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九キロは長すぎる(1)

 クラスメイトの水本小百合が自ら命を絶った。友達の立花は、水本が死んだのは誰かに追い込まれたことが原因であると主張する。
 新聞部の草野と立花が独自に調査を開始すると、次第に自分たちが知らなかった彼女の姿が明らかになってくる。
 誰が脅迫電話をかけたのか? 「九キロは長すぎる」という発言の真意は?
 そして水本小百合の死には、確かな悪意が絡んでいたことが判明し——。藤沢・鎌倉の街を舞台に繰り広げられる、切なくてほろ苦い青春ミステリ。

 水本小百合みずもとさゆりの自殺の動機を調べるなんて、あまりにも不謹慎だと僕は抗議した。

 だが、立花は聞く耳を持たなかった。
 それどころか、「草野くんも本当は知りたいんじゃないのか?」とまで言ってきた。
「それはないね」
 僕は即座に否定した。「なあ、この間、通夜に行ったばかりじゃないか。非常識だと思わないのか? それとも、こんなことを記事のネタにするつもりか?」
「まさか」と言って、立花は苦笑した。「そんな週刊誌みたいな記事を書けば、すぐに僕らは学校での立場を失うだろうね。あくまでも僕が提案しているのは、部活とは無関係の、極めて個人的な調査だよ」
「それこそ、その動機はなんだよ?」
 立花は口元に薄い笑みを浮かべ、言った。「決まってるだろ、好奇心さ」

 一昨年の春、神奈川県立藤湘ふじしょう高校新聞部に入部してから、一年と十ヶ月が経つ。
 つまり、それは立花と知り合ってから経過した年月と全く同義であるわけだが、僕はいまだに彼のことがよくわからなくなる時がある。まさに、それが今だ。

 三日前に亡くなったばかりのクラスメイトが自ら命を絶った動機を、好奇心で調べたいと言う。それも、笑顔でだ。
 小太りでやや背が低く、天然パーマでギョロ目のこの男——立花豊が新聞部副部長に就任して約四ヶ月。
 そして彼がその立場に相応しいのかどうか、僕には今ひとつ判断しかねる。

 ただ一つ確かなことは、他人の心情を一切お構いなしに、図々しく真実を追い求めようとする立花のその姿勢は、間違いなくジャーナリスト向きだということだ。
 もっとも、彼がそっちの方面に進む意思があるのどうか、僕は知らないが。
「どうだ、興味ないか?」
「論外だね。締め切りが近いんだ、僕は記事の執筆に専念するよ」

 僕たちは活動中の新聞部部室を抜け出して、ひと気のない夕暮れの廊下に立っていた。
 今は二月で、廊下は冷え込んでいる。寒さが骨身に沁みるのも、時間の問題だった。だから僕は、一刻も早くストーブで暖められた部室に戻りたかった。

 だがそんな僕の切望もよそに、「水本さんの自殺の原因が、誰かに追い込まれたことによるものだとしたらどうする?」と立花はひどく冷静な口調で訊いてきた。
 数秒の沈黙の後、「なんだって?」と僕は訊き返した。
「水本さんが、誰かに殺されたんじゃないかって言ったのさ。間接的にね」
 僕は言葉を失い、黙って立花を凝視した。

 いや、考えてみれば、高校生の自殺の原因が人間関係というのは、大いにありそうな話だ。そして立花は、水本は誰かに間接的に殺されたとまで主張している。
 それが本当なら、これはただの自殺なんかではなく、明確に事件性を帯びてくる。

 僕は尋ねずにはいられなかった。「そんな情報、どこで聞いたんだ?」
「今日仕入れたばかりの新鮮なネタなんだけどさ、陸上部の女子の間で噂になってるみたいなんだよ。『小百合は、誰かに追い詰められてたんじゃないか』ってね」
 水本小百合は、陸上部だった。そう、たった数日前までは。
「追い詰められてたって、具体的には?」
「僕も詳しいことは把握してないんだけど、どうやら日常的に脅迫電話を受けていたらしい。匿名のね」
「脅迫電話……」

 立花は肩をすくめた。「まっ、証拠はない。それに、警察は自殺だと認定してる。だとしてもこの事実を知ってしまった以上、水本さんの死をただの自殺だと判断するには、少し早計だと思わないか?」
 冷たい空気をまとう放課後の廊下に、息苦しくなるような沈黙が流れる。
「どうする、草野くん?」
「……水本はクラスメイトだった。会話を交わしたのは片手で数えるほどだけど、彼女が誰かのせいで死んだかもしれない可能性を無視しながら学校生活を送れるほど、僕は器用じゃないと思う」
「決まりだな」
 立花は口の端を持ち上げた。「僕は好奇心、君は正義感から、水本さんの死の真相を突き止めるんだ」

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