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九キロは長すぎる(17)

 共犯者は誰なのか?
 昨日から、ずっとそのことで頭を悩ませているが、未だに答えは見つからない。

 週明けの月曜日。教室でもそうだったように、やはり新聞部部室でも例に漏れず、芹沢についての話題で持ちきりだった。
 いや、そもそもはゴシップや噂話に最も熱心に食いつきそうな部活が、僕たち新聞部ではないか。
 不名誉なことではあるが、その現実を甘んじて受け入れざるを得ないだろう。

 実際、ここの部長と副部長はその手の話を人一倍、好む傾向にある。
 だから、そのような新聞部の不埒ふらちな性質を理解しているつもりでも、放課後になっても同じ話題が引きずられるのは、さすがにうんざりした。

 芹沢が淫行で逮捕された、芹沢と水本は関係があった、芹沢は水本を妊娠させた、芹沢が水本を自殺に追い込んだ——一体今日、何回そういったフレーズを学校で耳にしたことだろうか。

 午後四時過ぎ、新聞部は製本作業に取り組んでいた。
 印刷したばかりの『月刊藤湘タイムズ』を、部員たちが分担して、配布分を手作業でまとめていく。

 竹内と島田と小林の女子三人は手を休めることはなかったが、決して口を閉ざすこともなかった。
 当然、彼女たちの井戸端会議の議題となっているのは、芹沢と水本の件についてだ。

 三人とも一様に根拠のない憶測をめぐらしては、芹沢だけでなく、水本のことも痛烈に批判していた。
 傍で聞いていてあまり気分のいい内容ではなかったし、立花が僅かに気難しい顔をしているのも、彼の手先が不器用だからという理由だけではないのだろう。

 窓の向こうで風が吹きすさぶ中、「そう言えば、思い出した」と竹内がつぶやいた。
 島田が、「何を思い出したんですか?」と訊く。
「芹沢のことよ」
 竹内が間髪を入れることなく答える。「前に休みの日に、友達と横浜に遊び行った時さ、見ちゃったんだよね」
 小林がもどかしそうに尋ねる。「見たって、何をですか」
「芹沢と柏木先生が、一緒にいるとこ」
 柏木先生。
 その名前を聞いて、体に電流が走ったような衝撃を受けた。見ると、立花も唖然とした顔をしている。

「横浜駅で、腕組んで歩いてたんだよね。楽しそうに」
 悪戯げに言って、竹内が携帯を手に取る。「それで、つい出来心でこっそり撮影しちゃった。ほら、これがその写真」
 僕と立花は、竹内が二人の後輩に携帯の画面を見せる様子を、愕然として眺めていた。

「だから、もしかしたら芹沢ってさ、二股かけてたんじゃないかって思って。水本さんと、柏木先生とで」
 小林が口元を手で隠し、反応する。「ええ、学校内でですか? やばいですね。それ」
「竹内さん」
 突然、立花が勢いに任せて椅子から立ち上がり、ギョロ目を見開いて竹内を見つめる。
 部室にいる全員の目が、立花に向いた。

「な、何よ? そりゃ、盗撮なんて悪いことだとは思うけど……別に、拡散するわけじゃないし、ほら、新聞部員としての血が騒いだって言うかさ……」
 竹内が慌てたように弁明する。
「そんなことはどうでもいいよ。竹内さん、その写真、見せてくれ」
 立花は竹内の傍に近寄りながら、興奮気味に言った。
「あ、うん。いいけど……」
 竹内は戸惑いつつも、携帯を差し出す。
「草野くんも、ほら」
 僕も椅子から立って、問題の写真を見せてもらう。

 画面には、芹沢と僕たちの担任—柏木先生が体を密着させながら、駅構内を仲良さげに歩いている姿が映っていた。
 柏木先生が芹沢の腕に自身の腕を絡ませて、かなり親密そうな様子だ。
「これ、いつ撮ったの?」
 立花が訊くと、
 竹内は画面をタップし、「一月の頭ね」と気怠そうに答えた。

「一月の頭……約一ヶ月前か」
 竹内が僕たちを怪訝そうに見上げて、「何? そんなことが気になるの?」と訊く。
「竹内さん、これは事態を大きく揺るがすような、決定的な証拠だよ」
「はあ?」
「この写真、今すぐ僕の携帯に送ってもらってもいいかな?」
 立花の普段は見せないあまりにも真剣な態度に、竹内は少し呆気に取られたようだが、素直に了承した。
「うん……わかった」

 言われた通り、竹内が携帯を操作して、写真を送信したようだ。
「ありがとう」
 立花が礼を言うと、
 竹内が胡散臭そうな顔を僕たちに向ける。後輩たちも、どこか疑わししそうに見つめてくる。
「何? どうしちゃったのよ?」
 そう言って、竹内は急に渋面を作る。「まさか、マスコミに売る気じゃないでしょうね。地元のテレビ局とかが欲しがりそうなネタではあるけど」
 立花は苦笑いを浮かべ、軽く片手を振った。「そんなことはしないよ」
「嘘。絶対するでしょ」

 僕は会話には加わらず、机の上を片付けて、帰る支度を始めた。
 頭の中で展開したばかりの推論を確実なものにするためには、どうしても部室の外、いや学校の外で立花と協議し合う必要があった。僕はコートを羽織る。

「ちょっと草野、あんた何やってんの?」
「ごめん。また早退することになった」
 竹内が信じられないというように、切れ長の目を吊り上げる。「あんた、それ本気で言ってる?」
「竹内さん、本当に申し訳ない。この埋め合わせは、後で必ず何らかの形でさせてもらうから。そうだ、今度、銘菓でも買ってくるよ」
 立花は本当に申し訳なそうに言いながら、カバンを肩にかける。「島田さんと小林さんもごめんね。迷惑かけちゃって」
「そう思うんならねえ……サボろうとせずに製本作業、ちゃんとやりさない!」
 竹内が厳しい口調で叱咤する。

 僕は引き戸を開けながら、「ごめん」ともう一度言って、部室から出ていった。
 竹内は怒ったような、呆れたような、そのどちらともつかない微妙な表情をしていた。

 運動部の活気のある声が届き、西陽が射し込む放課後の廊下を、立花と連れ立って歩く。
「立花、僕はとんでもない答えにたどり着いたよ」
「奇遇だな、草野くん。僕もだよ」

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