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バニラプリンと、女子のズボン


赤や白のツツジが咲きほこる道を歩いていると、前方から三人の中学生がやってきた。一人は男の子、あとの二人は女の子。三人とも制服を着ている。でも、三人とも違っている。

もういちど、よく見る。

左の男の子は学ラン。右の女の子はプリーツのスカート。真ん中の女の子はズボンを履いていた。ブレザーのデザインは、スカートの女の子のものと同じだけれど、下はすっきりとしたズボンだった。

最近たまに目にする光景。
ああ、いいな。心からそう思う。

***

私が中学生の頃、ウミ(仮名)という仲のいい友だちがいた。
ウミは柔道部で、短髪で、体格がよくて、やんちゃだった。(いわゆる)優等生ぶった私とは真逆の性格だったけど、なぜか馬が合い、よく時間をともにした。

ウミは学校でいつも、スカートの下にジャージを履いた。

「スカートとか、ほんと、いらん」
「そう? まあ寒いし、動きにくいよね」

何の気なしに、そんな会話をしたこともあった。
でもそのときの私にとっては、それだけのことだった。

別々の高校を卒業したのち、偶然、お互い関西にいたこともあり、連絡をとった。私はその頃、ひとり暮らしで仮面浪人をしていて、ウミは料理人をめざし、大阪や京都の有名なイタリアンやフレンチのお店で修業をしていた。

そんなある日、突然ウミから、今から遊びに行くという連絡があった。

「食べさせたいものがあるから、来た」

私の部屋に着くなり、ウミは袋からひょろりとほそながくて黒い棒を、大事そうに取りだした。それから、いたずらっぽく笑うと私に訊いた。

「これ、なんだかわかる?」

まったくわからなかった。
におってみて、とウミが言うので、鼻を近づける。
あっ! このにおい。バニラのにおい。

それはバニラビーンズだった。
干からびて真っ黒なのに、こんなにも甘く芳醇な香りをはなつなんて。ウミは驚く私をよそに、これ、本物なんだわとかなんとか言いながら、手際よく、さやから種をとりだしていく。

キッチン貸してやと言うと、温めた牛乳にそれを入れ、卵や砂糖もまぜあわせ、あっという間にプリンを作った。

あとは冷やすだけだからと、居間にすわったウミは突然、
「性転換したんよ」
と、言った。

目が点になっている私に、ウミが続ける。

「まあ、つきひもわかってはいたと思うけど、オレ、男のほうが合ってたからさ。名前も変えた。全部じゃないけど。彼女もいる。大切にしあえる、いいひと」

深刻そうな顔をしている私に、ウミは、ほら、髭も生えてん! とおどけながら、うれしそうにあごをなでた。


固まったであろうプリンを冷蔵庫から取りだす。まだ生ぬるくはあったけど、品のよいバニラの香りがやさしく鼻をぬけていく。

おいしい……。お店のような味に感動しながら、ひと口ひと口かみしめる。そんな私を見てウミは、気恥ずかしそうにしながらも、誇らしげにうなずいた。

「ま、オレもオレなりにがんばってるから。つきひも勉強がんばってな」

吹っきれたように爽やかに笑う、ウミの思春期の葛藤を想う。
きっと苦しんでいたはずだ。もやもやをどう発散させればいいのか、思い悩んでいたはずだ。それなのに私はウミと、ただけたけたと、バカ騒ぎして笑いあっていた記憶しかない。

あの頃、女子にもズボンという選択肢があったなら。

私は、仲よさそうに話す中学生の三人とりどりを見て、真っ先に、ウミにも履いてほしかったな、と思った。あの頃、スカートかズボンかを自由に選べていたなら、ウミの苦悩も少しは、やわらいでいたかもしれない。

ついでに毎朝自転車で、スカートを翻しながら、始業時間ぎりぎりに教室に駆けこんでいた高校生の私も、ズボンを選んでいたことだろう。

選べるってすばらしい。
いまは男の子もスカートを選べたりするのだろうか。

いずれにせよ、身近なところで、制服のズボンをさらりと履きこなす女子中学生と遭遇したのだ。世の中の変化を肌で感じ、私は道中ひそやかに、拍手喝采しているのだった。






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