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象は鼻が長い式に言える言語は世界にいくつあるのかー象は鼻が長いの意味2ー

【象鼻文のある言語】

 さて、皆さんは、象は鼻が長い、に似た表現が、そのような文法構造上の図式が、ある、とされる外国語をいくつご存じでしょうか。なお、「は」や「が」に対応する助詞等があるかどうかとは別の問題として、考えます。なお、「は」や「が」に対応する助詞等がある言語については別にリストを作ります。「何とか語 象は鼻が長い」「何とか語 文法モジュール」「何とか語 主題」の検索ワードで検索し、かつ、類書に当たった限りでは、以下の19言語がそのようです。チベット語及びペルシア語については、関連の資料が少なく、リストに入れるか迷いましたが、載せておきます。
 なお、ペルシア語については、後日更に資料が発見できました。「ペルシア語 二重主語」で検索いたしました。ペルシア語の場合、「彼、その背/その有する所の背、高い」式になるそうで、「背」の方に、接尾辞形人称代名詞と(日本のペルシア語学で)呼ばれるものを付ける必要がある(注o)、とのことです。※このペルシア語の部分、2023/04/30加筆。
 また、チベット語がそうなら、チベット諸語の、ブータンのゾンカ語(ゾン語)もそうである可能性があると思われるのですが、資料が発見できませんでした。
 また、『アリュート語の二重主語』というご論文があるようなのですが、ご内容について確認できておりません。また、こちら、『インドネシア語の中庭Ⅰ』を拝読すると、ジャワ語にもあり、インドネシア語よりも更に、「象は鼻が長い」式の構文は多用される模様とのご共有なのですが、ジャワ語自体についてのご研究ではなく、迷いましたが、一旦保留と致します。
 なお、チベット語ですが、3方言の1つとされるものの中に、「私、頭、痛い」式の言い方があるようです(注1)。また、一定の条件の下(「彼の」の「彼」に対応するものが文頭に来ること、その「彼」に対応するものが、その詳細は措くとして新情報でないこと)であれば、「彼の頭、よい」(この「よい」は形容詞)式に対して、「彼、頭、よい」式に言える、とのことのようです(注1.5)。なお、この場合、「彼」も「頭」も無助詞(絶対格)にします。つまり、図式として「彼、頭、痛い」式だということです。
 なお、そのように無助詞の名詞が2つ並んだ際、中国語や韓国語/朝鮮語のように、(日本の義務教育で習う)国語文法で言うところの連体修飾(或いは名詞と名詞との何らかの接続)に解釈されることがあるのかないのかについては不明です。想像でしかないのですが、チベット語では、無助詞であることが、文法的に非常に重要な何かを担っているようにも思われるので、(複合名詞の問題は措くとして)無助詞が、属格(日本の義務教育で習う国語文法で言うところの連体修飾する何か、と捉えてよいものと思われる)の助詞がついたものと同じように解釈されることは、日本語同様(日本語の一ネイティブスピーカーとしてでしかありませんが、そのように感ずる次第です)、無いのではないかとも思われます。こちらについてご存じの方、是非ともご教示のほど、お願い申し上げます。
 また、やや外れますが、チベット語の場合、能格言語のような特徴があるともされ、自動詞の主語のようなもの、及び、他動詞の目的語のようなものは無助詞(絶対格)にし、他動詞の主語のようなものには、能格助詞とされる助詞を付けることがある、とのことのようなのですが、その能格助詞とされるものが、他動詞の主語のようなものに付かないケースや、自動詞の主語のようなものにつくケースもあるようで、能格言語だとアッサリ言い切ることはできない模様です(注p)。
 また、こちら(注q)のご共有によると、満州語でも、ビジ語(チベット・ビルマ語派ともされるが詳細な分類は不明ともされる模様)でも、ナシ語(シナ・チベット語族ともされるが詳細な分類は不明ともされる模様)でも、象は鼻が長い、に対応した表現ができる、とのことです。※この満州語、ビジ語、ナシ語の部分2023/08/03加筆。
 なお、シナ・チベット語族(シナ語派、チベット・ビルマ語派からなる)には、数百の言語がある、とのことなので、個別に調査ができれば、ビジ語やナシ語がそうであるように、語族・語派としての、中国語、チベット語、ビルマ語の下位分類の言語にも、「象(は)鼻(が)長い」式に言える言語が、まだまだ発見できる可能性はあるものと思われます。

 漢文(古典中国語)
 現代中国語
 チベット語
 ビルマ語(ミャンマー語)
 ビジ語(注q)
 ナシ語(注q)
 タイ語(注a)
 ラーオ語(ラオス語)(注b)
 ベトナム語(注c)
 クメール語(カンボジア語)(注d)
 マレー語(マレーシア語)(注e)
 インドネシア語(注f)
 モンゴル語(注g)
 満州語(注q)
 韓国語/朝鮮語
 ペルシア語(注h)
 アラビア語(注i)
 スワヒリ語(注j)
 キルギス語(注n)

 19個、発見できました。特に、中国語、及び、環中国語(注2)と捉えられるものの多くで、「象は鼻が長い」式の図式の表現ができるようです。なお、環中国語(注2)でも、チュルク諸語(トルコ語等)では、(チュルク諸語はその数が多く、全てがそうなのかは措くとしても)この図式の表現はできないそうです(注m)。
 なお、チュルク諸語でも、キルギス語では「私、頭、痛い」式の言い方ができるそうです。キルギス語では、「私、(私の/その)頭、痛い/痛んでいる」式になり、「頭」の方に所有接尾辞と呼ばれるものを付ける必要があり、また、述語は(頭に合わせた)三人称にする必要がある、とのことです(注n)。※このキルギス語の部分、2023/04/30加筆。

【象は鼻が長い式に言える言語の中で「は」「が」に対応するものがあるものはいくつ】

 では、次に、「は」「が」に対応する助詞が共にあるものと考えられる言語がいくつあるか、ご存じでしょうか。但し、こちらは、象は鼻が長い式に言える言語の中で「は」「が」に対応するものがあるものに限ります。こちらによりますと、タガログ語(すると恐らくフィリピノ語もそうかと思われるが)には、「は」や「が」に対応しているともみられるものが存在するようですが、一概にそうとも言い切れない部分もあるようですし、また、タガログ語には「象は鼻が長い」式の構文は無いようなのです。ですので、「は」「が」に対応するものがある、ということと、「象は鼻が長い」式の構文がある、ということとは、また別問題として考える必要がある模様です。

 韓国語/朝鮮語
 ビルマ語 ※但し「象は鼻が長い」式は不自然で「象は/が鼻長い」式が自然とのこと(注3)
(漢文)※次点
(タガログ語)※選外(選外の理由は、象は鼻が長い、式には言えないらしいことから)

 こちらは、2個(3~4個)ですね。なお、因みに、モンゴル語(注k)、古典チベット語(注l)(現代チベット語でどうなのかは不明です。確認不足でした)には、「は」に対応する助詞があるものと考えられているようです。
 なお、こちらのご共有(注q)によると、現代チベット語にも「は」に対応するとされる助詞がある模様です。また、満州語、ビジ語、ナシ語にも、「は」に対応するとされる助詞がある模様です。※この現代チベット語、満州語、ビジ語、ナシ語の部分、2023/08/03加筆。

 このように、「は」に対応する助詞があるものと考えられる言語は、

 韓国語/朝鮮語
 ビルマ語
 チベット語
 ビジ語
 ナシ語
 モンゴル語
 満州語
(漢文)※次点
(タガログ語)※選外(選外の理由は、象は鼻が長い、式には言えないらしいことから)

 計7(8~9)個、発見できました。

【漢文の「は」「が」】

 漢文の場合、「は」に対応するもの(助詞)は、「は」と訓読もする「者」です。また、「が」に対応するもの(助詞)は、「の」と訓読もする「之」です。象は鼻が長い、を直訳するのであれば、

 象者鼻之長(象は鼻の長きなり)

 となります。現代中国語では、その全体が単文なのか複文なのかそれ以外の何かなのかということに統一的見解はないものの(注4)、一般的には「大象鼻子很長」という文は、主述句述語文とされ、「(大)象」が主語で、「鼻(子)(很)長」という主述句(主謂短語)が述語だ、という説明がなされます(注5)。なお、括弧の付いた(大)(子)(很)は、置き字のように取り敢えず無視してくださって結構です。ですので、「象」が主語で、「鼻長」という主述句が述語だということです。
 漢文の「之」という助詞は、体用の構造の、体と用との間に置いて(敢えて言うなら主部と述部との間に置いて)、その文が、その文だけで完結していないことを表します(注6)。例を挙げます。

孤之有孔明猶魚之有水也。陳寿(AD233-297)『三国志』
孤(劉備の自称)の孔明有るは、猶(なほ)、魚の水有るがごときなり。

 ですので、主述句が述語になっているというのなら、文法的には「鼻」と「長」との間に、「之」を入れても全く問題無いはずです。ですが、言語というのは、文法的に正しいからといって、その表現を好きに使ってよいものでもありません。もしかしたら、こうは普通は言わない、という表現である可能性もあります。ですが、「之乎者也(翻訳:なりけりべけんや)」という四字熟語が現代中国語にあることからも分かるように、現代中国語のネイティブスピーカーの方に聞いても、そもそもこれが正しいかどうかという語感が無いので、確認は取れません。ですので、膨大な数の漢籍に当たって確認してみる、という作業が必要になることになります。ですが、そんなことは、中々個人でできるようなことではありません。
 また、「者」ですが、日本では「は」と訓読してきましたが、日本語の「は」に似ているところはあるとしても、どこまで同じなのかは判断が何とも難しいとも言えます。
 「は」「が」に対応する助詞がある言語に、次点としてカウントしたのは、このような経緯によります。

【彼女は父親が医者です(注7)】

 さて、謂わゆる象鼻文のある言語として、19個、挙げましたが、全ての言語で日本語と同じような表現ができるかどうかについては、注意する必要があります。
 謂わゆる象鼻文とは(意味的には)少し異なるともいえるかもしれませんが、例えば、「私は父親が医者です(注7)」を直訳したような表現は、中国語ではできませんし、複数のネイティブスピーカーの方に確認したところ、韓国語/朝鮮語でもできないそうです。

我(的)爸爸是医生。
※この場合、「の」に対応するとされる助詞「的」は普通付けない。
解釈:×私は父親が医者です式
解釈:〇私の父親は医者です式

×선생님께서는 사머님께서도 박사이십니다。
図式:先生(におかれて)は奥様(におかれて)も博士でいらっしゃいます式
〇선생님의 사머님께서도 박사이십니다。
図式:先生の奥様(におかれて)も博士でいらっしゃいます式

 中国語の場合、そのような文は「私の父親は医者です」式に捉えられます。「父親が医者です」に対応する「爸爸是医生」は、なぜか主述句述語になることができません。その理由は謎です。その主述句に、意味上、描写性があって、その主述句が形容詞的役割を果たしている、というのが、現代中国語の主述句述語文の特徴だ(注5)、とされるようですが、こちらはあくまでその特徴についてのご説明です。
 また、韓国語/朝鮮語でも、「におかれては」に対応するとされる「께서는」や「は」に対応するとされる「은/는」ではなく、「私の父親は医者です」式に、「の」に対応するとされる助詞「의」を入れるのが正しい、と添削を受けた経験があります。
 なぜ、中国語や韓国語/朝鮮語において、日本語のように「私は父親が医者です(注7)」と言うのは駄目なのか謎です。他にも「牡蠣(料理)は広島が本場だ」とか「僕は鰻だ」とか「蒟蒻は太らない」とか「芸能人は歯が命」とかのように、象鼻文のある言語で作れるのか、確認しないとまずそうな表現は沢山あります。

【疑問点】

 私は、主題(題目、題、話題)とか、新情報旧情報とか、既知未知とか、主述句述語文とか、そういうお考えには、或る観点から疑問を持っております。勿論、それらのご研究に批判が申し上げたいのではございません。ただ、それらのご研究は、意味の面を明らかにしたもので、その意味は、文法構造とは必ずしも関連があるわけではない、という可能性もあるように思われるのです。
 例えば、上記の、19言語にも、それらの考え方が通用するのであれば、日本語と同じ表現ができてもおかしくないものと思われます。
 ですが、中国語と韓国語/朝鮮語とを見ただけでもそういう風にはなっておりません。文法的には正しいが、そういう表現はしない、という認定になるのかどうかも不明です。
 主題とか、新情報旧情報とか、既知未知とか、主述句述語文とかのお考えをベースにして、文を作るのは非常に難しいことのように私には思われるのです。文を作る際には、何かしらもっとシンプルな説明が、特に外国人学習者の方には必要になってくるように思われるのです。

■参考文献
注1:鈴木博之・四郎翁姆『カムチベット語塔公[Lhagang]方言における述部に標示される証拠性』(言語記述論集10)言語記述研究会2018p24

注1.5:武内紹人『チベット語文法研究』(神戸市外国語大学研究叢書57)2016p33

注a:カンブンシュー・ラピーパン『タイ語の「主題」』(大阪大学学術情報庫)2013p

注b:東京外国語大学言語モジュール > ラオス語 > 文法モジュール > ラオス語概要コース > Lesson03 > Step1/2

注c:宇根祥夫『ベトナム語における〔主題部+題述部〕構文についての一考察』(東京外国語大学論集no.40)1990

注d:東京外国語大学言語モジュール >カンボジア語 > 文法モジュール > 主題

注e:東京外国語大学言語モジュール >マレーシア語 > 文法モジュール > 「~は〇〇が…だ」の表し方

注f:東京外国語大学言語モジュール > インドネシア語 > 文法モジュール > 二重主語文

注g:東京外国語大学言語モジュール > モンゴル語 > 文法モジュール > 標準コース > Lesson22 > Step3/4

注h:横山彰三『A Syntactic Study on the Verb Pattern in Modern Persian(現代ペルシア語における動詞型の統語論的研究)』日本中東学会年報9(0)1994

注i: Soliman Alaaeldin『標準アラビア語の二重主語構文ーゼロ繋辞文を中心にー』(言語情報科学(7))2009

注j:米田信子『スワヒリ語における「〜ハ〜ガ」構文および類似する 構文』(スワヒリ&アフリカ研究(27))2016

注k:東京外国語大学言語モジュール > モンゴル語 > 文法モジュール > 取り立て

注l:星泉『古典チベット語文法 : 『王統明鏡史』(14世紀) に基づいて』東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所2016

注m:栗林裕『言語接触による言語変容の諸問題について-ウイグル語の統語法研究の可能性-』(文化共生学研究 3巻 1号)2005

注2:安本美典・本多正久『日本語の誕生』大修館書店1978
注3:加藤昌彦『ビルマ語の-haと日本語「は」についての覚書』(民博通信No.76)国立民族学博物館1997p90-92,95-96
注4:三野昭一『中国語文法の基礎』三修社1978p161
注5:三野昭一『中国語文法の基礎』三修社1978p30-31
注6:諸橋轍次他『大修館新漢和辞典携帯版』大修館書店1980p33
注7:黒羽栄司『現代日本語文法への12の提案』大修館書店1995p167
注n:アクマタリエワ ジャクシルク『キルギス語』東京外国語大学『語学研究所論集』第17号2012p216-217
注o:吉枝聡子『ペルシア語の所有・存在表現』東京外国語大学『語学研究所論集』第18号2013p363-366
注p:高橋慶治『現代チベット語における動詞の分類』、『国立民族学博物館研究報告17巻2号』人間文化研究機構国立民族学博物館1992p347
注q:牧秀樹『象の鼻から言語学』開拓社2023p7-10


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