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青春ミステリー小説『放課後の冒険』 第2話「少年少女の心理戦」

 拓実は真相を確かめるために、葵に話しかけようとした。

 しかしその直後に、「拓実!」と前方から声がした。振り向くと、拓実の席の前に、友達の隼斗と義則の二人が立っていた。

 「今日さ、俺ん家でテレビゲームやるんだ。拓実も来るだろ?」と隼斗が言った。
「隣のクラスの連中も何人か来るってさ」と義則が続けて言った。
「悪い、俺今日塾なんだ。行けねぇわ」と拓実は申し訳無さそうな顔をして言った。今日が塾というのはまるっきりの嘘だった。

 「えっ、マジ?水曜は空いてるんじゃなかった?」と隼斗が訊いた。
「いやさ、いつもはそうなんだけどさ、何でか今日は水曜日にスケジュールが組み込まれちゃってるんだよな。本当参っちゃうよ」と拓実は言った。

 苦し紛れの嘘だった。多少は心が痛むが、全ては封筒の奪取のためだ。
今はテレビゲームのことよりも、封筒の中身のことしか拓実の頭にはなかった。

 二人に風船の件を話せば、絶対一緒に来るって言うに決まってる。
そうなれば、一人で財宝を見つけるという計画は頓挫してしまう。

 「えー、ならしょうがねぇな。じゃあ、明日なら大丈夫だろ?」
「全然オッケー」
拓実は普段、自宅近くの公文に火曜日と金曜日の週2回通っている。
そして、この曜日の体制が勝手に切り替わることは無いに等しく、水曜日の今日に塾なんてある筈がないのだ。

 それから隼斗と義則の二人は、自分達の席の方へと向かった。拓実の席とは反対側の方に、彼らの席はあった。
何やら彼らは新作のゲームについて熱心に話しているようだ。

 拓実が取って付けたような嘘で言いくるめて安心してるところに、隣の葵が不意に言った。
「ねぇ、今日が塾って嘘なんでしょ?」
「えっ、嘘じゃねぇよ。ほら、今日はテストがあるんだよ。だからいつもと曜日が違うんじゃないかな」と拓実は言った。その声色は若干焦っていた。
「ふ〜ん」と葵は疑い深そうに拓実を見る。
「何だよ」
「実はさ、気付いてると思うけど、私も見ちゃったんだ」
「、、、何を」
「風船よ、割れて落ちた黄色い風船」
「風船?何だよ、それ?」と拓実はとぼけるように言った。
「はぁ?呆れた、もしかしてとぼけてるつもりなの?さっき拓実が仕切りに窓の外を見ていたことに、私が気付かない筈ないでしょ。その視線の先にあるのが、あの黄色い風船だってことも」

 「、、、あぁ、その通りだよ」と拓実は観念して言った。
それを聞いて葵は、満足そうな表情に変わった。「大原公園の中に落ちたよね。それに、白い封筒?みたいな物が紐の先に取り付けてあった」
「うん、あれは確かに白い封筒だった」と拓実は肯定した。
「中に何が入ってるんだろう、やっぱり手紙かな。ねぇ、封筒の中身、凄い気にならない?」

 教室内のざわつきで、二人の話が他の誰かに聞かれる心配はなかった。
だが既に、拓実の計画は破綻しかけているも同然だった。

 「あのさぁ、葵、ちょっとハッキリさせておきたいんだけどさ」
「何よ」
「あの風船は、俺が先に見つけたんだよな」
「はぁ?何それ、あんたまさか、一人で封筒を取りに行くつもりなの?」
「学校が終わったら、真っ先に公園までダッシュするつもりだよ。早い者勝ちってやつだぜ、これは」と拓実はしたり顔で言った。
「呆れた、、、。ていうか、中身は何だと思ってるのよ」
「決まってんだろ、宝の地図だよ」
「宝の地図?」と葵は訊き返した。

 「そう、おそらくはこの街のどこかに眠ってる財宝の在処を示す地図が、あの封筒の中に入ってるんだ」
「ぷっ、何それ。でもそれが宝の地図だったとしたら、誰が何のために風船に括り付けて飛ばしたのよ」と葵は言った。
「それは、、、今はまだ分からないけど」と拓実は口籠もった。
「あんたさ、もしかして昨日、火曜ロードショーでやってた『インディ・ジョーンズ』の影響受けてる?」
「えっ」拓実は完全に図星だった。

 実際のところ、葵の言う通り拓実は昨夜、テレビで『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』を観てトレジャーハントに惹かれていたのだ。
そしてその余韻を今に至るまで引き継いでいたため、あの白い封筒には宝の地図が入っているに違いないと、彼は根拠も無く決め付けてしまったという訳だ。

 拓実は、相変わらずの葵の察しの良さに驚いていた。こいつに隠し事なんてできない気がする、とまで考えてしまう。
「図星、って顔してるけど?」葵は拓実の顔を覗き込むようにして言った。
「うん、いや、実際その通りだよ。それに感化されちゃったのは確かだ」と拓実は認めた。
「ほんっと、男子って子供ね。すぐ何かに付けて熱中しちゃうんだから」
拓実は敢えて何も言い返さなかった。
これ以上自分の胸中を当てられる事に、少し危機感を抱いたからだ。

 「それにしても、本当に封筒の中身が宝の地図だとしたら凄い話だよね。やっぱり可能性としては低いと思うけど、もしそうだったらって考えたらワクワクしてきちゃう」と葵は言った。
「どのみちお前は手に入れられないよ。何たって、クラス対抗リレーの選手に選ばれたくらい足の速い俺がいるからね」

 今からおよそ1ヶ月前の話だ。運動会のクラス対抗リレーで、拓実は6年2組のチームのトップバッターに選出されたのだ。
アンカーは拓実の友達の隼斗だった。因みに拓実のチームは惜しくも、僅差で6年3組のチームに敗れ、2位に終わった。

 「何?拓実は私と競争する気なの?仮にも私と協力しようって気は無い訳?」
「無いね」と拓実は即答した。
「運動会での6の2のスローガンは『協力・連携・信頼』だったでしょう?あんた今それ全部欠けてるわよ」
「運動会は1ヶ月前に終わったんですぅ。それにこういうのは、誰の力も借りずに財宝を見つけた方が注目されんだよ。取材とかされたりしちゃってな」

 葵は本気で財宝なんてあると思ってる訳ではなかったが、拓実のその単独プレーの姿勢が気に入らなかった。

 「へぇ〜、そんなこと言っちゃて良いのかなぁ。牧瀬君と溝口君に、風船と一緒に落ちた封筒のこと話しちゃおうかなぁ」
先程、拓実が話していた隼斗と義則のそれぞれの苗字が、牧瀬と溝口だ。
「なっ」
「あぁ、後ついでに、拓実が塾があるって嘘ついて、遊びの誘い断ったことも」
「いや、だから、それは嘘じゃないんだって」
「そう?でもどっちみち、牧瀬君達が封筒のこと知ったら真っ先に飛び付くと思うよ。ほら、あの二人って、あんたと一緒で好奇心旺盛だから」

 「分かった、分かったよ」と拓実はついに観念して言った。「仕方無いから、その、一緒に来るの、了承してやるよ」
「本当に?」
「あぁ、だけどその代わり、隼斗と義則を含めて他の誰にも風船の件は秘密にしといてくれよ。俺ら以外の人間に話したら、きっとクラス中に話が広まって一気にライバルが増えちまうから」と拓実は言った。
「うん、分かってる。私だって、それくらいのことは予想できるわよ。ちょっとあんたのことからかってみただけ」と葵は微笑んで言った。
その口ぶりは上機嫌だった。
彼女の交渉術の末に、拓実が協力的な姿勢を見せたからだろう。

 「やっぱり、拓実がいるなら心強いかなぁ。だって、空から降ってきた封筒の中身を確認するのってちょっと勇気要るもん」
「あぁ、女子ならそういうもんかもな」と拓実はそれについて曖昧に返事した。
俺はそのつもりだったんだけどな、とは口に出さなかった。
ただ拓実は、葵の駆け引きの強さに妙に感心していた。

 たまに窓から吹く風が、先程から拓実の少し汗ばんでいた首筋を乾かしてくれた。
窓の外を見ると、公園内にはまだ誰もいなかった。

 二人の熾烈な心理戦が平和的に終結した後、やがて担任の宮田先生が教室に戻ってきた。
生徒は各自それぞれの座席に着き、教室内は徐々に静かになっていった。帰りの会が始まるのだ。

          *

 「はい、じゃあ今日一日について、何か報告したいことがある人?」と宮田先生が片手を挙げて、教室の生徒達に呼びかけた。

 すると一人の女子生徒が手を挙げた。
「はい、榎本さん」と宮田先生は手を挙げたその生徒、榎本舞を指名した。

 舞はその場に起立して、話し出した。「えっとぉ、何かぁ、休み時間中にぃ、一部の男子がぁ、ポケモンの鉛筆転がして遊んでたりしてたんですけどぉ、鉛筆って本当は勉強するために使う物なのにぃ、遊びに使うのは絶対良くないなって思いましたぁ」

 「はい、よく報告してくれました。そうよね、先生も榎本さんの言う通りだと思います。先生はあんまり詳しく知らないけど、鉛筆を転がして出た面の数字で競ってるのかな?それは企業さんがそんな風に遊んでもらうために作った鉛筆かもしれないけど、学校でそういう遊びをするのはやっぱり違うんじゃないかな。今日は大目に見るけど、これを機に次からそういった遊びは禁止にしたいと思います。良い?明日から鉛筆転がして遊んでいるところを見かけたら、先生没収にするつもりです。万が一、それで賭け事なんてしてたら以ての外だし、もっと正しい遊びを、、、」と宮田先生は話し続けているが、拓実の耳には当然のことながら入っていなかった。

 彼は大抵帰りの会の内容を聞き流すのが常だが、今日は特にそれが顕著だった。
やはり今は、あの白い封筒の中に入っているであろう宝の地図のことしか考えられない。

 一方で、葵は他所から見れば真面目に帰りの会に参加している様子だったが、やはりどこか上の空なのは拓実には分かった。
拓実は先程からずっと考えていた作戦を、小声で葵に話し始めた。

 「これから作戦の内容を簡潔に説明するぞ。名付けて『封筒奪取作戦』ってところだな。とにかく、一度しか言わないからよく聞けよ」と拓実は正面を向きながら言った。
「分かった」と葵も同じく正面を向いて、小声で答えた。
「まず、帰りの会が終わった後、すぐに教室を出て、別々のルートで下駄箱に合流するんだ。二人一緒に走ったら、怪しまれる可能性があるからな。それで、その下駄箱までのルートだけど、俺が東階段、葵は西階段から行く。東階段の方が少し距離があるから、それは俺の方が適任だな。合流後は急いで靴に履き替えて、公園まで全力ダッシュして、封筒を手に入れる。これが『封筒奪取作戦』の大まかな全体像だ。把握したか?」
「ばっちし」と葵は言った。(というか、作戦って程でもないじゃん、、、)と葵は思ったが、それは口に出さなかった。

 「よし。もしかしたら、風船の落下に気付いてる他のクラスの人間がいるかもしれない。だからとにかく、誰かに先を越されないように無我夢中で公園まで走るぞ」
「任せてよ。私、クラスの女子の中では結構速い方なんだよ」
「それくらい知ってるっつーの。まぁ、俺のパートナーとしては、葵の足の速さは及第点ってところかな」
「何よ、それ」と葵は少し笑って言った。

 「はい、他に報告のある人はいますか?」と宮田先生は再び生徒達に問いかけた。
拓実と葵の密かな作戦会議が終わった後も、帰りの会はまだ続いているのだ。
しかし他に手を挙げる生徒はいなかった。

 「池澤君は何かない?」と宮田先生は、前から2番目の中央付近の席に座っている池澤秀樹に訊いた。
彼は6年2組の学級委員長で、学年でもトップクラスの成績を誇っているので周囲から一目置かれているし、教師からの信頼も厚かった。

 だからこうして、彼の場合は宮田先生から直接指名されることが何かと慣例になっていた。
しかし当の彼自身は、そういったことにストレスを感じる部分は多少あるのだが。

 秀樹は席を立って、話し始めた。「そうですね、、、。教室の後ろに置かれてある学級文庫の表紙が破れていたり、ページが捲れていたりしているので、各々が綺麗に使用するという意識を持つことが大切かなって思います」
学級文庫とは、生徒の読書習慣を促進するために、各教室に置かれている図書のことである。
6年2組のクラスでは、主に『怪談レストラン』や『ぼくら』シリーズが人気だ。

 「はい、ありがとう。池澤君の言う通りね。学級文庫っていうのは、誰か一人の物じゃなくて、クラス皆の物だよね。だから皆が綺麗に使っていけば、それだけ本は長く読み続けられるし、次に読む人も快適に、、、」と宮田先生はまた長々と話し始めた。

 拓実は小さく舌打ちをした。
何なんだ?こっちはとっとと解放されて、早く公園まで向かいたいっていうのに、どうしてさっきから当たり前のことばかり長々と話すんだよ、と彼は心の中で毒付いた。

 正面の時計を見ると、時刻は午後3時57分になっていた。
風船が落下していくのを見てから、既に40分以上が経過している。
拓実の心に焦燥感が募っていく。

 そんな落ち着かない様子の拓実に気付いた葵は、「拓実」と小声で呼びかけた。
拓実は葵の方を向いた。
「もうちょっとで終わるって」と葵は言った。
「いや、分かってんだけどさ、、、」と拓実は言いかけた。
すると、「そこ二人ともっ、何お喋りしてるのっ」と宮田先生が拓実と葵に向かって言った。
「「すみません、、、」」と二人は驚いて、殆ど同時に言った。
一瞬だけ、クラスの視線が二人に集まった。

 結局帰りの会が終わったのは、午後4時過ぎだった。
教室内では、生徒達が席に立ってランドセルをからい始めたり、その場で友達と話したりしている。

 拓実と葵の二人は既にランドセルを背負い、教室を出て、廊下にいた。
「じゃあ、30秒後にまた会おうぜ」と拓実が言った。
「そんな台詞要らないわよ」と葵は苦笑して言った。

 それから二人は二手に分かれて、それぞれの方向へと駆け出した。


(第3話へ続く)


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