「人を許す」ことから始める自己肯定感の高め方
担当編集者が語る!注目翻訳書 第28回
『勝ちぐせをつけるクスリ』(知的生きかた文庫)
著:ウエイン・W・ダイアー 訳:渡部 昇一
三笠書房 2019年5月出版
ダイアーに“大転換”をもたらした父との和解
ウエイン・W・ダイアーは、途轍もない数の読者に愛されているスピリチュアル界の“大御所”です。そんなダイアーの著作の中で、私が最も強く印象に残っているエピソードを紹介させてください。
それはベストセラー『小さな自分で一生を終わるな!』(最新版は『「最高の人生」を手に入れる人がやっていること』に改題)の序章に出てきます。ダイアーが2歳のとき家族を捨てて出ていった、大酒飲みで厄介者の父との和解をめぐる話です。
ダイアーの中にわだかまっていた父に対する怒りの気持ちが、成長するにつれて、父に対する好奇心へと変わっていきます。「なぜ父は自分たち家族を捨てたのか」、ダイアーはその答えを知りたいと思うようになるのです。
しかし、残念ながら父との対面はかないません。34歳のとき、従弟からの1本の電話によって彼が10年前にすでに亡くなっていたことを知らされます。
父が入院していた病院へ問い合わせた後、レンタカーのシートベルトに挟み込まれていた見覚えのない1枚の名刺によって、父が埋葬されている墓地へとダイアーが導かれていく過程は「これぞシンクロニシティ(共時性)!」と表現するほかない、厳粛な天の配剤を感じずにはいられません。
父の墓碑を見つけ、生まれてはじめて父と言葉をかわすダイアー。
大量の涙とともに父を「許す」ことで、ダイアーの人生には次々と奇跡が起こり、アメリカのベストセラー作家への道を一気に駆け上がっていくのです。
「インテリジェントなもの」から「スピリチュアルなもの」へ
ダイアーの著作の翻訳や解説を数多く手掛けてきた渡部昇一 上智大学名誉教授が、興味深い考察をされています。ダイアーの著作は父との和解という神秘的体験を経て、それまでの「インテリジェントなもの」から「スピリチュアルなもの」に大きくシフトチェンジした、というのです。
ダイアーの初期の著作は、「主張すべきは主張すべき」という彼のアグレッシブな姿勢を背景に、あくまで知的に課題を解決していこうという合理性に貫かれています。読んでいると、いじけていた自分が何だか馬鹿らしくなって、もっと前向きに頭を賢く使わないと! という気持ちになってきます。
しかしダイアーのこうした哲学は、父との神秘体験によって大きく変化します。
「自分のエゴを絶対に曲げずに、主張を貫くこと」を唱えてきた人が、「エゴをむき出しにすることは無用である」「勝つことを必要としない、必要としなくても勝ってしまう」という教えに変わったというのです。
まさに自力から他力へ、180度の転換といえるでしょう。
家庭生活での親子の交流をもてなかった実の父との和解は、ダイアーにとってまさに至高の存在としての父(=神)との和解に繋がる一大転機となり、彼により深い精神的叡智の目覚めをもたらしたのかもしれません。
ダイアーにとって「勝つ」こととは?
さて、今回ご紹介する『勝ちぐせをつけるクスリ』は、ダイアーの名著の中から彼の特徴がよく出ていて、読む人をハッとさせるパワーをもった名言を厳選したものです。
冒頭から順に読まなくても、「開いたページに書いてある言葉が、今日の自分に必要な教え」という、メッセージブックとしても楽しんでいただける内容です。
一見いかにも勇ましい「勝ちぐせ」というタイトル、なるほど前半生のダイアーの面目躍如たるアグレッシブな言葉も確かに数多く収録されています。
しかし、ダイアーに転機をもたらした「許し」「裁き」のキーワードが入った名言も、同じくたくさん見つけることができるのです。
・人を許すことは自分を愛する行為だ。
・「許す」とは、もっとも困難な状況でも愛を与えられるということである。
・他人を裁くことをやめることは、実際上、自分自身を裁くのをやめることである。
・人を許すことこそ、人のなせるもっとも優れたわざである。
なぜなら、人を許してはじめて、真の悟りを行為として現したことになるからだ。同時にその人が愛のエネルギーに接触していることも示している。
自分の思い通りに物事が運ばないと、他人のせいにしがちな自分には耳が痛い言葉です。それはさておき、ダイアーにとって人を裁かない、人を許すという心の行為こそが「勝つ」ことだとしたら、その考え方に耳を傾ける意味は、今もそしてこれからも色あせることなく、あり続けると私には思えるのです。
最近刊行されている自己啓発系の書籍には、自己肯定感を高めることの大切さを訴える本が増えているようです。
専門家ではない自分が根拠もなく断言するのは躊躇されますが、もしかしたら「人を許す」「人を裁かない」ことこそが、自分を愛し、自己肯定感を高めていく一つの確かな道のりなのかもしれない……。ダイアーの言葉に静かに耳を傾けていると、そんな気持ちになってくるから不思議です。
同じくダイアーのベストセラー『自分のまわりに不思議な奇跡がたくさん起こる!』の中で、内容上の大きな柱として採用したのがアッシジの聖フランシスコの「平和の祈り」です。その祈りの大きなテーマも「許し」です。
「平和の祈り」の結びの言葉を引用することで、本稿を締めくくりたいと思います。
わたしたちは与えることにより与えられ
許すことにより許され
人のために死ぬことによって
永遠の命をいただくのですから
執筆者:大渕隆(三笠書房 編集本部)
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