BAR自宅、ホット・バタード・ラム
バーには黒猫がいる。
テーブルの向こう側に座る、真っ黒ツヤツヤの毛並みと金色の目、くたくたのやわらかい体が自慢の、ねこが。
今日はとてもゆったりした日だった。朝もたっぷりベッドにこもって、昼頃にレーズンブレッドをかじって食事を済ませ、指先でトントンと操作したタブレット端末から流れるジャズを聴きながら、飼い主は窓辺で温かな紅茶を飲んでいる。そろそろ夕刻、猫は、今日はまだベッドから出てもいない。
毛足の長いラグと折りたたみの小さなテーブルを窓辺に寄せて、そこにカップと小さなチョコレートを乗せた皿を置き、カーテンを少しだけ開けて外の景色を眺める彼女の横顔を、猫だけが見ている。金色の瞳に映る飼い主はチョコレートをつまんでわずかに笑んだ。
たぶん理想的な休日だ。心も体も十分に休まって、気を張るところがない。彼女の開いた眉根がそれを物語っている。
着古して柔らかくなったトレーナーとサルエルパンツ。もこもこしたスリッパで足元までゆるく包まれて、空気もやんわりとくつろいでいた。
「……ふあ」
大きな欠伸。目尻の涙をぬぐう指。たっぷりと息をして、まだ温かい紅茶を飲む。今の彼女の体には温もりと優しいものだけがたゆたっている。
土曜、の、日差しが淡く色づく時間。
部屋はふんわりと暖められて、窓ガラスの向こうのまだひんやりとした空気を遠く見ている。街は刻々とオレンジに染まり、それを眺めていられるだけのなんとも幸福な窓辺だった。
紅茶を飲み干した彼女が、もう一杯飲むかどうかと迷っているのが分かる。
チョコレートはまだ残っている。心穏やかなこの時間を切り上げるにはまだ早い。
違う茶葉にしようか、それともホットミルクにしようか。
カフェオレもいいかもしれない。それとも、それとも……
「あ、」
ハッと目を輝かせて、彼女は不意に――バーメイドの顔をした。
「ラム酒があった」
読んでいただいてありがとうございます。サポートくださったら、それで美味しいものを食べて生きます!