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本を作る理由、売る理由

自力で本を作ってからというもの、本づくりに興味がある人から相談されることがずいぶん増えた。
noteで繋がっている人も、リアルな知人も。

もう作ると決めている人の質問は実に具体的だ。
「印刷所はどうしてここにしたの?」「経費はどのくらいかかった?何部作ったの?」「noteに書いてた文フリの準備についてもう少し詳しく聞きたいんだけど」等々、前に進むための情報集めという感じがする。

「印刷所は栄光で、表紙を担当しているイラストレーターの編屋さつきさんが使っていていいと思ったから」「印刷費は200部で10万円くらい。ほかの印刷所よりは高めみたい」「文フリの準備は大きく分けると宣伝とカタログ登録とディスプレイと荷造りがあってね……」と自身の経験をそのまま伝えると、その人たちは颯爽と前に突き進んでいく。

その一方で、いずれ作りたいと思っているけれどそれがいつになるのか、そもそも本当に作るかどうか定まっていない人もいる。
そのなかの一部から「あなたはいま◯人フォロワーがいるから、私もフォロワーが◯人を超えるまでは本は作らない方がいいかな」「売れるためには、フォロワーを増やすにはどうしたらいいの」といった、私を基準にしてもあまり意味がないような、あるいは私自身もよくわかっていないことを尋ねられることがある。
そういう質問に関してはあまり力になれなくてごめん、と思う。

こんなふうに具体的なものから抽象的なものまで、「本を作る、作るかもしれない」から出てくる疑問点はとにかく多い。
それをどうやって、何を考えて一つずつプチプチ潰していったのか、あるいは無視して準備を進めたのか。

先日12月16日に開かれたへんいちさんの勉強会「noteの先に出版はありか」は、そんなことを振り返るきっかけになった会だった。
ご参加いただいた皆々様、本当にありがとうございました。


へんいちさんのレポはこちら。
※メンバーシップ会員向けの一部有料記事です。

本を作ること

私はゲストとしてへんいちさんからの質問に一問一答形式で答えていったのだけれど、そこで改めて感じたのは「私の本づくりのほぼすべての選択は、祖母が軸になっていること」だった。

まずそもそも本づくりのきっかけが、祖母からもたらされたものだった。
商業出版に掲載されたエッセイを見せたら、「あなたのエッセイは一編だけなの?私はあなたのエッセイで満ちた本が読みたいのに」と言われたのだ。

だから私は、自分の書き溜めてきた文章を紙の本にすることにした。
電子書籍ではなくて紙で出した理由をへんいちさんに聞かれたけれど、祖母が読者という時点で電子の選択肢はゼロだった。
だって老眼がしんどい、椅子に座ってパソコンするの疲れるって言ってたし。

そして「出版を妨げる感情や葛藤、制約、条件はなかったか」という質問には、「本の完成までに祖母が死んでしまうことが一番怖かったから、祖母が死ぬまでに作るという可視化できない時間的制約があった」と答えた。
振り返ると本づくりのこまごましたことを相談できる人がいなかったのは少し心細かったとは思うものの、祖母が嬉々として自分の寿命をチラつかせてくるから、疑問点があろうが悩もうが、とにかく前進あるのみだったのだ。

初めて作った『春夏秋冬、ビール日和』は、そんな祖母に「埼玉での一人暮らし、すごく楽しいです」と伝える長い長い手紙みたいなエッセイ集になった。

へんいちさんが事前に集めてくれた質問に「最初に出した本の改善点は?」というものがあったのだけれど、私自身の文章や本の装幀に関しては、正直ほとんどない。
「これがつる・るるるの2021年の全力投球です!どうぞ!」という感じだ。

「ゲストとして一人暮らしのころのエピソードを書いてくれない?」と母親(祖母にとっては息子の妻)に依頼したらなぜかがっつり近況報告エッセイが届いてしまうというアクシデントが発生したので「今後誰かに依頼するときはくどいほどテーマをちゃんと伝えるようにする!」と心に誓ったけれど、『〜ビール日和』に関してはその初々しさも含めて正直気に入っている。

そんな『春夏秋冬、ビール日和』は初版70部、重版100部を経て先日完売した。
三刷するよりは新しい本を作りたいので、紙の本はもう印刷する予定はない。
とはいえ品切れにしておくのももったいないのよねぇ……と言っていたら、なんと友だちの橘鶫さんがKindle版の原稿を作ってくれた。
扉などは画像化して書籍版と同じに、本文は級数やフォントを変えられるテキストに、という手間暇かかりまくりの作品である。

以下のURLから購入や試し読みができるので、ぜひ。

さて、『春夏秋冬、ビール日和』はじめ、他の2冊でも共通して心掛けていることがある。
それは、「祖母を置いていかない文章にすること」。
『~ビール日和』刊行時に90歳、現在92歳の祖母が知らないと思われる単語は極力使わないように、やむを得ず使うときには必ず補足を入れるようにしている。
たとえ話などで人名などを使うときには「お笑い芸人の〇〇が~」や「〇〇は△△な雰囲気の作品を書く作家で~」等、その人を知らなくてもざっくり伝わるように職業や作風等の軽い説明を補っている。
とはいえ、しつこくなると本筋から違う方向に意識がそれてしまいそうになるので、その塩梅は毎回手探りでちょっとだけ苦しい。

だから文子さんから「文章がひとつひとつ丁寧で、でも緩慢さを感じさせない」という感想をもらったときは、「狙っていたこと、目指していたことを感じ取ってくれてる人がいる!」と、とっても嬉しかった。文子さん、その節は本当にありがとうございました。

こうして振り返ると、私がわりと迷わずに本を作って来られたのは、中心にでんと祖母が居座っていたからとしかいえない。
なるたけ多くの人に届いてほしいけれど、一番読んでほしいのは祖母。
その軸がなかったら、媒体や制作期間、一度書いた文章に手を入れる方針はきっとここまですんなり決まらなかった。以前人にそれらを相談されたときに「自分の好きなようにやればいいと思うよ!」なんて適当に返してしまったことを、ちょっと申し訳なく思う。

とはいえ本を作る目的はみんな基本的にバラバラで、きっと共通しているのは「作りたいから作る」という思いくらいだろう。
勉強会の最後で「本を作りたいと思っている人に伝えたいメッセージは?」と聞かれて、「悩みがなくなるまでは本は作れない」という人もいるけど、悩みがなくなることなんてない。だから作りたいと思ったときを逃さずに作ればいいと思う、という旨を伝えた。

やろうと思った瞬間から着手する人。
じっくり時間をかけてモチベーションを高めたい人。
祖母に尻を叩かれて慌てて作る人。

思いが熟すタイミングも、走り出すタイミングも、その速さも、みんな違う。
「みんなちがって、みんないい」。
本づくりにも言えることだなと思う。

本を売ること

そうして作った本を、どこで、どうやって売るか
そんな話でも盛り上がった。
私の本は出版社が制作費や在庫管理を負担する商業出版ではなく、自分で制作費を負担し自宅に在庫を抱える趣味の本である。
そうした都合を考えると、私にとっては一冊200部くらいが妥当なところ。

販路は主に、ネットショップと文学フリマでの手売り。
今のところは、刊行直後のネットショップと文学フリマで100部ほどが売れて、残りの100部を時間をかけてじっくり売っていくようなサイクルだ。

ちょうどいま、昨年作った『「お邪魔します」が「ただいま」になった日』の在庫が30部弱となり、あと2~3回文フリに出たら完売かなという状態である。
手元の本が少なくなっていくのはホッとする一方、少しさみしい。

文フリについては、へんいちさんは苦い思いを抱いているらしい。

文学の存続の危機を救うのがこのイベントの大義だし、この場のおかげで活動を発表できる人たちが多くいることは否定しない。
しかし、逆にもっと大きく羽ばたける実力を持っている人たちが、一定のレベルにとどまる原因にもなっているのではないか。
イベントを支え居並ぶ協賛企業から見えるのは袋小路の未来だ。

https://note.com/virgin_flight/n/ndf640a42e103

こんなことを思っていたのに文フリ大阪まで来てもらっちゃってごめんなさい!
そして私のことを上記の「もっと大きく羽ばたける実力を持っている人」と感じていてくれていること、熱意をもって文フリの危険性を伝えてくれたこともとてもありがたかった。

へんいちさんが出版業界における文フリに編集サイドから警鐘を鳴らしたのとは別に、私も文フリについて出店者として思うところがある。

それはイベントの拡大に応じて求められる、本づくり以外のスキルについて。
文フリ東京の反省として以前少し書いたけれど、膨大なブースのなかから自分のブースに人を呼び込もうと思ったら魅力的な本づくりは当然のこととして、それに事前の宣伝や当日の販売接客スキル、ディスプレイの工夫などのこってりした準備が加わってくる。

出店数が増え、お客さんの事前リサーチ熱が上がっているのはありがたいことではあるけれど、「本づくりは好きだけど売ったり宣伝したりするのは苦手な人」が販売するにはハードルの高いイベントになってきている気がする。それは拡大したイベントの、避けられない運命なのかもしれないけど。

いまのところ私自身は販売の試行錯誤も含めて楽しんでいるけれど、そのうちそれを億劫に思う日は来るだろうなと感じている。
そして文フリ自体に特別に恩義を感じているわけでもないから、もし他に楽しそうなイベントがあったらふらっと鞍替えしてしまうかもしれない。

ただ、こんなことを言っておいて私……2月25日(日)の文学フリマ広島とき子さんと出るんです。
ちなみにSHIGE姐さんもご出店とのこと!
皐月まうさんカナヅチ猫さんのお二方も!
さらにウミネコチームの某支部の面々がいらっしゃるとのウワサも。わーい!

へんいちさんからお聞きした問題点を心に留めつつも、それはそれとして楽しめる間は存分に楽しむ。
そういうスタンスでこれからも出店は続けていきたいと思っている。
だって、とき子さんとワイワイしたいんだもの!
noterさん、Xのフォロワーさんをはじめとした読者の方々に会いたいし!
読者の方からもらえる生感想は心の栄養だし!

イベント自体を楽しむことと、その輪の外に出ていくタイミングを窺うこと。
仲間とはしゃぐことと、己の文章力を高めること。
それはきっと両立し得るんじゃないかと思う、というか両立させたい。

何を考えて作ってきたのか、どうして売っているのか、そしてこれからどうしていきたいのか。
普段は本づくりやイベントに追われていて、あまりゆっくり考えたことのない話がたくさんできたへんいちさんの勉強会。
「本を作りたい人のために自分の経験を話す」という機会を通して、私自身もとても勉強させてもらった。
この勉強会を踏まえて来年さらに羽ばたけるよう、じっくり考えていきたい。

【宣伝】
私のネットショップ、Kindle本はこちら。

【後日談】
先日の勉強会を受けて、SHIGE姐さんがさっそく文章を本にする方法を記事にしてくれました!「コピー本編」ってことは……これからいろいろな方法をご紹介いただけそうな予感♪
それにしても、いまどきのコンビニすごすぎる!
そして軽いノリで楽しく作れてしまえそうなお役立ちサイトがたくさん紹介されています。


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