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何故市政に?挑戦するそもそものきっかけ。

今日は良く聞かれることについて投稿します。

私は母を2017年4月22日に癌で亡くし、そして父が2021年8月19日に急死。
40代のうちに両親を亡くすなんて夢にも思いませんでした。

私はお世辞にも出来の良かった子ではありません。
これは、謙遜してるのでもなんでもなく本当にどうしようもない奴でした。

何もかもが中途半端で、ミスター中途半端みたいなやつでした。
ここでは話は割愛しますが今の僕があるのはどんな立場に陥っても
僕の味方であり続けてくれたことに尽きると思います。

私には今子供が三人いて、上の二人は妻の連れ子で
人とは違う子育ての順番を経験しています。

なのではじめての子育てが小学校低学年スタートでした。

もともと子供好きというわけでもなく、子供との付き合い方も知らない私は
結果、お父さんになろうとしたことは無く、好きな人の大事な子供という認識でした。

好きな人の大事な血を分けた子供は大事という単純なことです。
女の子というのもあり、ただただ、真正面から自分ありのまま
いろんなことを経験させてやりたいと大事にする一心でで接してきたと思います。
阿波踊りなんかは本当に親馬鹿ながらピカ一でした。

そして下の子は一年遅れで小1から息子となりました。
私が小さいころ上品に育てられて心の弱い子だったので、男の子はガッツが必要という考えと、息子のあまりに天然な性格から
かなりスパルタに育てたと思います。

あんなにいつも私に怒られていた息子でしたが
今は、少年野球でも阿波踊りでも抜群のガッツで挑んでます。

友人のように接してきた証として、僕の呼び名はいまだに
『あんぱん』です(笑) 
(顔が大きいのでアンパンマンみたいって娘の第一印象からついたあだ名)

そしてその後一番下が生まれ、現在4歳。

生まれたてからは初めての子育てなので今も手探りです。

上の二人をがむしゃらに育ててきた分、初めての一番下の子育てに思うことがいっぱいあります。

それは、子を育てながら思う両親の目線。

先にも言いましたが僕は両親を亡くしてしまいました。
両親を亡くしたということは当たり前ですがもう話もできないし
何か聞きたくても何も聞けないということです。

私はこんな時どうだったんだろうか?
とか
こんなときはどう対処すればいいのか?
とか
そんなことが聞けないんですね。

そんな中子供を育ててきていつも思うのは親の背中。

私は真っ正直な両親に育てられたおかげで道を外しきることだけは無く
両親が共通に持っていた自己犠牲の精神だけは
兄妹で受け継いでいると思います。

子供たちのためにとか、若者のために、という理由は
その両親の教えてくれたその精神が一番必要なのはどこだろう?
と考えました。

政治というものが、自己顕示欲や自己満足や口先だけになっているのなら。
必要な人材は?

そしてここは子育てと同じなのですが。
絶望的な街の状況にもかかわらず若者が政治に目を向けることがないのは
それをわかってくれようとするオッサンががいないから。
要するに政治家の背中が若者にとってカッコ良くないってことですよ。

若者が選挙に行かないって駄目!選挙に行こう!なんていうのはナンセンスで、選挙に行きたいって思わせない候補者のほうに問題があるんだと思うんです。
そもそも議員になろうとした時の得票数なんて浮動票だけで取れないとおかしいし、なにせ半分くらいの人が選挙に行かないんですから。
その体たらくを恥じるべきであって
自らを戒めるべき立場のはずの人間があたかも立派なふるまいをしているほうがおかしいんですよね。

その時点で市民目線なんて成り立っていないし、事実、市民そっちのけで政治がおこなわれている。

私はは甘っちょろいのかわからないですが、その気持ちだけは山盛り持ってますし、その真意が伝われば、選挙に行かない若者たちが、若者のために
身をささげようとしてる背中が見せられれば、その力で街を変えられるって本気で信じてるんです。 そして実現したい。

次世代の若者がチャレンジしたいって思えるような場所にするため
どうしてもいかなければならないって強く思ってます。

我々のようなオッサンが若者にかっこいいって思える背中を見せないといけないんです。

僕の両親が教えてくれた精神でこの街を変えたい。
若者の意識を変えたい。

僕がやりたいじゃない、市民がやりたいを代弁して遂行するために尽力する人間になりたい、その一心です。

そんな思いからの決意。
親を亡くし、日々過ごしておりますと、「親の背中を見て育つ。」という言葉のとおり、未だ、両親から教育をしてもらっているんだな。と、実感する毎日です。
今、子供を持つ親として、いろんなことを考えておりますと、
自分は、これから何をすべきなのか? 両親に育てられたこの身を何に捧げるべきなのか? 自分を顧みず、「人」という精神を受け継げているのか?
自問自答し、その結果として、今回挑戦することを決意いたしました。
「人のために、何かをする」とは、何だろうか? そう思い至った結果の挑戦です。

私にとっての闘いはもうすぐそこ。
今は己と闘いながら、想いを爆発させることを
人生の集大成として目いっぱい挑もうと思います。

自分がそこに絶対必要と感じたし、絶対になさねばならぬことと思っております。

世の若者のための若者とオッサンのコラボがすなわちオッサンレボリューションです!

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