月子

本を読む。テレビをみる。パソコンの前に座る。時々活動的になる。

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  • ショートストーリー

  • 四六時中私事

最近の記事

ズレる

 おにぎりの味が薄いとか、歩く歩幅がいつもより大きいとか、私のハヤシライスを一口欲しがらないとか、嬉しいはずの二度寝に何か考え込んでいたりとか…  愛しいつまらない日々がなんだか痛い。  会う約束の無い夜にいきなり来た彼の顔色が悪い。  『どうしたの』と聞けない雰囲気だ。  ただ手を取って部屋へ誘導する。  上着を脱がせて、ソファーに座らせる。  何も話さない彼に抱きつく。  彼も抱き返してくれたけれど、その手は弱々しく気持ちが伝わらない。  それなのに、軽く私を押し倒す

    • 金木犀

       あの角を曲がると長く続く壁からきれいに剪定された金木犀。  花が香り始めると思い出す。  朝は早く家を出て、ゆっくり学校まで行くようにしていた。  この長く続く壁に沿って歩くのが好きで、頭を空っぽにすら時間にしていた。  嫌な事があっても寝たら忘れられればいいのに、なかなか忘れられない。  だから、この壁に手を軽く添えて目を瞑りながら歩くと忘れられる様な気がして時々そうして朝の時間を過ごしていた。    今も私は壁に手を軽く添えて目を瞑り歩いていた。  門の近くまで来たら一

      • 愛しい日々

         私たちは少し似ていた。  散歩が好きで、公園が好きで、おにぎりが好き。  朝の二度寝が好きで、夜更かしが好き。  だからたまのお出かけが嬉しい。  私は普段から料理をほとんどしない。  お米だけは炊いておくけれど、卵とかパウチ食品とかコンビニばっかりだ。  「ごめんね」  と冷蔵庫の中を見せて謝る。  彼は笑って  「うちの冷蔵庫も同じようなものかな』  今日はお米も炊いてなかった。  「どうしよう…」  とふたりで顔を合わせて  「お腹空いた…」  と呟く。  「あっ」

        • 健やかなる時

           偶然なんてない。  そう思っていたのに、目の前に現れた彼に  「偶然…だね」  と言われて、初めて人との繋がりを感じた。  でも2度目の『偶然…だね』の後、言いにくそうに『実は探していた』と言われた時は、やっぱり偶然なんてないんだと思ったが、彼の意志であった事の方が嬉しく思った。  あの時私は無意識に『あとひと駅』だった事を呟いていたらしく、タクシーに乗せてくれた後、会いに行こうと思ってくれていたみたいだ。  「いつも具合悪そうで、前から気になっていたんだ。席変わってあげた

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        • 四六時中私事
          10本

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          はじまり

           目を開けるとキラキラした目が、私を覗き込んでいる。  びっくりした私は意味もなく  「ごめんなさい」と誤った。  「大丈夫ですか?」  低く優しい声が心地よく耳に届く。  「あの…」  何をどう言えばいいのかわからず、言葉にできない私。  「具合が悪いなら病院に行く?それともタクシーまで支えて行く?」  またキラキラした目で私を覗き込む。  (そうだ、車内が混んできて気持ち悪くて途中で降りたんだった。)  ここはどこの駅だろう…とキョロキョロして駅名を確認した。  うちのひ

          はじまり

          会いにくる理由

           蒸し暑さにやられて寝不足気味の私。  でも今は朝からの雨で少し肌寒いくらいだ。  そして隣で手が冷たいと、私の首から背中にかけて暖かい所を探すこの男は多分恋人とは呼べない人。  私がこのマンションに越してきた日はあいにくの雨の日だった。  それでも、多くない荷物に『助かった〜』と話す若い業者さんにお礼を言って予定より早くひとりになれた。  (おまかせプランにしておいて良かった)  濡れた服を脱ぎ捨てて簡単にシャワーを浴びる。  それから細々とした事は後回しにして、下にある

          会いにくる理由

          まだ残っている

           私の不甲斐ない身体と、痛ましい心を持て余しながら淡々と日常を送る。  私は諦めてしまっている。  望んだものが、手に入れられないのはわかっていたから。  『おはよう』を交わす穏やかな朝も、誰かと一緒に食べる満ち足りた食事も、布団を掛けてくれる優しい手も、安心して目を閉じられる『おやすみ』も全て空しくなる。  母は、嫁として祖母や親類たちに認めて欲しかったからなのか、父への並外れた執着を手放したかったからなのか、父に似た子どもが欲しかった。  父はそんなこだわりは無く、少し

          まだ残っている

          今でもある

           「かわいい…」  少しだけ起きている時間が増えた無垢なるものは、オレンジがかったようなアンバーアイで、それさえも心奪われる要因となる。  私の黒い目と髪は怖いと言われて、いとこや知人たちからからかいの対象となっていた。  だから、割と自由な校風だった学校に在学中明るめの髪色に染めたが、定着のため繰り返し染めなくてはいけないうえに、染まりづらい髪質だったらしく、途中で気力も財力も尽きてやめてしまった。  カラコンも目に合わず、涙が止まらなくなり、叶わなかった。  それからは

          今でもある

          あふれる

           目眩があって、顔色も悪かった。  「くるなっ」と思った時には遅く、狭い洗面所で倒れてしまった。  意識はかろうじてあったから、這いずって浴室へ入る。  汚れたTシャツと下着を脱ぎ、シャワーで朱色に染まる床を流す。  痛みと、流しても流しても止まらない出血量に涙が出る。  外出前で良かったけれど、休みの連絡をしないといけないと思うと気が重い。  とりあえず涙を止めたいけれど、痛くって、気持ち悪くって、量多くって、泣きたい気持ちがおさまらない。  何とか着替えをして、ベッドに

          あふれる

          生まれた日

           年に1度私にもやってくる日。  好きになる人は9月生まれの人が多かった。  9月生まれは、素直で真面目で人を裏切ったりしない性格らしい。  確かにそんな感じだったかも。  でも、6月生まれは明るくて話し上手でムードメーカー的存在とか、私に当てはまらないから不確かなものではあるが、都合よく信じてたりもする。  9月生まれの人は好きだから。  この間までほんのちょっと付き合っていた人の誕生日は、同じ月だったから『一緒にお祝いしよう』と言っていたけれど…『お互い様だからプレゼ

          生まれた日

          無垢なるもの

           私には、変わりない時間が流れている。  朝は決まった物を食べ、仕事をして、夜は誰かと過ごす事もあるが、ひとりでいる事が多い。  普通と呼ばれる特に心動かされる事も無い、無意味な時間に幸せを感じている。  私はそれでいいと殺風景なワンルームに安心する生活を送っていた。  私にしては珍しく、長く付き合っている友人から連絡がきた。  妊娠して、慌てて結婚して、引っ越しもしてとこの1年忙しかったみたいだ。  家族だけの小さな結婚式だった為、彼女の花嫁姿は写真でしか見ていない。

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          無為なる日々

           突然母親の干渉が無くなった。  面倒くさくなったのだと思う。  元々料理が得意なわけでもないのに、病院に行くたびに指導を受けるのが嫌になっていったのだと思う。  私は正直なところホッとした。  一緒に診察室に入ろうともしない事に。  美味しくもない料理に感謝する事も。  知り合いとの会話の中に、私を心配する母の様な顔を見る事にも。  だからひとりで医者の話を聞き、ひとりで薬を管理して、ひとりで食事に気をつけた。  難しい事はない、薬は1日2回食事前に飲めばいいし、食事は自

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          情愛の呪い

           母親の胸に縋りついて泣いている。  母親は嬉しそうに、子どもを抱きしめて落ち着かせている。  何故嬉しそうなんだろうと思う私は、ひねくれているのだろうか。  思い出す。  私は暫く貧血外来へ通っていた。  体育館で倒れてから、病院へ行くように勧められて、更に専門でやっている病院を紹介された。  血液検査の結果はあまり良くなく、貧血の程度も強くて顔色も悪い為、鉄剤の内服治療となって病院で渡された貧血についてや、食生活等の冊子を熱心に見ていた母は、私に対して過干渉となっていっ

          情愛の呪い

          くずれる

           何度目かのトラバーチン模様を眺めていつも思う。  『虫みたい』  小さい頃から通うここにはもう慣れた。  でも、初めてここで目が覚めた時は、その後もう眠れないと思った。  あの虫が落ちてくる夢を見そうで、目を閉じられなかった。  泣いて家に帰りたがったが、許してもらえず母を困らせた。  手の中にあるこの赤い錠剤が苦手だ。  初めての時は毒々しく見えて、飲み込むのを拒否した。  この赤い色には慣れないが、飲み込む事には慣れていった。  飲めるが、その後気持ち悪くなるのだ。

          くずれる

          隣り合わせⓂ︎

           うまくいかない  僕が忘れた予定をアラームが知らせる。  どんな時間に起きてもシャワーは浴びる。  シリアルの為の残りの牛乳をそのまま飲む。  いつもの荷物を手に取る。  これで、寝ぐせと忘れ物は無い。  靴は誕生日に貰ったモノを履く。  メッセージを確認しながら外に出る。  今日も多分間に合わない。  大きくは無いけれど、小さく約束を破る。  彼女は僕に何も言わない。  彼女との約束の日に友だちとの約束が被っても、その約束の中に女友だちがいても。  僕の「ごめん」にも何

          隣り合わせⓂ︎

          隣り合わせ®️

           ほんの少しズレている。  私は朝が好き。  朝食の前の一杯の珈琲が好き。  出かける時の荷物は、軽い方がいい。  靴は右から履いて、左から歩き出す。  暑い日は避ける。  お出かけには、よく雨がついてくる。  傘は折り畳み、大きいのはいらない。  本屋へ視察へ行く。  ホームセンターでぐるぐるする。  コンビニ限定アイスを食す。  待ち合わせには5分前に着く。  着けない日は落ち込む。  早くついたら、やっぱり落ち込む。  待ち合わせ人が来たら、立ち位置を少しズレる。  

          隣り合わせ®️