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ショートショート。のようなもの#10『サナギ』

「…なんなのよ。こんなことなら、人間がサナギになる時代になんかに産まれなければよかった。」
高校の帰り道、私はポツリと呟いた。

 もうサナギにならないといけない年頃なのに、私はサナギになるための、サナギ袋を買ってもらえなかった。
 原因は簡単だ。うちが貧乏だから。それだけ。
 でも本当は、パパもママもお金を持っているのを私は知っている。
 だって、趣味のスポーツカーや、ブランド物のバックは沢山持ってるもん。
 私にはお金をかけないのだ。勉強がよく出来て、いつも明るい弟にはお金をかける。 
 でも、私にはお金をかけない。
 だから、18歳の誕生日を迎えてサナギにならないといけないというのに、サナギ袋を買ってもらえなかった。
 それで、私は、一人で、とぼとぼ街を彷徨うように歩いていた─。

 誰が決めたか、わからないけど18歳になった人間の子供は、2年間のサナギ期間を経て、成人になることが定められた。
 昔はそうじゃなかったんだって。
 子供から大人になるときは、ぬるーっとなっていったそうだ。
 それが「今日から大人だ。」と線引きがしやすいようにサナギ期間が設けられた。…みたいなことを先生が言ってたような気がする。

 そんなことを思い出しながら、私は、この2年間をどう過ごそうかボヤーッと考えていた。

 本当は、どうだっていいんだけど。人生なんか。

 私は、無意識のうちに街の外れにある雑木林へ足が向いていた。
 街のあちこちでは、卒業式を終えたばかりの同年代の子供たちがサナギになり始めている。

 ─4.5人の男女グループが輪を作ってサナギ袋に入ろうとしていたり…。
 野球部の仲間同士だろうか?ユニホーム姿で、勢い任せでわけの分からない掛け声をかけながら、ズボッとサナギ袋に頭を突っ込んだり…。
 すぐそこでは、二人組の女子が、嘘くさい別れのセリフを言いながら、手を繋いで二人で袋に入っていった。
 こっちでは、メガネをかけた男子が母親に心配されながら袋を入るのを躊躇している。
  そして、一番目障りなのは、痛いカップルが泣きながら、イチャついて一つのカップル用のサナギ袋を入ろうとしている光景だ─。
 
「…ちぇっ。なんなの、みんなよくやるわ。くだらない。あんなのに頼らなくちゃ“オトナ”になれないの?
結局、みんなイベント事にして盛り上がりたいだけでしょ?第一、考えただけでキモい。だって、サナギになるとき袋の中で体が溶けてドロッドロになるのよ。マジ、グロすぎー。そんなことよくやるわー」
 私は、酔っ払いのおっさんみたいに体をぐでんぐでんさせながら、力なく叫んだ。
 でも、そんな光景から目を背けたくても、この時期になると自ずと至る所から目に入ってくる。

 目の前のショッピングモールの大きなモニターには、女子中高生に人気のモデルがピンク色のフリフリのついたかわいいサナギ袋に入るCMが流れてるし…。
 大きなポスターには、サイドを刈り上げた色黒マッチョのダンスボーカルグループが、黒光りするサナギ袋をひょいっと肩に担いでるのだから。
 そして、現に私も、そんな芸能人が使うようなサナギ袋が欲しくて、学校帰りは、このサナギ袋ショップの前をわざわざ通るのがルーティンになっていた。
 店の前に行くと、今日も、キレイなガラス張りのショップのショーウィンドウには、今月の小悪魔Sanagiで紹介されていたサナギ袋が飾られていた。
前に一度だけ、勇気を振り絞って入ったときに、店内には、ベーシックな茶色いサナギ袋や、実用性のある丸洗い可能なサナギ袋があることも知った。
 中には、ワゴンセール品の中古のサナギ袋もあった。
「これ、マジ気をつけてくださいね~。チャックが壊れちゃってるから~、ドロッドロになったときにマジ漏れちゃうかも~」と、バカみたいな声でギャル店員がはしゃいでいたのを覚えている。
 そんなこんなで、今日も、極めて覗き見に近いウィンドウショッピングを満喫しながら、ゆっくりと店の前を通りすぎた。

 私だって、意を決してママに相談したこともあった。
『「お願い!私、どうしてもサナギ袋がほしいの!ねぇ、ママ、買ってくれない?」
「うるさいわね~、うちには、お金がないの。何度言ったらわかるの?新しいのは買ってあげられないの。だから、言ってるでしょ、どうしてもほしいのならママとパパが二人で入ったサナギ袋が押し入れにしまってあるから使いなさいって!」
「…そんな、二人のお下がりのサナギ袋なんて。」
「なによ!嫌なら使わなくて結構。」
「だって、お下がりなんか使ったらクラスのみんなからイジメ…」
「もういいわ。ママは忙しいの、あっち行ってちょうだい。…本当に、あなたって子は。」』
 ママはそう吐き捨てながら、弟の手を引いて塾へ送っていったのだ。そのときに、私はもう、サナギになるのを諦めた。

─気がつくと、私は雑木林の入り口に立っていた。 薄暗くなり、ひんやりとした冷たい風が私の体を吹きつけてきた。
 その風に背中を押されるように、私は、雑木林の中へ入って行った─。

 “もう、一人になりたい”と思い、ここへ来たのに、こんなところでもあっちこっちで、サナギになってる輩がいるのか…。

 その上、そこら中には、無惨にベちゃっと広がっている使用済みのサナギが散乱してる。
 見てるだけでも、気持ち悪くて嘔吐が出そうになる。私は、気色悪い使用済みのサナギを踏みつけながら、さらに奥へ進んだ。

  草や枝で、制服のスカートから丸出しの足は傷だらけになり、虫に刺され痛痒い。おまけに、昨日の雨で泥濘んだ地面はぐちょぐちょでスニーカーは泥だらけ。歩くたびに地面に貼り付く。
 自分でも“どこへ向かっているのか?”わからなかった。

 しばらくすると、ようやくサナギのいないところへ出てきた。
 疲れ果てた私は、思わずべちゃべちゃの地面にへたり込んだ。すると、少し離れた木の陰で物音がした。
「こんなところまで来ても、まだ、サナギがいるの」
 私は、もういい加減にうんざりして、そいつに八つ当たりしてやろうと思って近づいた。

 パッと木の陰から覗くと、そいつは、サナギ袋は持っていなかった。
 いや、正式には、持っていたのだけど、新品のサナギ袋ではなく、そこら辺に山ほど落ちてる使用済みの泥だらけのサナギ袋だった。

 さらに驚いたのは、その泥臭いサナギ袋を抱えるようにして持っていたのは、私と同じクラスの男子だったのだ。
 サナギ袋と見分けがつかないほど、体も泥まみれになっている。
 彼は、私とは違ってクラスのカースト制度でトップに君臨するイケメンで人気者。スポーツも勉強も出来て、校内の女子からもモテモテなのだ。
 現に私も、叶うはずはないとわかっていながら密かに想いを寄せていた。
 そんな彼だから、家庭環境にも恵まれていて、お金持ちで、黒光りするサナギ袋とかを買ってもらっているはずだ。
 だから、これは、私の見間違えに違いない。

 そう思った瞬間に、彼と目が合い、向こうから話かけてきた。
「A子さん?…恥ずかしいところを見られちゃったなぁ…。」
 私は、話しかけられた驚きもあったけど、クラスでもかなり地味な私なんかの名前を覚えていてくれたことに驚いた。
「…いや、別に、その…」
「びっくりしただろ?ハハッ、まさか、俺がこんなところで、こんな汚ったねぇサナギ袋持ってさ…。」
 そう言いながら照れ笑いをする彼の目は、とても寂しそうで、そして怯えているようにも見えた。
「実は俺さ─」
 それから、彼は一気に何かが崩壊したように泣きながら、しゃべり続けた。

“自分は、医者の家庭に産まれたことにより、将来を勝手に決められ両親からの期待で押し潰されそうになりながら、今まで生きてきたこと…。
 本当は高校でもサッカーをしたかったのに、許されなかったこと…。
 女子としゃべっていても、いつも話題は「親が医者だから将来はお金持ちになるのよね~」という内容であり、自分のことは見てもらえてない虚無感…。
 それを知ってか知らずか、男子からは嫉妬でいじめられ、それから身を守るために、親の財布から盗んだお金を渡してること…。”
 全てをしゃべってくれた。
 私は、ただただ黙って、全てを受け止めた。

 しばらく黙っていたかと思うと、また無理に笑顔を作りながら
「…だからこれ!見ろよ俺のサナギ袋、ハハハッ。親が買ってくれた黒光りするサナギ袋をクラスのやつらに取られちゃってさ~。汚ったねぇ使用済みのサナギ袋…。笑っちまうだろ~。誰が使ったかわかんねぇ、マジキモいよな。…うわっ、しかもカップル用じゃん、これ!ハハッ。マジありえねぇんだけど」
 私は、思わず、今にも崩れてしまいそうな彼の身体を強く抱きしめた。
 無理に気丈に振る舞う彼のことを見てるのが辛くなった。胸が張り裂けそうになった。そして、彼を守ってやりたいと思った。

 また、ポツポツと雨が降り始めていた。

 そして、私は、彼が拾ってきた使用済みのサナギ袋をゆっくりと広げると、彼の冷たい手を引いて、二人でその中へ入った。
 前の人達のドロッドロの粘液が表面に残る、汚くて生臭い使用済みのサナギ袋の中へ……。

─2年後。
成人式で、クラスのみんなはサナギ期間を経て、見た目も立派な成人になっていたが、私たち二人は見た目は子どものままだった。
 そらそうだ。あの日に二人で入った、使用済みのサナギ袋には穴が空いていて、結局私たちは、サナギにはなれなかったのだから。

「でも、いいの。別にサナギになんかならなくたって。あの日の夜に、二人で仲良くサナギ袋に入ったときに…ちゃんと、“オトナ”になれたんだから」

 
                ~Fin~

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