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キリル文字筆記体を制せよ:筆記体で読み書きできるとテュル活も捗る【新学期特集】

イセンメセズ!(タタール語で"こんにちは")
ところで現代タタール語は、全39字からなるキリル文字を導入しています。上述のあいさつは《Исәнмесез》と綴られます。

タタールスタンの映画監督イルダル・ヤガファロフ氏による映画「イセンメセズーー生きているか」のポスター。映画はタタール文化やタタール性にも踏み込み、これらが「生きているか」問うものでもあったことから、昨年タタール世界では大きく話題になった。
それはともかく、映画タイトルにもなっている「Исәнмесез?」を斜字体で綴った例。


ちょっと前のめりになってしまいました。タタ村(@tatamullina)です。
今回はキリル文字の話ーーとくに、キリル文字で綴る言語を学び始めた人がつまずきやすい「キリル文字筆記体」を取り上げたいと思います。

なぜあえて「筆記体」かといえば、筆記体はブロック体を書く2〜3倍のスピードで書字できるので、学習を進める上でもたいへん便利だからです。

最近はスマホやPCの普及で手書きする機会は減っていますが、それでもなお、日常の中に文字を手書きする瞬間は溢れています。母語話者の多くは就学すると筆記体で教育を受けるので、子どもから大人まで、手書きする際には日常的に筆記体を使います。もしもかれらと手紙でやりとりをする際には、筆記体の知識は大いに役立つことでしょう。(ついでに言えば、筆記体を書けないと馬鹿にされることもあるので、時に身を助くかも・・)

今回は、とくに最初のうちは悩みの尽きない文字の繋げかたや、見分けがつきにくい文字を書くうえでのコツ、そして"テュルク友の会"ならではのトピックとして、拡張キリル文字筆記体の書き方もご案内したいと思います。


1. キリル文字と諸言語ーーレアリアとイデオロギーの狭間で

昨今の情勢を受けて、この春から大学の2外ではロシア語を学ぼうと決意された方も少なくないことと思います。もっとも、己を知り敵を知れば… の気持ちから学ぼうとされる方もいらっしゃれば、最近はメディアでロシア語やウクライナ語を見聞きする機会も多いですから、音に惹かれた、独特の文字を読んでみたいと思った、といったきっかけの方もいらっしゃると思います。

話題のロシア語やウクライナ語は、キリル文字(кириллица)で綴られます。たとえば顔文字の(・Д・)の「Д」や、トイザらス(TOYSЯUS)の「Я」は、それぞれデー、ヤーと読むことができます。

日本に暮らす私たちの日常にも、実にいろいろなところにキリル文字はひそんでいるのです。


世の中にはさまざまな文字で綴られる、実にさまざまな言語があります。英語やフランス語のようにラテン文字で綴るものもあれば、ヒンディー語やネパール語のようにディーヴァナーガリーで綴るものもあります。そして、キリル文字で綴られる言語も多々あります。つまり、キリル文字をいったん覚えてしまえば、多くの言語のいちばん最初の関門は突破しているも同然、というわけです。

キリル文字表記のタタール語で書かれたストリートアート。
《Агач - җимеше белән. Адәм - эше белән.》ー「木は実をなし、人は仕事をなす」


たとえば、冒頭で紹介したタタール語は、多くの場合においてキリル文字で綴られます。現在ロシア国内で話される諸言語は、ロシアの言語法により、キリル文字で表記することになっています。バシキール語やチュヴァシ語といったテュルク諸語はみなさんもご存知のとおり、マリ語やカレリア語、ウドムルト語などフィン・ウゴルの諸言語、音韻体系が実に複雑なカフカスの諸言語などなど、語族や語派にかかわらず、キリル文字で綴られます。チュヴァシ語の言語景観については、菱山さんが以前紹介されていました。


タタール語が現在の拡張キリル文字で綴られるようになったのは、1939年のことです。長らくアラビア文字で綴られていたところ、文字改革によりラテン文字が導入され、やがてキリル文字が導入されました。「キリル文字は伝統的なタタール人の文字ではない」と考えるタタール語話者は少数ではなく、他方でアラビア文字は学習が難しいことから、1999年にはタタール語の正書法をラテン文字に移行する試みもありました。しかし、前述の言語法の更新により頓挫したのでした。

フィンランドのタタール語話者たちは独自の正書法を持っており、拡張ラテン文字でタタール語を綴る。フィンランド・タタール語の表記とはやや異なるが、北米やトルコ暮らすタタール語話者もラテン文字での表記を好み、かつてはアラビア文字表記を好む人も少なくなかった。


他方で、文字を持たなかった諸言語は、キリル文字の導入により多くの人が容易に記述・記録できるようになり、学校教育の場では体系的に学ぶことも可能になった、という側面もあります。もっとも、後者については言語や地域による格差が大きく、また、言語のバイタリティもロシア語が圧倒していることから、ロシア語で教育を受けることが現実的な選択肢となっている場合が大半です。
ロシアにおいて、諸民族は自身の民族語で教育を受けたり、公的サービスを受ける権利は認められていますが、ロシアという国に暮らす以上民族などを問わず通用するロシア語は重視され、社会的上昇のためにも不可欠です。また、公的サービスの場での恒常的な民族語使用は地域差が大きく、基幹民族の人口比率の高い民族共和国などに限られるのが現状です。

バシコルトスタンのバシキール語教科書。バシキール語学校(バシキール語が教育言語)でのバシキール語と、ロシア語学校(ロシア語学校)での科目バシキール語とで、使用する教科書は異なる。ロシアのなかでもバシコルトスタンやタタールスタン、サハなどは例外的ともいえるほど民族語教育が盛んだ。


そのほか、かつてソ連を経験した国々で話される諸言語もまた、キリル文字で綴られた/綴られてきた歴史を持っています。現在はラテン文字で綴られるアゼルバイジャン語やトルクメン語も、ソ連時代はキリル文字で綴られていました。トルクメン語については以前、奥さんが記事を書かれていましたね。
ウズベク語は現行の正書法ではラテン文字を導入していますが、ウズベキスタン国内では今なおキリル文字表記とラテン文字表記が混在した状況です。そして、カザフスタンでは現在、カザフ語のラテン文字正書法の導入が目指されています。


こうして眺めてみると、実に多くの言語がキリル文字で綴られてきたことにお気づきのことと思います。他方で、諸言語のキリル文字化の歴史に鑑みると、学習者あるいは教師としては複雑な気持ちを抱かずにもいられません。

とりわけ近年のロシアでは、民族ロシア人(русскиеルースキー)を諸民族の長兄とするような強力なナショナリズムのなかで、キリル文字は単なる諸言語の表音文字の範疇を超えて、長兄の言語であり諸民族が習得すべきロシア語、そして、そうしたロシアという国家を象徴するシンボルとしての意味を持っているようにも見えます。

1935年、Татарский клуб(タタール・クラブ)と題されたソ連プロパガンダポスターの左上部には、アラビア文字と、当時導入されていた拡張ラテン文字で書かれたタタール語の文言が。
現代の表記では《Бөтен дөнья инкыйлабы булыр》ー「世界革命とならん」


ゆえに、ある言語をキリル文字で記述することの意味するところや、そこに内包される暴力性についても、第三者である私たちはどこかで自覚的である必要があるのかもしれません。他方で、キリル文字正書法を導入する言語は今のところ当然ながらキリル文字で綴られ、多くの話者の実生活に根ざしたものでもあります。そして、多くの学習書や辞書もまた、キリル文字で書かれていますから、難しい感情を抱きつつも、それらの言語を学ぶ上でキリル文字の習得は欠かせません。

2.キリル文字筆記体で綴るーー肝は「つなぎ方」

さて、前置きがずいぶんと長くなってしまいました。本題の筆記体についての話題はここからです。
キリル文字で綴られる言語を学び始めたときに、多くの人が最初に戸惑うのは筆記体だろうと思います。学習者向けの教材には、独立した形での筆記体は書かれていても、肝心な文字と文字の繋ぎかたについては案内されていないことも珍しくないので、こればかりは独学が厳しい部分でもあります。

教材でよく見られる、大文字と小文字とが独立した筆記体のサンプル。

繋げるリズムについては、いくつかの例を見て、まずは真似してみるのが手っ取り早いです。ただ、最初のうちは不恰好になってしまったり、後で見返したときになんと書いたのか分からなくなってしまうこともよくあるでしょう。そうした問題を避けるために、普段から心がけておくとよいコツがいくつかあります。

① 肝心なのは文字と文字をつなぐ「ため」の部分

例)лими́т「限界」、Япо́ния「日本」

読みづらくなってしまう原因のほとんどは、いくつかの文字の書き始めの部分にある「タメ」を書かないことにあります。たとえばЛ・М・Яの書き始めにあるタメを例として挙げましたが、これらのタメを意識するだけでかなりと読みやすくなるはずです。

② 文字と文字のつなぎの部分はやや筆圧弱めを意識(ゆっくり書ける時)

ли́лии「ゆり」[複]、маши́на「車、機械」、тишина́「静寂」、лиши́шь「奪う」[2単]、дом「家、建物」

③にも通じることですが、文字のすべてを同じ太さ・濃さの線で繋げるのではなく、部分的に強弱をつけるのもコツです。具体的には、文字と文字のつなぎの部分はやや筆圧を弱めることです。
とはいえ急いでいるときはどうしようもないので、これはあとで確実に読み直すとか、人に宛てた書き物をするときなど、読みやすく書く必要があるときに意識すればよいでしょう。
   

③ 無理にすべての文字をつなげようとしなくてもよい

ЗとОを次の文字と繋げずに書字した例

とくに急いでいる時ほど、無理に繋げようとすると却って読みづらくなりがちなので、いっそのこと無理にすべての文字を繋げようとしないのもコツです。とくにЗやД、ЦやЩのように筆記体ではぐるりとヒゲが伸びるものや、Оのように正しいとされる筆記体では"1.5周"する必要があるものは、次の文字と切り離して書く人も少なくありません。

④ тに上線を、шに下線を引く

теа́тр「劇場」、маши́на「車、機械」、ташке́нтский「タシュケントの」[形]、шатлык「幸福」ータタール語

 とくにтとшにиが続くとどれがどれだか分からなくなることがあります。そんなときはтに上線を、шに下線を引くことで読みやすくなります。やや年上の世代に多く見られる書き方ですが、 線があるのとないとでは視認性に大きな違いがあることから、若い世代にもこうして書く人は一定数見られます。

たとえばこちらはある人のノートから、тに上線を引いている例。
бесцве́ тная「無色の」[女]、 ядови́ тая「有毒の」[女]

тに関しては、筆記体でもтそのままの形(mのような形ではなくтの形)で書く人もいます。このようなスタイルで書く人に訊ねると、тとmの使い分けは特に気にしておらず、その時の気分で、前後の文字次第でどちらかにしているようです。
もっとも、確実に人に読まれるものでもない限り、素早く書字できるかどうか、自分があとで読み返すときに困らないかどうか、で判断すればよいので、書き方は自由です。

たとえばこちらもある人のノートから、тが筆記体でもтの形で書かれる例。
上段黄色マーカーが引かれるところは Итоги царствованияーツァーリ制の治績

3.ロシア語で用いられる33字の筆記体と練習帳

ここまで、やや突っ込んだ文字のつなげ方を取り上げましたが、基本的な文字(ここではロシア語で用いられる33字)の筆記体についてもざっと紹介しておきます。

この基本的な33字の練習帳については、ロシア語などを学び始める人が多い新年度は特に需要があると思われることから、PDFファイルでも配布したいと思います。各自の学習にお役立てください。(筆者ータタ村のロシア語授業を履修する方にも例年配布しているものです)

  • А а - аэропо́рт「空港」[男単]

大文字と小文字で筆記体の形が異なるものの、これはラテン文字の筆記体と似ているのでまだ分かりやすい?
  • Б б - блю́до「料理」[中単]

大文字のラテン文字のBに見えなくもないが、小文字は数字の6のような形。要注意。
  • В в - ви́рус「ウイルス」[男単]

ラテン文字のBと筆記体の形も似ているが、発音は異なるので注意。
  • Г г - газе́та「新聞」[女単]

ギリシャ文字のγから。小文字гは曲線を意識しよう。直角に書くとчの小文字と紛らわしい。
  • Д д - до́ма「家で」[副]

ギリシャ文字のδから。ブロック体寄りの手書きをする人のなかには△と書く人も。筆記体は、大文字はラテン文字のDと同じだが、小文字はgのようになるので要注意。
  • Е е - е́вро「ユーロ」[中単]

大文字は3をひっくり返したような形になるが、小文字はラテン文字のeと同じ。
  • Ё ё - ёжик「ハリネズミ」[男単]

еとの違いは上に点々があるか否か。ただし、母語話者の多くはこの点々を省略するので(活字でも手書きでも)、正しく読めるかどうかは語彙力にかかっている。
  • Ж ж - журна́л「雑誌」 [男単]

学習者にとってはいちばん突飛に見えるものかもしれないが、思い切って一筆書きで。ブロック体では、×と| を組み合わせた3画で書く方法も。
  • З з - зада́ча「課題、目標」[女単]

大文字は数字の3、小文字はラテン文字zの筆記体と同じ。
  • И и - и́мя「名」[中単]

ギリシャ文字のηから。筆記体иとмは同じような形に見えるかもしれないが、иには「タメ」がなく、他方мには「タメ」があるので、最初のうちは意識されたい。
  • Й й - йо́гурт「ヨーグルト」[男単]

ёの上の点々は省略されるが、йの上の点は活字だろうが手書きだろうが絶対に省略されない。
  • К к - каранда́ш「鉛筆」[男単]

ラテン文字のKと似ているが、小文字кの筆記体は大文字をそのまま小さくしたような形になるので慣れが必要。
  • Л л - ла́мпа「ランプ、照明」[女単]

ギリシャ文字のλから。文字の書き始めの「タメ」がとても重要。
  • М м - ма́сло「バター、オイル」[中単]

лと同じく、文字の書き始めの「タメ」がとても重要。
  • Н н - назва́ние「名称」[中単]

ギリシャ文字のνから(えっ、ηじゃないの?)。特に小文字нは雑に書くとиやпと見分けがつかなくなるので、パッと見て単語が分かるレベルになるまでは丁寧に書いておきたい。
  • О́ о - о́блако「雲、翳り」[中単]

ラテン文字Oの筆記体では右上から書き始めるが、キリル文字О筆記体は左下あたりから反時計回りに書き始め、次の文字につなぐときは左下から右下にかけて0.5周重なる部分がある。ラテン文字Oの筆記体のように、右上でくるりと巻いたりはしない。(なので、最初のうちはаと見分けが付きにくいかもしれない)

П п - пе́сня「歌、さえずり」[女単]

ギリシャ文字のπから。小文字пはラテン文字nの筆記体と似ているので注意。
  • Р р - рабо́та「労働、仕事、職場、作業、作品」[女単]

小文字рの筆記体はラテン文字のpと似ている。ただ、рを筆記体で書く時に、次の文字に無理に繋げない人も多い。その場合はラテン文字のpのように終点が内巻きになる。
  • С с - самолёт「飛行機」[男単]

ギリシャ文字のσから。筆記体もラテン文字のCに似ているが、音は異なるので注意。
  • Т т - туале́т「トイレ」[男単]

тはラテン文字のmのような形になるので要注意。小文字тの書き方はヴァリエーションに富んでいる。(2.参照)
  • У у - у́лица「通り、街路、巷」[女単]

ギリシャ文字のυから。ラテン文字のyと似ているので最初のうちはややこしい。
  • Ф ф - факт「事実」[男単]

ギリシャ文字のφから。фの書き順はいろいろなヴァリエーションがあるが、教科書的な正しい書き順はこの動画で紹介されているので、これを基礎にしつつ、慣れた頃に書きやすいように書くとよい。
  • Х х - хи́мик「化学者」[男単]

ギリシャ文字のχから。ラテン文字のXのように書けばよい。
  • Ц ц - центр「中心、中央、中枢」[男単]

ヒゲがついているが、教科書的には、д、з、уのヒゲほど大きくはならない。
  • Ч ч - чай「茶」[男単]

小文字чは直線を意識することが重要。曲線にするとгの小文字との見分けが難しくなる。
  • Ш ш - ша́хматы「チェス」[複]ーアクセント位置注意

小文字шはтの小文字と見分け易くするために下線を引く人もいる。(2.参照)ただし大文字に下線は引かない。
  • Щ щ - щи「キャベツスープ」[複]

щは大文字小文字ともに、下線は引かない。
  • ъ - безъя́дерный「核のない、非核の」[形男]

語頭にはこないので小文字のみ。分離記号ъは書き出しに「タメ」があるのが特徴。
  • ы - вы́бор「選択」 [男単]ー複数вы́борыで「選挙」

数字の6と1を繋げて書くようなイメージで。
  • ь - тьма́「闇、無知」 [女単]

数字の6のようなイメージで。軟音記号ьと硬音記号ъとの違いは、書き出しに「タメ」があるか否か。
  • Э э - экза́мен「試験」[男単]

キリル文字筆記体のなかでもブロック体と筆記体の違いがほとんどない文字。
  • Ю ю - ю́мор「ユーモア」[男単]

これも、キリル文字筆記体のなかでもブロック体と筆記体の違いがほとんどない文字。右半分のоの部分は、筆記体оと同じような要領で書けば次につなぐことができる。
  • Я я - я́блоко「りんご」[中単]

これも、キリル文字筆記体のなかでもブロック体と筆記体の違いがほとんどない文字。


なお、キリル文字で書かれる言語での教育を受ける子どもたちは、義務教育で書き順も含めて習います。子ども向けの教材などを見ても、たしかに書き順の案内が付されたものは少なくなく、今の時代は教材動画もネットで視聴することができます。書き順に悩む文字については、子ども向けの教材動画を参考にしてもいいかもしれません。


4. キリル文字とテュルク諸語

さて、ここからがようやく「友の会」のnoteらしい話題になります。
ソ連を経験した国や地域で話される言語を中心に、かつてはキリル文字で書かれたもの、今もキリル文字で書かれるものは数多くあります。その中にはテュルク諸語も数多く含まれます。

たとえば、ウズベク語は現行の言語法ではラテン文字正書法を導入するものの、現状としてはキリル文字とラテン文字が混在する。そのようすは紙幣にもみられる。2001年に発行された1000スム札にはБИР МИНГ(1000)とキリル文字で、2013年に発行された5000スム札にはBESH MING(5000)とラテン文字で記載されている。(以降多くの高額紙幣が発行されてきたが、5000スム札以降はすべてラテン文字)

どの言語でどの文字が使われているかについては、Wikipediaの「キリル文字一覧」が意外とよくまとまっているので、気になる方は眺めるだけでも楽しめるかもしれません。

ロシア語で使われる33字を基本として、それら以外の拡張文字のことを「拡張キリル文字」(расширенная кириллица)といいます。テュルク諸語で用いられた/用いられるキリル文字の拡張文字をまとめると、以下のようになります。

アゼルバイジャン語/キリル文字(7字の拡張文字、ҜとҸはアゼルバイジャン語のみ)
Ә / Ј / Ҝ / Ө / Ү / Һ / Ҹ 

トルクメン語/キリル文字(5字の拡張文字)
Ә / Җ / Ң / Ө / Ү 

カザフ語(8字の拡張文字、Ұはカザフ語のみ)
Ә / І / Қ / Ң / Ө / Ү / Һ / Ұ

クルグズ語(3字の拡張文字)
Ң / Ө / Ү 

カラチャイ・バルカル語(1字の拡張文字)
Ў 

バシキール語(9字の拡張文字、ҘとҠはバシキール語のみ)
Ә / Ғ / Ҙ / Ҡ / Ң / Ө / Ҫ / Ү / Һ 

タタール語(6字の拡張文字)
Ә / Җ / Ң / Ө / Ү / Һ

アルタイ語(3字の拡張文字)
Ј / Ҥ / Ӧ 

ハカス語(5字の拡張文字、Ӌはハカス語のみ)
Ғ / І / Ң / Ӧ / Ӌ 

サハ語(5字の拡張文字、Ҕはサハ語のみ)
Ҕ / Ҥ / Ө / Ү / Һ 

トゥヴァ語(3字の拡張文字)
Ң / Ө / Ү

ウズベク語/キリル文字(4字の拡張文字、Ҳはウズベク語のみ)
Ғ / Қ / Ў / Ҳ 

ウイグル語/キリル文字(6字の拡張文字)
Ғ / Қ / Ң / Ө / Ү / Һ 

チュヴァシ語(4字の拡張文字、ӐとӖとӲ はチュヴァシ語のみ)
Ӑ / Ӗ / Ҫ / Ӳ 

こうして並べてみると、その言語でしか使われない文字を持つ言語がいくつかあることに気づくでしょう。覚えておくと、それがどの言語か見分けるときにたいへん役に立ちます。

5. テュルク諸語で使われる拡張キリル文字と筆記体(応用篇)

いくつかの文字は言語をまたいで使われていることにお気づきの方も多いことでしょう。ここでは、テュルク諸語によく使われる拡張キリル文字と、その筆記体をご紹介します。
いずれもロシア語学習者にも馴染みの薄い文字で、とくにロシア語からテュルク諸語を学ぶとき、拡張文字はどのように筆記体で書いたらよいのか悩む方は少なくないはず。

タタールを代表する詩、ガブドゥッラー・トゥカイによる「トゥガン・テル」をキリル文字筆記体で書いたもの。

少なくとも、ロシア語→ウズベク語、タタール語、カザフ語と学んだ私は戸惑い、友人の筆記体を見ながら少しずつ書き方を学んでいきました。日本語で探してもこれらの情報は見当たらないので、これからキリル文字で書かれるテュルク諸語を学ぶ人のためにも、ここにまとめておきたいと思います。

  • Ә ә
    アゼルバイジャン語、トルクメン語、カザフ語、バシキール語、タタール語

әйбәт「よい」ータタール語・バシキール語、ән сабағы「歌の授業」ーカザフ語
  • І і
    カザフ語、ハカス語

ірімшік「チーズ」ーカザフ語
  • Ј ј
    アゼルバイジャン語、アルタイ語

јакшыдаҥ јакшы「最良」ーアルタイ語、јаҥду「法の」ーアルタイ語
  • Ҕ ҕ
    サハ語

пенсия ҕа таҕыс「年金生活に入る」ーサハ語
  • Ғ ғ
    バシキール語、ハカス語、ウズベク語、ウイグル語

ғасыр「世紀」ーカザフ語、ғаиләсел кеше「家庭的な人」ーバシキール語
  • Ҙ ҙ
    バシキール語

ҙур иғтибар「大注目」ーバシキール語
  • Қ қ
    カザフ語、ウズベク語

қаерга?「どこへ?」ーウズベク語、қазақ даласы「カザフ草原」ーカザフ語
  • Ҡ ҡ
    バシキール語

ҡеүәтле дәүләт「強国」ーバシキール語
  • ң
    トルクメン語、カザフ語、クルグズ語、バシキール語、タタール語、ハカス語、トゥヴァ語、ウイグル語

синең өчен「君のために」ータタール語、Һинең өсөн「君のために」ーバシキール語
  • ҥ
    アルタイ語、サハ語

јаҥыстаҥ「1つずつ」ーアルタイ語
  • Ө ө
    アゼルバイジャン語、トルクメン語、カザフ語、クルグズ語、バシキール語、タタール語、サハ語、トゥヴァ語、ウイグル語

"Өфө йүкәләре"「ウファの菩提樹」ーバシキール語、өмір「人生」ーカザフ語
  • Ў ў 
    カラチャイ・バルカル語、ウズベク語

ўзбек тили「ウズベク語」ーウズベク語
  • Ү ү
    アゼルバイジャン語、トルクメン語、カザフ語、クルグズ語、バシキール語、タタール語、サハ語、トゥヴァ語、ウイグル語

үтүк「アイロン」ータタール語、үлкен「大きな、偉大な」ーカザフ語
  • Ұ ұ
    カザフ語

ұшақ「飛行機」ーカザフ語、сұхбат「対話」ーカザフ語
  • Һ һ
    アゼルバイジャン語、カザフ語、バシキール語、タタール語、サハ語、ウイグル語

һәрвакыт「いつも」ータタール語、айдаһар「竜」ーカザフ語
  • Ҫ ҫ
    バシキール語、チュヴァシ語

дуҫлыҡ「友情」ーバシキール語、юлбарыҫ「トラ」ーバシキール語


さあ、この春はキリル文字筆記体も習得して、ささっとかっこよく文章を紡いでいきましょう。

(文:タタ村 a.k.a. サクラマミズキ:「テュルク友の会」副代表)


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