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埼玉より、シロクマを想う

夏が殺しにかかってきた。
つい先日まで執念深く雨を降らせまくっていたくせに、いきなりの手のひら返し。
梅雨明けがあれほど待ち遠しかったとはいえ、晴天・灼熱・直射日光がこう何日も続くとさすがにげんなりしてくる。
日曜日、目覚めると部屋が暑さに埋もれていた。五感すべてが夏に呻いているのがわかる、そんな朝だった。

「その日 人類は思い出した ヤツら()に支配されていた恐怖を… 鳥籠(部屋)の中に囚われていた屈辱を……」(『進撃の巨人』冒頭シーンより)とひとりごち、シャワーを浴びて逃げるように図書館に向かった。

チャリを漕ぐこと15分。図書館に愛車を停めて自動ドアをくぐると、ハッとするような冷気が全身に染み込んでくる。あぁ、極楽。
本当は一日中いたいところだが、二時間までと決められているうえ座席の利用は一時間制になってしまっている。

かっきり一時間座席を利用し、もう一時間じっくりと本を選んで図書館を後にした。
冷房の効いた部屋から外に出た時の包み込むような熱気が、30秒だけ好きだ。真っ青な空を仰いで、灼けるアスファルトを嗅いで、「ああ、夏だなぁ」とほんのりと幸福になる。
けれどその感動も30秒後には、あっさりと不快な胸焼けに変わってしまう。

なんだかんだ昼前には外での用事が済んでしまったので、こまめに商店に入って涼みながら愛しのワンルームに帰った。
ドアを開けると、朝以上の熱気に出迎えられて後悔する。もう少しゆっくり帰ってくればよかった。いったいこの部屋、今何度なんだろう。
靴を脱ぐのももどかしく温度計へと急ぎ、目盛りを見て愕然とした。

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40度近いじゃん!

風鈴はほどよく鳴っている。
ゴーヤの葉も風に揺れている。
冷却タオルも首に巻いている。

それでもなお、この暑さ。
扇風機を回したが、熱風が室内を循環するだけで一向に涼しくなる気配はない。

エアコンを入れる前にまだできることがあるとすれば、何だろう。
少し考えて、怪談を読むことにした。
今しがた借りてきた、松原タニシ著『恐い間取り』。
これは「事故物件住みます芸人」の松原さんが実際に住んだアパートで起きた心霊現象や芸人仲間から聞いた話、心霊スポットに行った話を書いた体験談である。

きっかけはテレビに出るために「事故物件で幽霊を撮影できたらギャラがもらえる」企画に参加したという松原さん。
金やテレビ出演と引き換えに危険や恐怖を強要するなんて、なんというアコギな世界。生きた人間たちのバラエティに対する貪欲さ、求められる過激さにドン引きしながら読み進める。

淡々と綴られる、事故物件での日々。
飛び交うオーブ(丸い発光体)、画面に映り込む死神のような影、マネージャー陣から嫌がられる怪電話……。
そうした体験ももちろんゾッとするけれど、それ以上に怖かったのは、その部屋に住むとひき逃げに遭う、自殺してしまう、推定殺人犯が訪ねてくる等の実害だった。

そんな危険を冒してまで住むなよ!とも思うけれど、彼自身は「“死”を身近に感じる事故物件に住むことで、奇しくも僕は“生きる”ことについてより考えさせられたのでした」と前向きにまとめつつ、
こうしている間にも、毎日数十件もの事故物件が日本で誕生しています」と事故物件の身近さを強調してもいる。
その言葉に今の部屋を事故物件にしないためにもしっかりと生きねばと奮起する一方、どんどん引っ越しにくくなるじゃないかと焦りも感じた。

さりとて体感温度は一向に下がらなかったので、昼ごはんを食べることにした。
暑すぎてお腹が空いているのかどうかもよくわからないけれど、ここで何かを摂取しないと本格的に夏バテになりそう。

最近のイチオシは「飲む冷奴」。
豆乳に醤油を垂らして撹拌し、鰹節を浮かべるだけのお手軽ドリンクである。
かなりお腹も膨れるうえ、「栄養摂った感」が強いので、身体が固形物を受けつけない時におすすめだ。

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冷奴を飲みながら、始まったばかりの夏を振り返る。
今年の私は、かなり夏との共存を意識したつもりだった。
これまでに書いてきたとおり、まずは風鈴を買い、

次にゴーヤを育てた。

何かほかに部屋を冷やす方法はないものだろうか。あるいは、日が沈むまでもう一度図書館かスーパーにでも避難しようか。本と定期だけ持って電車に乗るのもありかも。
とりあえずペタつく服を剥がしながら考える。
そうだ。懐かしい夏の歌を聴いて、暑さごと青春にしてしまおう。そうすれば着替えなくて済むし、手っ取り早い。思いつくままに曲名をスマホに打ち込む。

タッチ」や「エルクンバンチェロ」、「コンバットマーチ」……ってこれは高校野球の応援ソングじゃないか!
夏メロには違いないけれど、うっとおしい。

夏の音楽といえば……「風紋」「課題曲Ⅰ マーチ・ライヴリーアベニュー」「課題曲Ⅲ 吹奏楽のための綺想曲「じゅげむ」」……。
そっか。季節の流行歌なんて、教室でお昼を食べた時かコンビニか百均くらいでしか聴いていないのか。
部活漬けの高校時代を思い出して、ひっそりと笑う。
諦めて懐かしの吹奏楽曲を流しながら、凍らせたヨーグルトをほじくる。


……だめだぁ。やっぱり暑いものは暑い
真夏の体育館での練習や「一日休んだら三日分退化してしまう」という先輩の言葉、常に誰かが号泣していたコンクール前などのしんどい思い出ばかりが蘇ってきて、気持ち的にも暑苦しくなってきた。
ま、そもそも下着姿であぐらをかいている時点で、青春らしさなんて纏えるわけないですよね。青春作戦は諦めよう。

仕方なくビールで身体を内側から冷やしながら、毎夏おなじみの悩みに落ち込むことにした。

毎年エアコンをつけるか迷うたびに、「私は、ていうか人類は、生きていていいのだろうか」とかなり真剣に考える。
子どもの頃から繰り返し聞かされてきた、世界の氷が溶け生きものの生態系が乱れているという警鐘。
エアコンのリモコンを手に取るたびにその話を思い出して、リモコンを壁に戻したりやっぱり手に取ったりと逡巡してしまう。

もしも自分かシロクマ、どちらかしか助からないとしたら。
困っている生きもの代表は、別にシロクマじゃなくてペンギンでも、アザラシでもいいのだけれど。
ともかく自分が快適さを求めることで、どこかの世界が大きく損なわれてしまうのなら。そう思うと、リモコンのボタンを押せなくなる。
暑さと罪悪感を天秤にかけると、たいてい勝つのは罪悪感だ。
その結果ここ数年の夏は、日中は涼を求めて転々とし、夕方以降は溶けるように眠る生活に落ち着いてきた。

他にも電力を大量消費する機器はたくさんあるのに真っ先に脳裏に浮かぶのがエアコンであるのも、悲痛な眼差しでぐったりしているのがシロクマなのも、おそらくそれまでの学校教育の刷り込みによるものだと思う。
けれど一度考え始めると、電柱でだべるカラスも道で出会う野良猫も紫陽花に集うカタツムリも、その他地球上の生物のほとんどが「マジで人類滅んでほしい」と願っているのではないかと思えてきて、本当に本当に悲しくなってしまう。
人間の存在を許容してくれそうな生きものなんて、ゴキくらいではなかろうか。つらい。

けれどその一方で、エアコンをつけずに熱中症で亡くなる人も毎年一定数いる。
「義父がエアコン使ってくれなくて本当に迷惑」的なお悩み相談や、頑固さや健康志向が命取りになってしまったやり切れないエピソードもネットから流れてきて、どうしたらいいのかわからなくなる。

このアパートで熱中症に倒れたら、大好きなこの部屋は事故物件になってしまう。夏バテ女の怨霊が住まう部屋なんて、なかなか借り手がつかなそうだ。
けれど冷房をつけたら、シロクマたちの命を脅かしてしまう……。
結局毎年胸を痛めているくせに、人の方を向くべきか、動物の方を向くべきか、いまだに答えは出ていない。

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お役立ち感は皆無なのですが、メディアパルさんの企画「#ひとり暮らしのエピソード」に参加させていただきます。


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