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美味しいのよ 〜自由奔放な母、タモヨ その1〜 #010

母の名前は「タモヨ」という。もう十年以上離れて暮らしているが、実家に帰ると、母が最近作るのに凝っているらしい料理が出てくる。例えば塩漬けレモン、トマトと玉ねぎの甘酢サラダ、塩こうじの鶏肉、じっくり煮込んだスパイスカレー、ホームベーカリーで焼いたパンなどだ。

「これ、美味しいのよ」

タモヨは食べる前から、こう言ってくる。そして口に入れ、味わおうとしている時に、すぐさま重ねて言う。

「これ、美味しいでしょ?」
「…うん、そうだね。この組み合わせは珍しいね。…ちょっと今よく味わってる」
「これね、美味しいのよ。評判で、また作ってってみんなに言われるのよ」
「そうなんだ」
「この間テレビで観たのよね。作ったら簡単なのよ。あんたたちも作ったらいいわ。もっと食べなさいよ」
「他のものもたくさんあるから、そっちも食べたいんだけど」
「持ってくるわね、美味しいから」

たしかに、とても美味しくはある。母の料理は昔から好きだ。タモヨは愛情たっぷりの山盛りで持ってくる。

「これね、美味しいからね、持って帰る?」
「いや…うち今、冷蔵庫に食べ物たくさんあるんだよね」
「包んどくわよ」

そう、タモヨは基本的に人の話をまったく聞いていないのである。

昔からこんなに人の話を聞いていなかったかどうかはあまり覚えていないが、父によると昔からそうだったという。タモヨは、父とおばと三人暮らしだが、父もおばもあまり話さないから、喋りたくて仕方ないのかもしれない。

この間父が、妻が髪をショートにしたことに気づいて「髪短くしたんだね」と言った時、「私も切ったのよ。15cm! 似合うでしょ!」と、会話をしている二人の間に頭を差し出し、タモヨは勢いよくカットインした。

タモヨは毎年の誕生日プレゼントに、競泳用の水着を希望する。水泳教室で着るためなのだが、この間の誕生日に贈った直後、なぜか、食卓の前で着用した写真をLINEで送ってきた。「お父さんが撮ってくれて、似合うって言ってくれました」と笑顔で、「頑張ります、スイミングーー」と謎の意気込みだ。息子としては、古希を過ぎた母の水着姿は別段見たくもないし、足元が健康サンダルなのが気になるが、父に褒められ嬉しそうにしているのは良いことである。

2023年9月28日執筆、2023年10月8日投稿


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