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【無料】 山内マリコ(著) 『山内マリコの美術館は一人で行く派展』 書評:和田彩花 「随所で時代の空気感に触れながら、ユーモラスな言葉で率直に語られるアート」

101の美術展をめぐった7年分の探訪記が収録された、山内マリコのアート・エッセイ集『山内マリコの美術館は一人で行く派展 ART COLUMN EXHIBITION 2013-2019』。この本の書評を書いてくれたのは、アイドルとしての活動を続けながら、大学院で美術を学んだ和田彩花さん。普段から身近なものとしてアートに接しているからこその、深くて丁寧な読み解きだけではなく、専門的な知見をもとにした鋭い考察も用いて、本書に迫ります。

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わだ・あやか ● 1994年生まれ。群馬県出身。2009年4月にアイドルグループ「スマイレージ」(後に「アンジュルム」に改名)としてデビュー。10年間の活動を経て、2019年6月にアンジュルムを卒業。現在はソロとしてアイドルを続けながら、大学院で学んだ美術に関連する活動や執筆も行なっている。得意分野は西洋近代絵画、現代美術、仏像。とくに好きな画家はエドゥアール・マネ。好きな作品は《菫の花束をつけたベルト・モリゾ》。

山内さんの感覚を通すと、
私たちの日常と美術は近くにあるものだと
改めて感じさせられます。

ユーモラスな言葉で率直に語られる本書は、気軽に自由に美術に触れるきっかけを多くの人にもたらしてくれそうです。それから何よりも、今の時代だからこその視点でアートを楽しまれる山内さんの姿が印象的で、一般的な美術批評とは異なる、まさに新感覚、新時代のアート・エッセイ集です。

ここで、特に素敵だと感じた視点を3つのコラムとともに紹介させていただきます。

まずは、新感覚な「ミステリアスでクール しかしその正体は……結婚に失敗した男!」と題された『ヴァロットン展』のコラムを取り上げます。

ヴァロットンの作品は、対象を捉える冷静な視線と、不可思議なモチーフや構造が特徴で、展覧会のサブタイトルにもあるように「冷たい炎の画家」と称されています。本コラムでは、<おそらくヴァロットンの結婚に、愛はなかったのです。>というヴァロットン像から日常の夫婦関係へ想像を膨らませ、作品に見受けられる不可思議なモチーフとの接点を探っていきます。家庭内での画家の立ち位置にまで想像を巡らせる視点によって、普段なんとなく偉大な人とイメージする画家を身近に感じられます。

また、ヴァロットンについては「愛妻家集団に紛れ込んだ、結婚生活がうまくいっていないあの男!」と題された『オルセーのナビ派展』についてのコラムでも紹介されています。ここでは、ナビ派という画家グループにおけるヴァロットンの姿が見えてきます。こちらも合わせて楽しめると思います。

次に、新時代を感じる「絵より妻はもっと素敵」と題された『バルテュス展』についてのコラムを紹介します。山内さんの美術展探訪は、フェミニズムの視点から鑑賞されている点も特徴の1つです。本コラムでは、<「バルテュスって素敵!」という魔法が、完全に解けていた>と述べられ、フェミニズムに基づいた作品や作家の再評価にまつわる自身の体験が記されています。これまでの姿勢を自ら問い直していく姿が素敵ですし、このような視点によって作品の解釈を広げられるのは、今の時代だからこそ可能になると改めて感じました。話は少しそれますが、ヘレン・シャルフベックのコラムでは、自身の生活と重ね合わせながら作家を理解されていて、こちらも素敵なコラムです。

美術や芸術は、主題の他に造形という要素があります。バルテュスであれば、幾何学的な構図やくすんだ色彩なども特徴と言えるでしょう。魔法が解けた私自身もバルテュスの絵画をどこまで許容できるかはわかりませんが、フェミニズム的視点だけでは捉えきれない画家の個性や技術を含めて作品を見ていくことも、美術に関わる人間として大切にしたいなと感じました。

最後に、社会性や時代観を作品から感じ取る眼差しについて紹介します。ここでは「平成は日常推しだった、みたいな」と題される東京都写真美術館の『いま、ここにいる』展についてのコラムを取り上げます。佐内正史さんの<窓辺に置いてある観葉植物の濃い緑色の葉っぱが、全体にやわらかい光の中で映されている、ただそれだけの写真であります。>と述べられる作品から、平成の空気を探っていきます。山内さんによる<そんじょそこらの日常ではなく、本当に本当にうんざりするほど普通の、はてしなく繰り返される日常がある。>という平成への眼差しは、鋭く、格別なものであると、今の状況があるからこそ実感させられました。本コラムに限らず、随所で時代の空気感に触れられています。山内さんの感覚を通すと、私たちの日常と美術は近くにあるものだと改めて感じさせられます。

美術・芸術に触れてみたい方はもちろん、私のように何度も美術展へ足を運んでいる方でも、新感覚・新時代のアート・エッセイ集で美術と時間を楽しんでもらえると思います。

(了)

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<書籍情報>
山内マリコ(著)
『山内マリコの美術館は一人で行く派展
ART COLUMN EXHIBITION 2013-2019』

発行:東京ニュース通信社
発売:講談社 
本体価格:1,600円+税

新時代、新感覚の、
やさしいアート入門書。

『TV Bros.』誌で2013年から2018年にかけて連載された原稿に、プライベートで訪れた2019年の新作を加えた、忖度なしの美術展探訪エッセイ。サブタイトル「ART COLUMN EXHIBITION」のとおり、コラムの展覧会がコンセプト。厳選したコラム101点を作品に見立て、美術館に展示するように並べました。主に一人で、自腹で、美術館の企画展に行き、作品の紹介はもちろん、芸術家の背景にも思いを巡らせながら、感じたことをそのまま書く。彼女のユーモラスな文体は、ときに小難しいと思われがちなアートの魅力を、身近な存在として伝えてくれます。

やまうち・まりこ ● 1980年生まれ、富山県出身。小学校時代、近所のお絵かき教室に通う。絵より映画が好きになり、大阪芸術大学映像学科を卒業。いろいろあって2012年、小説『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎)で作家デビュー。同作が映画化された際、プールに突き落とされる先生役でエキストラ出演を果たす。アート好きが高じて本の装丁に口うるさいため、デザイナーからは嫌われている。イベントに客が来ないのが悩み。唯一の役職は、高志の国文学館(富山県)の新企画アドバイザー。

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