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#02 山梨編① 地域の未来をつくる“発酵×デザイン”のムーブメント

風土の異なる3つの都市を訪れ、フィールドリサーチを通して街づくりの未来を探るプロジェクト。
山梨県といえば、世界遺産に登録された富士山に、ブドウやモモ、甲州ワインなど、観光と大自然の恵みで知られる内陸県。その各地でいま、“発酵×デザイン”をキーワードに若者たちがつながり、新たなムーブメントを巻き起こしているというのです。
果たして、山梨で何が起きているのか? 県のあらましと現在の課題をひもとき、“個性豊かな地域づくり・街づくり”のヒントを探すべく、現地を訪れました。
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① 地域の未来をつくる“発酵×デザイン”のムーブメント
…山梨県の自然と文化、いま直面している問題から、“発酵”目線で捉えた新たな兆しまで。山梨の個性をひもときます。

② 発酵から生まれる、真似のできないローカリティ
…発酵デザイナーの小倉ヒラクさんが語る、山梨固有の発酵文化とその秘めたる可能性。(インタビュー前編)

③ 甲州ワイン、発酵兄弟……“面白さ”でつながる若者たち
…山梨の知られざるワイン文化。小倉ヒラクさんが語る、その新たな盛り上がりと、地域に化学反応を起こす秘訣とは。(インタビュー後編)

④ 地元目線のローカルメディアが切り拓いたもの
…山梨発のフリーマガジン『BEEK』編集長の土屋誠さん。ローカルメディアが人々に与えた意識の変化についてインタビュー。

⑤ 県を超えて地元同士を結ぶ、最前線のコミュニティ
…山梨の未来を担うキーパーソンたちの声を紹介。加えて、リサーチメンバーの視点から、“個性豊かな地域づくり・街づくり”の展望を考えます。

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富士山を望む、大自然とフルーツの恵み豊かな内陸県

南に富士山、西に3千メートル級の山々が連なる南アルプスなど、四方を山に囲まれた内陸県である山梨県。日本の地方区分においては北側の八ヶ岳を境に接した長野県とともに、旧国名の「甲斐国」(甲州)に由来する「甲信地方」として中部地方の一部に位置付けられますが、経済・文化的には東に県境を接した東京都との結び付きが強く、広域関東圏にも含まれる土地柄。面積の実に8割を山地が占めており、その狭間で「ト」の字を描くように交通網と市街地が集約されています。
東京から西へと伸びるJR中央本線や中央自動車道は、甲府を過ぎると北へと方向を変えて長野県方面へ。南へは富士山と南アルプスの山間地をJR身延線が走り、静岡県に至ります。山々に囲まれたこの地形が、夏は暑くて冬は寒く、長い日照時間と少ない降水量をあわせ持つ甲府盆地特有の気候を生み出し、ブドウ、モモなどの果樹産業をはじめ、独自の生活文化を育んできたのです。

一方で山梨のイメージといえば、何といっても日本の象徴たる霊峰・富士山。そして、ブドウ、モモ、スモモの生産量で全国1位を誇る“フルーツ王国”。特にブドウは江戸時代から名産品として知られ、かの松尾芭蕉も「勝沼や 馬子も葡萄を 食ひながら」の句を残しています。明治初期からは県の殖産興業政策によってワインの生産がスタートし、日本を代表する産地へと発展。固有品種の「甲州」を使ったワインが国際的なワインコンクールで金賞を受賞するなど、世界的にも評価が高まりつつあります。
また県内には、甲府を拠点に甲斐から信濃へ勢力を広げた戦国武将・武田信玄が湯治に通ったと伝わる温泉が数多く湧出。さらに戦後のレジャーブーム期には、山中湖や河口湖などの富士五湖や清里が観光地として発展し、首都圏から自動車で日帰りが可能な旅行先として人気を集めました。
近年では、超伝導リニアモーターカーの技術開発や走行試験を行う「リニア実験線」が設置され、2027年予定のリニア中央新幹線開業に向けて体験乗車を実施。甲府駅から南に約9キロメートル離れた甲府市大津町に山梨県駅(仮称)の設置が決定するなど、新たな面でも注目を浴びています。

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訪問時期は晩秋。昔ながらの塩山地区の風習で、「ころ柿」と呼ばれる干し柿作りのために軒先に柿を吊るした民家の様子と、収穫を終えて葉が落ちる前のブドウ畑の眺め。

“発酵×デザイン”の視点から、地域問題を考える

こうした一方で山梨県が直面しているのが、少子高齢化と地域社会の問題です。国立社会保障・人口問題研究所による「日本の世帯数の将来統計」(2019年4月)の推計によれば、世帯主が65歳以上の高齢世帯の割合が全国平均より高い水準で増え続け、40年には51.9パーセントと、秋田県、青森県に次ぐ割合に。また、2015年の国勢調査によれば、県民人口は約83万5千人と、47都道府県で41位。これは東日本では最下位にあたり、さらに減少を続けています。
また、同調査による甲府市の人口は約19万3千人で、高い人口減少率の影響により、全国の県庁所在地で最下位へと転落。甲府中心街はかねてより商店街の衰退による空洞化が問題となっており、甲府市は商業施設や工場の閉鎖、地価の下落、人口減少などに伴う税収悪化に陥っています。

その中で、あえて東京から県東部・甲州市の小さな集落へ移住し、“発酵文化”というユニークな視点で地域に根差した活動を行っているのが、発酵デザイナーの小倉ヒラクさんです。彼は自ら設立した発酵ラボで微生物の研究に携わる傍ら、甲府で代々続く味噌蔵「五味醤油」の6代目・五味仁さん、洋子さん兄妹や、東京からUターン後に「やまなしの人や暮らしを伝える」フリーマガジン『BEEK』を創刊した土屋誠さんなど、県内各地の仲間とともに連携。デザインの視点を活かして独自の提言を行いながら、「若いクリエイターを中心に、山梨でこれまでになく新しいムーブメントが起きている」と語ります。
いま、山梨で何が起きているのか。小倉さんの案内の下に、これからの街づくり・地域づくりのヒントを探るべく現地を訪れ、フィールドリサーチを行いました。

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案内役に発酵デザイナーの小倉ヒラクさんを迎えた今回のリサーチ。上から、小倉さんのセルフビルドによる発酵ラボ、五味醤油の蔵に並べられた味噌樽、山梨発のフリーマガジン『BEEK』。
<名称>    山梨県
<県庁所在地> 甲府市
<人口>※1      約82万7千人(住民基本台帳人口/2019年12月31日)
<鉄道>    JR中央本線、小海線、身延線、富士急行大月線、河口湖線ほか
<産業>    観光業(富士山〜富士五湖、八ヶ岳など)、農業(果樹/ブドウ、モモ、スモモの生産量で全国1位)※1、ワイン産業(ワイナリー数および日本ワイン※2 の生産量で全国1位)、製造業(ジュエリー、精密機械など)
<特徴>    本州内陸部、甲府盆地と周辺の山地から構成される。モモやブドウなどの観光農園のほか、盆地周縁の山麓部には約80軒ものワイナリーが点在することから、19年8月には「ワイン県」を宣言。また、急峻な地形から湧出するミネラルウォーターの生産量でも日本の総生産量の約40%を占めている。

(※1)出典:山梨県公式サイト(2020年1月末時点)
(※2)日本ワイン…国産ブドウのみを原料として国内で製造されたワインのこと。2018年に適用された「果実酒等の製品品質表示基準を定める件(国税庁告示第十八号)」による。

注目ポイント:人口減少の最前線で起きている新たな兆し

47都道府県の中でも深刻な人口減少が続いている山梨県。
リニア開通という、県の経済や生活に大きな影響を及ぼす変化を控えながら、地域の活性化につながる独自のイベントや、Uターン、Iターンを経験したクリエイターたちによるユニークな活動で注目を集めている。
日本の社会問題のいわば最先端を行く山梨において、いま、どのようなムーブメントが起こっているのだろうか。また、県内各地で活動を行うキーパーソンたちは、街の変化にどのような影響を与えているのだろうか。
小倉ヒラクさんをはじめ、多方面で活躍するキーパーソンたちに”いまの山梨の姿”をヒアリングすることで、社会問題に直面している地方の街づくりについて考え、今後につながるヒントを探っていきたい。

→ 次回  山梨編
②発酵から生まれる、真似のできないローカリティ


リサーチメンバー (取材日:2019年11月24日)
主催
井上学、林正樹、吉川圭司、堀口裕
(NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室)
https://www.nttud.co.jp/
企画&ディレクション
渡邉康太郎、西條剛史(Takram)
ポストプロダクション & グラフィックデザイン
江夏輝重(Takram)
編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)
イラスト
ヤギワタル


このプロジェクトについて

「新たな価値を生み出す街づくり」のために、いまできることは、なんだろう。
私たちNTT都市開発は、この問いに真摯に向き合うべく、「デザイン」を軸に社会の変化を先読みし、未来を切り拓く試みに取り組んでいます。

2019年度は、前年度から続く「Field Research(フィールドリサーチ)」の精度をさらに高めつつ、国内の事例にフォーカス。
訪問先は、昔ながらの観光地から次なる飛躍へと向かう広島県の尾道、地域課題を前に新たなムーブメントを育む山梨県、そして、成熟を遂げた商業エリアとして未来像が問われる東京都の原宿です。

その場所ごとの環境や文化、人々の気質、地域への愛着やアイデンティティに至るまで。特性や立地条件の異なる3つの都市を訪れ、さまざまな角度から街の魅力を掘り下げる試みを通して、「個性豊かな地域社会と街づくりの関係」のヒントを探っていきます。

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