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九キロは長すぎる

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藤沢・鎌倉を舞台に繰り広げられる、青春ミステリ。 クラスメイトの死の真相を突き止めるために、2人の男子高校生が独自に調査する。
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九キロは長すぎる(終)

九キロは長すぎる(終)

 江ノ島入り口の交差点で、水本玲奈がすばな通りに入っていくのを見届けた後、僕と立花は片瀬東浜海水浴場を訪れていた。
 公衆トイレの前のコンクリートの階段に座り、穏やかな波の音を聞きながら、夕焼けに染まる相模湾を黙って見つめる。。風は無風だ。

 まもなく立花が、幾許かの沈黙を破った。「それで草野くん、話ってなんだい?」
「僕の本心、気づいてるんだろ?」
 僕が核心を突いた質問で返すと、今まで海の方

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九キロは長すぎる(20)

九キロは長すぎる(20)

「お二人には、感謝してもしきれません」
 僕と立花の向かいに座る水本玲奈が、微笑を浮かべながら言った。
「いやあ、ただ運が良かっただけだよ」
「そう、竹内の撮った写真のおかげだ。あれに全て集約される」
「だね」
 立花は笑って言う。「竹内さんには、何かちゃんとお礼しないと」

 木曜日の放課後、僕と立花は百三十四号線沿いのディグジーズで水本玲奈と会っていた。今日は部活はない。
 窓の外はまだ少し明

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九キロは長すぎる(19)

九キロは長すぎる(19)

 僕と立花が推論に推論を重ねていると、やがて信号が青に変わった。
 ポケットに両手を入れたまま、立花と肩を並べて歩き出す。

 横断歩道を渡り切ると、前方からやってくる歩行者の数が増え出した。
 しばらく、二人とも黙って足を進める。

 鉄橋の手前で角を右に曲がり、車一台分が通れるくらいの、人通りの少ない沿線を南進する。市街地を抜けると、僕たち以外に通行人の姿は見えなくなる。
 まもなく、立花が口

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九キロは長すぎる(18)

九キロは長すぎる(18)

 正門を出て、中学通り線沿いの歩道を、立花と並んで東に歩いていた。

 日が傾き、街灯はすでに点灯している。街明かりが徐々に目立ち始める時間帯だ。
 吹きつける二月の風の冷たさに、思わず身震いしそうになる。
 コートのポケットに両手を入れながら、住宅やマンションが建ち並ぶ通りを進む。

 歩きながら僕は、最初の推論を口にした。「——水本に、脅迫電話をかけていた人間の正体は、柏木先生だ」
「ああ、間

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九キロは長すぎる(17)

九キロは長すぎる(17)

 共犯者は誰なのか?
 昨日から、ずっとそのことで頭を悩ませているが、未だに答えは見つからない。

 週明けの月曜日。教室でもそうだったように、やはり新聞部部室でも例に漏れず、芹沢についての話題で持ちきりだった。
 いや、そもそもはゴシップや噂話に最も熱心に食いつきそうな部活が、僕たち新聞部ではないか。
 不名誉なことではあるが、その現実を甘んじて受け入れざるを得ないだろう。

 実際、ここの部長

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九キロは長すぎる(16)

九キロは長すぎる(16)

 休日の江ノ島電鉄は、大勢の乗客で混雑している。
 日曜日の昼過ぎ、僕と立花は水本玲奈から指定された、長谷にある喫茶店に向かっていた。

 昨日、鎌倉南署は水本玲奈が提出したボイスレコーダーの録音データを基に、芹沢透の捜査に当たったらしい。
 結果はすでに、メールで伝わっている。
 芹沢は水本との関係を認め、淫行の容疑で逮捕された。
 だが、殺人についてはシロ。芹沢には完璧なアリバイがあったようだ

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九キロは長すぎる(15)

九キロは長すぎる(15)

 水本玲奈の気分が落ち着くのを、僕と立花はカウチソファに座って待っていた。

 どちらも、言葉を発さない。家の奥から水本玲奈の啜り泣く声と、掃き出し窓の外で勢いよく振り続ける雨の音だけが聞こえている。
 僕は腕を組んで虚空を見つめていたし、立花は口元に握り拳を当てて視線を落としていた。
 今は頭の中で思考を整理して、精神を安定させる時間だった。

 十分ほど待っていると、目の周りを赤く腫らした水本

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九キロは長すぎる(14)

九キロは長すぎる(14)

 三人分の湯呑みと小皿が空になると、水本玲奈の案内で、僕たちは二階にある水本小百合の部屋へと向かった。
 水本玲奈が扉を開け、電気を点ける。

 部屋は八畳ほどの広さで、綺麗に整頓されていた。
 本棚には雑誌や少女漫画、ドレッサーには化粧品や香水の数々、ベッドの上にはディズニーのぬいぐるみがいくつか横たわっている。
 白い壁には壁掛け時計や、男性アイドルグループのポスターやカレンダーが掛かり、勉強

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九キロは長すぎる(13)

九キロは長すぎる(13)

 早朝から降り出した雨は夕方になっても止む気配を見せず、むしろ雨脚は強まるばかりだった。

 金曜日。部室の窓を打つ激しい雨の音が聞こえる中、締め切りに追われる新聞部は粛々と活動に取り組んでいた。
 僕は昨夜に書き終えたばかりの原稿を部長の竹内に提出し、二度の厳しい添削を貰った後、三度目でやっと了解を得ることができた。

 僕が改稿に苦慮する中、立花は涼しい顔でキーボードを叩き、紙面の作成に取り掛

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九キロは長すぎる(12)

九キロは長すぎる(12)

 およそ一時間後、僕たちは水本の遺体が見つかった現場、小動岬を訪れていた。

 腰越駅からほど近い、百三十四号線沿いにある小動神社の敷地内を通り、その先の小さな展望台に立花と隣り合わせに立つ。
 柵の向こう、断崖の下には相模湾が広がっているが、今は闇に埋もれている。
 崖に打ち寄せる波のとどろきはどこか威圧的で、岬の先端から浴びる風は恐ろしく冷たかった。

 ダッフルコートのポケットに両手を突っ込

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九キロは長すぎる(11)

九キロは長すぎる(11)

 翌日の木曜日、帰りのホームルームが終わると、僕と立花は教室を真っ先に後にし、藤沢駅に向かった。

 東海道線に二十分ほど乗車していると、横浜駅に到着する。
 藤沢と比較して、駅構内の人通りが圧倒的に多い。さすが横浜といったところか。
 みなとみらい線に乗り換え、三駅目の馬車道駅で降り、地下から地上に出る頃には五時を過ぎていた。
 すでに日は落ちていて、空は薄明に近い。

 高層ビルが建ち並ぶ幹線

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九キロは長すぎる(10)

九キロは長すぎる(10)

 三人とも帰る方向が一緒のため、ディグジーズを出た後、水本玲奈と共に辻堂駅で湘南新宿ラインに乗車した。
 数分後、藤沢駅で江ノ島電鉄に乗り換える。

 車内は空いてもいないが、特に混んでもいなかった。
 僕と立花を両脇にして、水本玲奈が強引にその真ん中に割り込む形で座席に座る。
 車窓の外は真っ暗で、街の明かりが次々と横に流れていく。

「わたし、お二人には本当に感謝してます。姉のこと、警察は真剣

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九キロは長すぎる(9)

九キロは長すぎる(9)

「姉は自殺なんかじゃありません。絶対に」
 駅前のファミレス——ディグジーズのボックス席で僕たちと対座すると、水本玲奈は開口一番、力強い声でそう言った。

 おさげを三つ編みにしており、顔立ちは高校一年生よりもずっと幼く感じる。
 姉に似ているかどうかというと、わからない。似ているような気もするし、似ていないような気もする。

 しかし体格が華奢で、背が低いのは、姉の水本小百合と共通していた。
 

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九キロは長すぎる(8)

九キロは長すぎる(8)

 店長の厚意で、僕たちは閉店後ののっぽのサリーに居座ることを許可してもらっていた。

 ほどなくして、閉店作業を終えた下村さんは宣言通り、僕たちのテーブルにやってきた。スタジャンにデニムのパンツというボーイッシュな私服に着替えている。

「そっち狭いから、こっちに座ろうよ」
 下村さんに促され、僕と立花は中央に位置する四人掛けのテーブルに近づく。木製の丸いテーブルを、三人で囲むように座る。
 下村

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