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イスラエル軍医療部隊同行記【第6話】

~東日本大震災、日本初となる海外からの医療援助受け入れ事例となったイスラエル国防軍医療部隊派遣。とにかく紛れ込んで同行したカメラマンの記録~

診療所には次々と患者さんが顔を出し始めた。
ときには避難所で暇をもてあました子供たちがあそびに来たり。

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写真:子どもたちにはおもちゃをプレゼント

「あそこ変な外人さんがいるからって聞いてきた。」と屈託のない笑顔で話してくる。
小児科看護師のガリートは「薬もだけどね、大事なもの持ってきたから」とたくさんのおもちゃを用意し、小児科のプレハブをデコレーションしていた。「ただこのおもちゃ中国製ぽいけど大丈夫よね?」そんなおちゃめな彼女。ハイチで救護活動を行ったときに思いついたアイデアだそうだ。

「うちの科だけはね、患者さんとは通訳なしでも成り立つの。笑顔と泣き顔。子どもって世界共通言語持ってるのよ。」
そういって遊びに来た子供たちといつのまにか打ち解けていた。

動画:小児科医と眼科医、目を腫らした生後11か月の乳児診察

各課での診察も続く中、通訳と撮影をしながら「医療」の大切さ、そしてそれを失った時の不安感、どこの国の人であれ、「医師」がそこにいるというだけで安心することができるのだと痛感した。

産婦人科医で医療班リーダーのオフィール大佐がやってきた。
「探したぞ、妊婦の訪問検診に行くからついてきてくれ。俺たちのところはまだ小児科にいく前の段階なもんだから、通訳がいなきゃなんともならん。」

そういわれてマイクロバスに向かうと、日本人の助産師さんがいた。彼女は被災した志津川病院に勤めていた。地域の妊婦さんを把握しているため、同行してくれることとなった。

ー続くー





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