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「机上の空論ではダメ」 避難生活のにおい問題に挑む製品づくりで、学生たちが気づいたこと

【学生インタビュー/後編】 プロジェクトに参加して気づいた、現場の声からしか生まれないデザイン

いよいよ最終フェーズに入った、「避難所の衛生ストレス解決」プロジェクト。

このプロジェクトでは、自然災害に見舞われた被災地において、命を奪いはしないものの実は深刻な「におい」の問題に焦点をあて、避難生活のストレスを少しでも軽減できるようなプロダクトの開発に取り組んできました。

これまで、noteの中でその過程をお見せしてきましたが、今回はプロジェクトに携わった京都工芸繊維大学の学生の声を、前編・後編の2回に分けてお届けしています。

後編にあたる本稿では、「組立消臭クローゼット」のプロトタイプ制作に携わった2名の学生にインタビューを実施。どのような思いや考えを持ちながらプロトタイプの制作に挑んだのか、詳しく話を聞きました。




■プロフィール

橘鴻太朗さん:京都工芸繊維大学 工芸科学部 造形科学域 デザイン・建築学課程 4年/2023年初夏よりプロジェクトに参加

和田尚之さん:同大学 工芸科学部 造形科学域 デザイン・建築学課程 4年/ 2023年初夏よりプロジェクトに参加

橘鴻太朗さん(写真左)と和田尚之さん(同右)
二人が担当し制作した「組立消臭クローゼット」


プロジェクトに参加して大きく変化した避難生活のイメージ


——お二人はなぜ、「避難所の衛生ストレス解決」プロジェクトに参加したのですか?

橘:このプロジェクトに参加した理由は2点あります。1点目は、現場でフィールドワークを行いながらプロダクトを作っていける、その過程に強い関心を持ったからです。2点目は、メディアでも取り上げられるようになった「避難所の衛生問題」に対して、パナソニックの「ナノイーX(消臭効果も期待できるイオンのこと)」という技術を用いてアプローチできることに魅力を感じたからです。現場に根ざしたものづくりを経験できることが大きなポイントとなって、プロジェクトへの参加を決意しました。

和田:大きなきっかけは、櫛先生からメッセージをいただいたことでした。私と橘さんでプロジェクトのコアメンバーになってほしいとオファーがあったんです。私自身、3年後期に簡易仮設住宅をつくるプロジェクトに参加していたため、避難生活について関心が高まっていました。さらに、実家が神戸にあり、祖父母や両親から阪神淡路大震災の被災経験をよく話に聞いていました。そうした経緯も相まって、二つ返事でプロジェクトに参加することを決めました。

——プロジェクトに参加して、避難所や避難生活に対するイメージは変わりましたか?

和田:僕の場合は親族から震災の経験を聞いてはいましたが、実際に自分が経験したわけではありませんから、避難生活の本当のところはよく分かっていないままでした。だから、避難所に「衛生ストレス」という問題があるということは、このプロジェクトに参加して初めて知りました。

橘:僕も、もともと持っていた考え方から大きく変わりましたね。プロジェクトに参加する前は、避難所に来て1週間もすれば現地での生活に慣れるのではないか、あるいは1週間程度で自宅に帰れるのではないかと甘く考えていたのですが、実際はそんなことはないのだと分かりました。被災経験者の声を聞いたり、避難所の運営を体験するプログラムに参加したりする中で、想像していた以上に大変な状況があるのだと実感しました。

福岡県八女郡広川町で2ヶ月前に起きた豪雨災害の様子をお伺い(2023年9月)


試行錯誤の末に生まれた「組立消臭クローゼット」のアイデア


——和田さんと橘さんは、「組立消臭クローゼット」の開発に携わったと伺いました。開発のプロセスや工夫した点についてお聞かせください。

和田:まず、アイデアの思考過程についてお話すると、実はもともと「組立消臭クローゼット」はクローゼットの形をしていませんでした。本当は服をデザインするときなどに使うトルソーにパナソニックのナノイーXを装着して、消臭効果のある製品をつくろうと考えていたんです。でも、トルソーはどうしてもかさばってしまってコンパクトに運べませんし、日常生活の中でもあまり使い道が浮かびません。そこで、折りたためる箱をつくるという方向性にシフトして。

橘:洗濯物を干したり、クローゼットに服をかけたりする日常の動作からインスピレーションを得て、少しずつクローゼットという形に近づけていったんです。

和田:そういったアイデアのまとめを、僕が主に担当していました。クローゼットの具体的な設計は橘さんがメインで担当していたので、設計時に工夫したことについては、ぜひ橘さんに話してもらえたら……。

橘:設計で意識したのは、今回のプロジェクトのテーマでもある「日常生活に溶け込む」プロダクトにすることでした。そのため、実は組立前のクローゼットは、A3サイズになるように設計したんです。

ちょうど良いサイズの既成品バッグに収納。組立の説明書も用意した。

和田:折り畳むときの構造は、引っ越し業者がよく扱っている衣類運搬用の段ボールキットを参考にしたんだよね。

橘:そうそう。素材にもこだわって、軽さや強度の観点から、「プラスチック段ボール」というものを選択しました。僕と和田さんは感覚的に「これならナノイーXが吸着せずに消臭効果を発揮できそう」とプラスチック段ボールを選んだのですが、パナソニックの技術の方にお話を聞いたところ、まさにナノイーXが吸着しづらい素材だったようで、そのままプロトタイプの制作に活かしました。

——制作を進める中で、苦労した点はありましたか?

橘:馴染みのないプラスチック段ボールという素材を、自分たちの意図する形に加工していくことに苦戦しました。夏休みは頻繁に学校に行って、和田さんとともにプロトタイプの制作に勤しんでいましたね。

和田:そうですね。完成するまでに5~6個の失敗作が生まれたりもして……(笑)

橘:でも、和田さんが自主的にボランティアに参加して、そこで得た感想やアイデアをフィードバックしてくれたこともあって、最終的には被災経験者から好評のプロトタイプを制作することができたのだと思います。

——和田さんはボランティアにも参加されていたのですね。

和田:はい、自分が作ったものが現場でどのようにして使われるのかイメージがつかなかったので、実際に現場で確かめたいと思い、京都府綾部市で起きた豪雨災害の被災地支援ボランティアに参加しました。実際にボランティアをされている方に話を伺ってみると、作業中ににおいを気にするという声が聞こえてきて。なので、自宅で避難されている人も、支援に参加する人も持ち運びやすいサイズのアイテムをつくったほうがいいのではないかと思い、そのアイデアを橘さんにぶつけてみたんです。


「現場の声を聴く大切さ」に気づけた約1年間のプロジェクト

——プロトタイプは、2023年9月のフィールドワークで被災経験者から好評だったそうですね。

和田:そうなんです。実際に自分のアイデアを形にして、他者に見てもらう機会は大学の課題でもなかなかないので、とてもいい経験になりました。あとは12月に行った福岡県大牟田市での実証実験でもプロトタイプの消臭効果を証明することができました。これも本当に嬉しくて、良い経験ができました。

つなぎteおおむたの彌永さんに試してもらっている様子(2023年9月)


橘:
経験者の声を聴くことは、本当に大切だなと感じました。経験者しか分からないことが山ほどあるのだなと。組立消臭クローゼットは、もともと小さなパーツを使用していたのですが、フィールドワークに行った際「小さなパーツはなくしてしまいやすい」と意見をいただいたことで、自分たちが被災現場の状況を考え切れていなかったと気づけたんです。想像をもとにものをつくってみても、机上の空論でしかないと実感しました。ボランティアに参加する方々も「におい」のストレスを感じているとは思いもしませんでしたし、現場の声を聴く重要性を、今回のプロジェクトで改めて学べたように思います。

広川町で組立消臭クローゼットを紹介する二人

——プロジェクトの今後に期待することをお聞かせください。

和田:今回は「におい」の問題を解決するものだったので、衣服のように体に身につけるものを対象にしていましたが、実際の災害現場では、家具や畳が臭うケースがありました。コンパクトなものだけでなく、家具など大きいものの「におい」に対してもアプローチできるものを今後実現することができたら、避難生活のストレスをさらに減らすことができるのではないかと思います。
橘:今後、プロジェクトを通じて、もっと良い世の中の実現につながったらと思います。というのも、2024年1月に発生した石川県での地震でも、もし自分たちの製品が完成していれば、現場で何か役に立てたのではないのかともどかしい気持ちにもなったからです。今はデザイナーの方にプロトタイプをブラッシュアップしていただいてる段階ですが、最終的に多くの方に役に立つものとなっていたらすごく嬉しいなと思います。


***

今回インタビューに協力してくれた5名以外にも、2020年度の共創デザインの授業依頼、たくさんの京都工芸繊維大学の学生の皆さんがこのプロジェクトに関わってくれています。本当にありがとうございます。

授業の一環としての産学連携を越え、実際の技術を用いて、災害の現場に実装するところまでつくり切ることを目標に掲げた2023年度の「避難所の衛生ストレス解決」プロジェクトもあともうひと息までたどり着きました。

年度末の取り組みと来年度に向けた計画は、また改めてこの場でご報告しますので、どうぞ引き続きご注目ください。

(UCI Lab.広報担当)

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