現する拠点となることを学園のビジョンとしています。特別支援教育研究センターは、そのビジョンを推進するため、平成26年度に創設され、「発達障害に関する教職員育成プログラム開発事業」(文部科学省)の指定を受けるなど、様々な事業を重ねてきています。現在も公開講座を含む研修会やニュースレターの発行なども行っています。                                     tokushiken@uekusa.ac.jp


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