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ミッチーの私服

彼氏が及川光博氏に似ている。
私が言っているのではない。
私の弟がそう言っているのだ。
彼氏に初めて会ったとき、『相棒』にハマっていた弟はめちゃくちゃ興奮して彼氏に握手を求め、連絡先を聞いていた。

ミッチーが年をとったら、たぶんあんな感じになると思う!

彼氏が帰ったあとで弟はしきりに繰り返していたが、ミッチーこと及川光博氏は1969年生まれ
私と同じ1994年生まれの彼氏の、25歳上である。
四半世紀もの年齢差を感じさせない、むしろ年下よりも若く見えるなんて、ただごとではない。
ミッチーの若々しさ、おそるべし。

それはさておき、一重のまぶたといい、鼻から口元にかけての雰囲気といい、言われてみればミッチーと彼氏は顔の系統がやや近い。
ミッチーからきらびやかなスター性と艷やかな色気を強奪してもう少しだけ面長にすれば、そこそこ彼氏に近い容貌になるような気はする。黒縁眼鏡をかけている写真は、特に。

最近そんな彼氏との間で、服装改革計画が持ち上がっている。
発端は彼の父親の一言だった。
少し前に彼と彼の両親、および私の四人で食事に行ったときのことだ。

食事の合間に、お父さんから「つるちゃんとしては、こんなおじさんみたいな服着た彼氏嫌やろ?」と聞かれた。
うぐ、と言葉に詰まる。
だって彼氏が着ているのは、元はお父さんのシャツだったのだ。
「嫌ですね」と言えばお父さんがたぶん地味に傷つくし、「嫌じゃないです!」は白々しい。
本音を言えば、ちょっと嫌なのだ

彼はどう見てもLサイズの体格なのに、TシャツもワイシャツもMサイズしか持っていない。
筋トレにハマる前に買ったMサイズのTシャツと、お父さんのお下がりのMサイズのシャツを「着られるなら無問題」と半ば無理やり着ているからだ。

屈強な肉体がシャツの中に詰め放題のごとくぎゅうぎゅうに押し込められているのは、正直言って目のやり場に困る。
彼とまだ友人だったころ、私は自分の友人たちに彼のことを話すとき「ピチT」というあだ名で呼び、 「服着てるのにまるで猥褻物!」とサークルの集合写真を見せて密かにはしゃいでいた。ひどい話だ。

それにしても困った。お父さんになんて答えよう。半笑いで流してしまおうとしたが、穏やかに微笑む彼はじっと答えを待つ姿勢を崩さない。

「柄は渋くて似合ってると思いますけど、筋トレを始めて以降は体格も変わったし、新しいのを買ってもいいかも〜とは思いますねぇ」
これでどうでしょう?

「そうか、やっぱりなぁ」と頷くお父さん。
「俺が言うのも変だけど、たまには服を見立ててやってくれたら嬉しいわぁ」
「もちろんです、一緒に買いに行きます!」
そう勢いよく安請け合いした。

で、だ。
結局私たちは「そのうち買いに行くべ」と言い合ったまま、夏は暑いので部屋でゲームをし、冬は寒いので部屋でゲームをして過ごしていた。
なんだか書き覚えのある言葉だなぁとふと気になって過去記事を漁ってみたら、2020年12月に「ラブラブになるべくGUに行き、私たちは戦友になった」のなかでほとんど同じようなことを家から出ない言い訳にしていた。

あれから二年も経ったのに、変わらない出不精。
今年も寒いし、別に無理して買いに行くこともないかと油断していたら、突如黒船が襲来した。
彼の両親から、まんぼう(まん延防止等重点措置)が明けたら一緒に伊豆へ旅行に行こうとお誘いがきたのだ。

やべえ。
私はオシャンになった彼氏をお父さんに見せねばと慌てて立ち上がり、彼は「これを機にあんたはリサイクルショップ以外の店でそれなりの服を買って、それに慣れていこうや」と浮足立った。

我々のファッションに対する意識は、そこそこ対極にある。
親のお下がりのブランド物を体型が変わっても何年も着続ける彼氏とは異なり、私は大学一年生のころからずっと、リサイクルショップで105円の洋服を季節ごとに売買している。

105円の服」というこだわりしかないため、スタイルや色の系統はまったく統一感がない。
平日の仕事にはセーターにゴムのロングスカートといった、いつでも夜行バスに乗れそうなゆるゆるの服を着ていき(仕事で夜行に乗る機会はないけれど)、休日になると模様が派手だったりレースだったり光沢のある素材の「ちょっとしたパーティに行けそうな服」を着て図書館へ行ったりする(ちなみに「ちょっとしたパーティ」にお呼ばれしたことはいまだかつてない)。

彼の言うように、そろそろ平日休日の中間くらいのテンションの服を105円以上の金額を出して買ってもいい時期なのかもしれない。

それぞれの課題を抱えた私たちは次の週末に服屋に行く段取りを立てた。
さっそく二人で彼に似合う服を探すべくInstagramで「 #メンズファッション 」「 #メンズコーデ 」と検索をする。

が、なかなかピンとくるものがない。
インスタに写真を上げるイマドキ男子と彼氏とは、あまりにも体格や雰囲気がかけ離れている。
もうちょい年代を上げて検索すると……あぁ、これは完璧なおじさんだ。
お父さんの服を着るのと大差ないな。

そんなふうに唸りながらネットの海を溺れていたときに、不意にミッチーのことを思い出した。
彼は普段どんな服を着ているんだろう。
顔が似ているのだから、きっと似たような服を買えば間違いないはず。

さっそく「及川光博 私服」で検索した。
ところが。
ミッチーは、国民的スターのミッチーは。

いついかなる時も、キメキメだった。


わざわざ検索欄に「私服」と入れているにもかかわらず、光沢のある派手な色のスーツを着て足をカッコよくクロスして立つ彼の写真か、猫が狂喜してじゃれつきそうなヒラヒラした紐が袖から大量にぶら下がっている王子のような服を着て微笑む写真ばかりが大量に出てくる。

私服は?し・ふ・くー!

そんな私の心の叫びなどまったく聞こえないふりをして、爽やかに、艶やかに、きらびやかに微笑むミッチー。
ひょっとして私服がカメラに写らない呪いでもかかってるんか?とでも疑いたくなるくらい、彼の私服は神秘のベールに包まれている。

検索し疲れた私の頭に、突然考えてはいけないことが降りかかる。

ひょっとして、ミッチーの私服もイケてないのでは?

そう考えると、キマった写真しか出てこない不自然な検索結果にも納得がいく。
でも、あのミッチーに「私服ダサいよね」なんて言える人がいるとは思えない。
だって相手はミッチーなのだ。
ファンを「ベイベー」と呼び、「王子」と呼ばれるミッチーだ。

ミッチーはそれでもいいのかもしれない。
でも私の彼氏は、ただの私の彼氏だ。
頼むよミッチー、あなたの私服を見せておくれよ。

スターとはいえ52歳の服装を参考にしようとしている時点で、やっぱりお父さんのお下がりとどっこいどっこいかもしれないけれど。


***
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