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#1 「YESと言うだけ」と彼女は笑った│人生を変えた出会い

「5年半ぶりですかね。」と僕が言うと、
「さっき会っても5年前に会っても、話すことは変わらないですよ。」と彼女は言った。


現在、複数の会社の人事を担当している彼女とは、5年ほど前、起業に向けて事業計画に追われながら保険の営業マンをしていた頃に出会った。

ある外資系企業の総務部だった彼女は、こちらの営業電話にドライな態度な反面、
「その保障は弊社に必要なので、社長同席でお話を聞かせてください。」
と前向きな提案をしてくれた。

願ってもいないチャンスをもらったものの、アポ当日は結局成約には至らず。

申し訳ない気持ちで帰ろうとしていると、
「アーティストをされているんですね。」
とその女性が呼び止めてきた。

「なぜ自己紹介でそう言わなかったのですか?」

突然の問いに戸惑った。

社長は退席しており、2人で再度テーブルを挟んで座り直す。

「あなたがあなた自身のことをもっと明かしてくれたら、もっといいお話が出来たかもしれません。」

どうやらその会社は、新たに海外の音楽会社と放送局に出資して、新しい事業を展開しようとしているとのこと。

僕がアーティストだということは、彼女が商談前に調べていたらしく、社長も会うのを楽しみにしてくれていたらしい。

「保険にはもちろん興味がありますが、あなたが自分のことを偽っているように見えてしまいました。保険の仕事もアーティストも、誇りを持っているのなら、ありのままのあなたの情熱で話してください。」

僕はこの頃、すでに"アーティストの社会的地位が低い"という課題解決に取り組むことは決めていたものの、どこかで"音楽だけで食えないアーティストである自分"を卑下している部分があった。

当時の日本は、まだパラレルワークや副業への見方は厳しく、腰掛け、ジョブホッパーと見られることもあった。

「そんなことを言ってもらえたのは初めてで…困惑と…正直ちょっと感動しています。
身内にアーティストさんがいらっしゃったりするんですか?」

僕がこう質問すると、彼女も自分の経歴を話してくれた。


彼女は10代の頃から海外生活が長く、フリーのライター、カメラマン、モデル、エージェントなど、様々な仕事をしてきたらしい。

しかも、どれも大手企業での勤務経験も、コネがあったわけでもない。

どうやって仕事を獲得していたのか尋ねると、笑ってこう答えた。

「そんなの簡単です。
バーでもパーティでもいいから、とにかく出かけて、人と会うんです。」

「世の中の人は大抵ビジネスをしているでしょう?
それで私と話してくれるということは、私に何かしらの興味を持ってくれているということ。
だから会話の中で自分のことを話す時は、どんなビジョンやポリシーで生きていて、何ができるかを情熱的に話すわ。」

「あとは相手の相談を聞いて、できるかを聞かれたらYESって言うだけ(笑)。経験がなくてもね。」

「だって、仕事は溢れてる。
それを掴もうとしない人より、掴もうとする人が選ばれるに決まっていますよ。」

経験がなくても、とりあえず仕事の可能性があるなら受けてしまうのだと言う。

これには驚きと感動があった。
実は僕もフリーの間はそういうことをよくやっていたからだ。

ただ僕に足りなかったのは、そういう自分に自信を持つこと。
騙すことになっているかもしれないとか、期待に応えられなかったらどうしようとか、どこか後ろ暗い気持ちもあったのだ。

「そんなこと気にする必要ないですよ。
だってそれはあなたを選んだ人の責任であって、あなたはベストを尽くせばいいんです。」

「自分の人生で経験したことを総動員しないともったいないと思いませんか?
失礼ですが、保険を売る人は誰でもいいじゃないですか。
でも、資格があればあなたはどこで何をしていても保険を売れる。
保険を売る人と、保険"も"売れる人とでは、価値が全く違う。」

「私は契約が始まるまで1〜2週間はもうけてもらっていました。
その間に必死に専門知識を勉強するんです。
ブートキャンプの勢いで。
必死にやるんだから、何だって身につきますよ。
バスケットの合宿でそれだけ練習しても上達しなかったら辞めるでしょ(笑)。
あとはお互い様です。」

怒涛の金言ラッシュだった。

彼女は、アーティストが社会人として生きるにあたっての息苦しさを知っていたからこそ、話してくれたのだ。


それから間も無く僕はNPO法人を立ち上げた。

何をするか、誰とやるかも大事だが、それよりもまず自分がどう在りたいか。
そして自分を誇れる生き方をしていたい。

それができているか、常に自問自答しながら生きるようになった。

彼女とはその商談以来、接点を持っていなかった。

それが、とあるコワーキングスペースでの打ち合わせの帰り際、ばったりと出くわした。

「すみません!〇〇さんですよね?
僕のことを覚えていますか?」

あちらが僕のことを覚えているか不安に思いながら声をかけると、彼女はこう言って笑った。

「アーティストの方ですよね。
もちろんYESですよ。」

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