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#02 山梨編⑤ 県を超えて地元同士を結ぶ、最前線のコミュニティ

風土の異なる3つの都市を訪れ、フィールドリサーチを通して街づくりの未来を探るプロジェクト。
山梨県といえば、世界遺産に登録された富士山に、ブドウやモモ、甲州ワインなど、観光と大自然の恵みで知られる内陸県。各地域で活動する若者たちがつながり、いま新たなムーブメントを巻き起こしているというのです。
発酵デザイナーの小倉ヒラクさん、ローカルメディア『BEEK』編集長の土屋誠さんをはじめ、地域を超えてつながり合うキーパーソンたち。醸造家やワインイベントの仕掛け人、空き家対策に奔走する建築家らの声とともに、リサーチメンバーの視点から、過疎地域における“個性豊かな街づくり”の展望を考えていきます。
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山梨県の機織り産地・富士吉田市の交流イベント「ハタオリマチフェスティバル」の開催風景(2018年)。

地域を超えてつながるキーパーソンたちの声

発酵デザイナーの小倉ヒラクさんを案内役に、山梨の新たなムーブメントの担い手を訪ねるフィールドリサーチ。小倉さんと『BEEK』編集長の土屋誠さんのインタビューから浮かび上がってきたのは、県内各地を結ぶクリエイターたちのネットワークでした。そして、その原動力となっていたのは、地域のキーパーソンたちによる「山梨をもっと面白くしたい」という想いだったのです。
それぞれに異なる地元や職業を背景としながら、ゆるやかなネットワークでつながり合う人々の声をここに紹介します。

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若尾亮さん(マルサン葡萄酒/若尾果樹園 代表)
若尾家のブドウ栽培は江戸時代からと伝わっていますが、ワインづくりは僕で3代目。品種としては、白ワインなら甲州やシャルドネ、赤ワインならマスカットベーリーAやメルロー、アジロンなど。特に甲州ワインは果汁を絞る際にしっかりプレスすることで、近頃主流のクリアな風味ではなく、昔ながらの味わい深い風味を引き出しています。近頃は県外に向けて高価なワインづくりに取り組む動きが盛んですが、僕がやりたいのは自分一人でできる範囲で、地域の人たちに日常的に飲んでもらえるワインをつくること。
例えば、この地域にはかつて、近隣のブドウ農家が共同で醸造所を設立し、それぞれにブドウを持ち寄ってワイン造りを行う「ブロックワイナリー」という仕組みがありました。そのなごりで、いまでも農家からブドウを預かり、毎年ワインにしてお返ししています。僕にとってワインづくりは、地域の人々とつながる文化であり、その価値観を受け継ぐ活動でもあります。これからもこの場所に根差しながら、地元の人々に愛されるワインをつくっていきたいと思っています。

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鯉淵崇臣さん(建築家/PRIME KOFU 代表/ゆたかな不動産メンバー)
海外や東京での仕事を経て、地元に根差した活動をしたいと考え、2014年に甲府へ戻ってきました。帰ってきて何とかしたいと思ったのは、閑散とした甲府の街の姿です。山梨県は空き家率が全国でワースト1位、甲府市に関しては県庁所在地として人口が最も少ない地域でもあります。
それにもかかわらず、まちづくりの考え方は戦後〜バブル期における拡張路線的な発想から抜け出せていない状態。これではいけないと、不動産屋や工務店などと連携して空き家の相談からリノベーションまでを手がける「ゆたかな不動産」事業を立ち上げ、これまでに集合住宅や飲食店などを手がけてきました。

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鯉淵崇臣さんが設計し、2016年にオープンした五味醤油のワークショップスペース「KANENTE」。山型のシルエットは五味醤油の屋号「やまご(山+五)」から、命名は地域名の「金手(かねんて)」に由来したもの。

こうした活動のきっかけとしては「げんき祭り@山梨県富士吉田」で五味醤油の五味仁さん・洋子さん兄妹や『BEEK』の土屋誠さんと知り合い、「地方でもできることはいっぱいある」と考えたことが大きかったですね。山梨各地で、地元のために活動しているクリエイターたちが新たなネットワークでつながりつつある。そして、この動きを県外や東京へと発信する小倉ヒラクさんのような人が、新たな人を呼び込んでくる。地域の担い手という意味でも、世代交代が進んでいると感じます。
甲府中心街に関しては、市や地銀と連携して行われている「まちなか空き物件見学会」の取り組みなどもあり、駅近の空き店舗はどんどん埋まってきています。でも、やるべきことは尽きません。課題を街単位で考え、街全体をリノベーションしていく発想が必要だと思います。

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大木貴之さん(「Four Hearts Cafe」オーナー/「ワインツーリズムやまなし」プロデューサー/LOCAL STANDARD 代表)
僕が東京から甲府へ戻って「Four Hearts Cafe」を始めたのは2000年。最初はフランスやイタリアのワインを提供していたのですが、思い切って山梨県産ワインだけを扱い始めたところ、ワイン好きたちのお客さんがどんどん逃げていった。当時はまだ、山梨のワインといえば甘口の“お土産ワイン”といったイメージ。志のある造り手がいても、甲府にはそれを評価できる人さえいないような状況だったんです。
それで「ここを山梨ワインの飲める街にしたい」と、ワイナリーを巡るイベント「ワインツーリズムやまなし」を08年に仲間たちとともに立ち上げました。産地に人の流れを作り出すことで農家や地域の人たちにお金が落ちる仕組みにつなげ、「山梨にワイナリーがあってよかった」と思えるようにする作戦です。現に勝沼では人口が10年で千人も減っているのに、飲食店は10軒以上増えました。この状況こそ、僕らの努力の成果と言って欲しい!(笑)。
この「ワインツーリズムやまなし」をはじめ、僕がやりたいのは地域の人口が減っていく中で、毛細血管みたいに地域へお金が行き渡る仕組みと、動脈のような人の流れを新しく創ること。うちのお店やワイナリーを訪問した人が山梨のワインを「面白い」と思ってくれたなら、その気持ちには「美味しい」「もっと知りたい」など、全部の要素が詰まっていると思います。それが人を動かして、地域や街を変える原動力になる。県庁に近いこの通りも、当初は砂漠のような状態でしたが、この数年で若い人の店がどんどん増えて、ようやく“山梨ワインが飲める街”になってきた。儲け度外視の活動ばかりやってきた感覚ですが、次の世代へのギフトになればと思って取り組んでいます。

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大木貴之さんがオーナーを務める「Four Hearts Cafe」の外観と、マルサン葡萄酒/若尾観光農園のブドウ畑。

フィールドリサーチを振り返って:

パーソナルな熱意の連鎖がもたらす街の変化

山梨でいま起きている状況を見つめる中で浮かび上がってきたこと。それは、尾道のように一つの企業が中心となってもたらされた変化や、行政がマスタープランに基づいて行う変革ではなく、さまざまなキーパーソンの熱意や想いがつながり、自分たちの力で街を少しずつ変えていこうと取り組んでいる状況だった。
こうしたキーパーソンの共通意識として特徴的だったのが、“自分の身の周りの地域を面白くしたい”という意志である。彼らは行政をはじめとする“他の誰か”が環境を変えてくれるのを待つのではなく、自身のスキルやコネクションを活用し、自ら変化を起こそうとしていた。また、県全体の急速な過疎化や、“若者に任せる”という特有の気質を背景に、一人が複数の役割を担いながら活動を行っていたことも印象的であった。
味噌蔵やワイナリーなど、地域に根差した産業に携わる人々にも、「自分の身の周りをいかに面白くできるか」という意識が強く見られた。そのような意識で異なる立場の人々と連携し、新たな変化を起こそうと取り組む地場の企業の存在が、山梨という地域の変化において重要な存在になっているといえる。

また、発酵デザイナーの小倉ヒラク氏は山梨の風土に魅了されて移住した後、自身の稀有なスキルを活かして県外の人を積極的に呼び込んでいた。そうすることで、外部からの評価を得られる機会を地域へもたらすとともに、地域の人々が外からの刺激を受けることができるようになる。まさにキーパーソンとして、地域と地域外をつなぐ重要な役割を担っているといえるだろう。
“自分の身の周りを面白くしたい”という個人のモチベーションを、いかにして街や地域のポジティブな変化につなげていくことができるか。そこに、これからの街づくりのヒントがあるのではないだろうか。

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上から、発酵デザイナーの小倉ヒラクさん、『BEEK』編集長の土屋誠さん、YBSラジオ『発酵兄妹のCOZY TALK』の収録風景(左より、小倉さん、リサーチメンバーの堀口裕、五味醤油の五味洋子さん)。

焦点を絞ることで浮かび上がる街の個性

その小倉氏が示唆していたのが、独自の気候や風土から醸成されたワイン文化や発酵文化にフォーカスを絞ることで、より強力な個性を生み出している状況である。
例えば、ワイン産地がイメージを打ち出す手段として通常考えられるのは、そのワインを“名産品”としてアピールすることだろう。しかし「ワインツーリズムやまなし」の取り組みは、“地域とつながりながら、いかに文化を体験させるか”という点に注力し、産品に限らず体験としての価値を生み出すことに成功していた。
また、グローバル化が急速に進む社会と世界の情勢においてローカルなものの価値が注目されつつあることが追い風となり、土地の風土と密接に関係するワインや発酵食品は、より強力なコンテンツになりつつある。加えて、その特性をさまざまなサービスや体験へと展開できるという拡張性を有していることもまた、大きなポイントだといえるだろう。

こうした“美味しい”という価値を有するもの自体にとどまらず、これまでの歴史・風土との関係や、生産を支えてきた地域の生活文化や技術など、ものの背後にある文脈をいかに楽しい体験として伝えていくかが、重要な意味を持つのではないだろうか。また、その文脈において新たな体験価値をもたらす地域文化とは何かを見極めることも、地方の街づくりにおける重要な視座になるかもしれない。

地方と都心の距離感

山梨にUターンで戻った人の中には、山梨に居住しながら東京の仕事を請け負う人が多く見られた。彼らは東京を距離的に近い場所と捉えており、子育てや独自の活動の場としての山梨と、ビジネスの場としての東京を巧みに利用し分けることで、独自のライフスタイルを形成していた。
また、リサーチでは、山梨県内における細かなエリアの分界点や、エリアごとの個性が見えてきた。さらにインタビューを通して、山梨各地のキーパーソンと県外の地方都市のキーパーソンがコミュニティを形成していることが浮かび上がり、地方同士が東京を介さず、物理的な距離とは異なる距離感でつながっている様子もうかがい見ることができた。

都心と地方との距離感、地方同士の距離感、地域や街の中に存在するミクロなエリア同士の距離感やその個性は、自らが中心を置く場所によって変わってくる。よって、ある地域や街について考える際には、こうしたローカル特有の感覚を適切に捉える必要がある。そのように地域へ深く入り込んで考えるマインドセットこそ、机上の調査では見えてこない“街の強い個性”を浮かび上がらせるために必要な意識であり、これからの地方の街づくりにおける重要な視点になるのではないだろうか。

場を作らない街づくり

発酵ラボの裏手、小倉ヒラクさんが制作したブランコで遊ぶ近所の子どもたち。

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小倉ヒラク氏をはじめ、今回リサーチを行った山梨の人々の生活から見えてきたのは、土着信仰の伝承や集落内で相互扶助を行うなど、地域のコミュニティを大切にしている様子だった。彼らは人口が減っていく状況下で、目新しい商業施設よりも、そのコミュニティを維持する仕組みを望んでいるようにも見受けられた。一方で、地元への愛着とともに身の周りの環境を面白くしたいと考えているキーパーソンたちが、お互いの距離を超えて互いにつながり合いながら、自分たちの力で地域や街を変えていこうとする姿に、新たな未来への兆しが感じられた。

このように人口減少が深刻な地域において、街づくりはどう振る舞うべきだろうか。危機意識を持つ地場の企業や、地域に愛着があり、街の変化に加わりたいと思っている人、コミュニティ維持の問題を抱える地元の人々。それらの人々をつなげ、“街の体温”を徐々に上げていくようなコミュニティのプラットフォームをつくり出す必要があるかもしれない。その街に本当につくるべきものとは、こうした人と人とのつながりの中から見えてくるのではないだろうか。
場をつくるのではなく、人々をつなげて場の機運を高めること。そこに、これからの街づくりの未来があるのかもしれない。

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山梨における、キーパーソンたちのネットワークの図。県内各地に点在する人々が地域を変えようという想いで互いにつながり、地区や県などの行政区分を超えて、未来へ向けた変化のうねりを生み出していく。

キーワード

・パーソナルな熱意の連鎖がもたらす街の変化
・焦点を絞ることで浮かび上がる街の個性
・地方と都心の距離感
・場を作らない街づくり


リサーチメンバー (取材日:2019年11月24日)
主催
井上学、林正樹、吉川圭司、堀口裕
(NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室)
https://www.nttud.co.jp/
企画&ディレクション
渡邉康太郎、西條剛史(Takram)
ポストプロダクション & グラフィックデザイン
江夏輝重(Takram)
編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)
イラスト
ヤギワタル


このプロジェクトについて

「新たな価値を生み出す街づくり」のために、いまできることは、なんだろう。
私たちNTT都市開発は、この問いに真摯に向き合うべく、「デザイン」を軸に社会の変化を先読みし、未来を切り拓く試みに取り組んでいます。

2019年度は、前年度から続く「Field Research(フィールドリサーチ)」の精度をさらに高めつつ、国内の事例にフォーカス。
訪問先は、昔ながらの観光地から次なる飛躍へと向かう広島県の尾道、地域課題を前に新たなムーブメントを育む山梨県、そして、成熟を遂げた商業エリアとして未来像が問われる東京都の原宿です。

その場所ごとの環境や文化、人々の気質、地域への愛着やアイデンティティに至るまで。特性や立地条件の異なる3つの都市を訪れ、さまざまな角度から街の魅力を掘り下げる試みを通して、「個性豊かな地域社会と街づくりの関係」のヒントを探っていきます。

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