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ブラジルのCOVID-19報道に接するためのモノサシ(5/14)

ブラジルはCOVID-19の死亡者数が5月11日に11,500人を超え、深刻さが増している。現地報道では、医療現場の状況や、感染者や亡くなった人を抱える家族のインタビューなど、痛ましい様子が次から次へと伝えられている。

その一方で、日本でのブラジル関連の報道を見た人からは「大統領が経済活動の維持に固執していることで、感染者・死者の増加が止まらず大変な様子のようだ」という一言で総括されることがある。

当地で暮らす者の目線では、これは半部くらい合っているようでもう半分にはどこか違和感が残る。とにかく、ブラジル国外での認識に一定のズレを感じてしまうのである。

日本人のスケール感に収まらない国

このズレの原因は何なのだろうと考えたところ、元々大きくもない国際報道枠にブラジル関連の報道が押し込められるために、情報がどうしても圧縮されざるを得ないということがあるかもしれないと考えた。

その結果、急角度で上昇するグラフとセンセーショナルな映像を受けた印象が残り、その原因を最も端的で分かりやすく納得しやすいところに求めて、腑に落とすということが起きているのだと思う。

また、米国や欧州について多少の知識がある人はいても、ブラジルという遠く地球の反対側にある国に関しては知られていることは少ないから、その想像などつきようがないだろう。

それを「不勉強だ」「短絡的だ」と非難するつもりは毛頭なくて、むしろせっかくなので、ここでは次のモノサシを、豆知識として持ち帰ってほしい。


・EUの国数 = ブラジルの州の数 = 27
・ブラジルの面積は、EU2つ分
・ブラジルの人口は、EUの半分


ブラジルは、EU 2つがすっぽり入ってしまう大きさだ。

つまり面積で言えば、イタリアを2つ、フランスを2つ、スペインを2つ・・・とEUの全ての国を足し合わせていって、初めてブラジルと同じサイズになる。

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「欧州連合」と言えばたくさんの国から成り立っていることが想像でき、規模感もあるが、実は「ブラジル」という国名だけでも、それを遥かに上回るサイズ感の話をしているのだ。

連邦政府は、全国均一の話しかできない

ブラジルには、EUを構成する国と同じ数だけの、27の州がある。

ブラジルの正式な国名は「ブラジル連邦共和国」だ。その連邦を構成する単位として、26の州とブラジリア連邦直轄区がある(ここでは便宜上27州とする)。これらの州には自治権が与えられている。州単位に議会が設置され、裁判所もある。警察・教育・インフラ・交通・財政も、連邦政府から独立している。

連邦レベルで定められた法規や政策で認められていれば、各州がそれぞれの地域に合わせた独自のものを定めることもできる。つまり州から見れば、最大公約数的な指針を定めるのが連邦の役目、ということになる。

例えば今回のコロナショックでは、低所得者等向けに緊急ベーシックインカムの支給が連邦政府の予算から行われた。これはどこの州の住民であるにかわらず、一定の所得条件を満たす国民が受給対象となる。ブラジルの人口はEUの半分弱の約2億人だが、4分の1に相当する5千万人に支給することが確定している。この数は、スペイン1国の人口よりも多い。

連邦政府には、憲法に定められた人間の尊厳の原則から、国内の所得分配の責務を負う。この緊急ベーシックインカムの支給によって、連邦政府はすでにその重要な役割を果たしていると言える。そんな連邦政府を率いる大統領が、その社会保障の原資を生み出す経済や雇用に懸念を示すことは、決して荒唐無稽とも言えないのだ。

加えて、国境を封鎖したり、外国人の入国を禁止する政令を出したのももちろん連邦政府である。

1つ1つの州が国のように動く

一方で、外出自粛要請やロックダウンといった市民の行動に制限をかける措置は、州や市自治体の判断で実施されている。COVID-19の感染拡大には地域差や時差があるため、連邦レベルで全国均一で行なう対策とはならないのだ。

EUの例を出そう。欧州理事会の常任議長がEU全域の大統領職に相当する。果たして、この理事会でEU全域でのロックダウンが決定され、スペインからスウェーデンまでEUを構成する全ての国で一様にそれを強いるような事態が、現実として起こりうるだろうか?それは各国、そして各自治体に任せられるべきとなるのは当然だ。

ブラジルの27の州は、その「各国」に相当する。イタリアやフランス、スウェーデンのように、独自の社会隔離措置を各州が実施している。

つまりブラジルには、EUと同様に27の国があると捉えて考えるとよい。

だから決して、よく言われるようにブラジルが「ノーガード戦法」を採っているわけではない。それぞれの州に焦点を当てて、どのような対策が打たれているか、もう少し知られてもいいはずだ。

サンパウロ州として見れば、踏ん張っている

私はサンパウロ州サンパウロ市に住んでいる。

この州は、面積で(もはやEUではないが)イギリスに等しく、人口規模はスペインと同じ4,600万人だ。

最初の死者が出たほぼ1週間後の3月24日からすでに1ヶ月半以上、サンパウロ州では外出自粛要請が出ている。食料品店や薬局などを除いて、レストランや商店はデリバリー営業しか認められていない。学校はオンラインに移行。工場は稼働している。大半の州で、これと同様の措置がとられている。

加えてサンパウロ州では、外出時のマスク着用が5月7日から義務付けられてもいる。マスク文化がなかった国で、今やみんなしっかりとマスクをして外を出歩いている。これには拍手を送りたい。

そして日々メディアで報じられる感染者・死亡者数だが、ブラジル全体の数字は、この国に住む一市民が実感として認識するには、あまりに集計範囲が大きすぎる。

そこでサンパウロ州の数字を見るようにすると、まだ他の国との比較がしやすくなる。(州立データ分析センターより)

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5月12日時点で、サンパウロ州内の感染確認者数は47,719人だ。このグラフに比較用として描かれているのは、人口が6千万人とサンパウロ州より3割多いイタリアだ。今のところサンパウロ州は、22万人の感染者数を数えるイタリアの約4分の1程度である(上図)。

また、サンパウロ州内の死亡者数は4千人に達しようとしているが、イタリアは現時点までに3万人を超えている。

サンパウロ州は比較的早めに外出自粛要請を出した方で、それが奏功し、感染拡大速度を示す角度は緩やかとなり、医療崩壊も今のところ防げている。とはいえ、これから深刻な感染拡大に苦しんだ国々同じ轍を踏まぬよう、今が踏ん張り時だということも分かる。

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大統領は空中戦、われわれ市民は地上戦

もう1つ市民感覚で言えば、行政によるCOVID-19対策で最も影響を受けるのは、州のそれですらない。

もう1つ下の行政組織にあたる、市自治体によるものだ。

市自治体は、州レベルで決められる指針や基準に従って独自に社会隔離措置を採ることができる。つまり市民から見れば、市→州→連邦政府による決め事の順で行動の制約を受けることになる。学校で言えば、班→教室→学校の順でそれぞれの中で定められた当番やルールを守るのと同じだ。

例えばサンパウロ市独自の対策としては、この5月11日から車両ナンバー規制が強化されたところだ。リオデジャネイロ市では商店街の人混みを避けるため、地区一帯の立入禁止した(事実上のロックダウン)。

こうした局地的な対策は、連邦政府の出る幕ではないし、いくらこうした措置に対して「失業もまた人を殺す」と大統領が異を唱えたところで、州や市の決定を撤廃させる権限もない。つまり世間を騒がせる大統領の”暴言”は、遠くで誰かが何かを叫んでいるのと、感覚的にあまり変わりがない。

我々市民にとって今はむしろ、州知事・市長が何を決めるのかが極めて大事になっている。

もちろん、外に出て生活費を稼がざるを得ない生活に余裕のない人の割合は多い。そうした人たちの耳に大統領の言葉がエコーしようとしまいと、外に出で働かざるを得ない人は出る。家に居られる人たちにしても、家から出ざるを得ない人たちに自身の生活が支えられている認識がある。

だから、それを非難する人もまたほとんどいない。できることなら皆には家に居てほしいが、それは不可能なことだとも分かっている。

市民が直面しているのは、そういう社会での戦いだ。それも、ブラジル一国として括れる社会でなく、その中に27ある州、5千を超える市、無数の地区やご近所の数だけある社会にいる。

地域が違えば、感染拡大の進行状況も全く異なるため、連邦政府のように、行政機関がカバーする面積が大きいほど手の打ちようがないようにも見える。従って、州や市といった複数階層の行政機関の連携が今ほど大切なときはないはずだが、大統領vs州知事といったように政治対立がドぎつく出てしまうのも、昨今のブラジル社会の一面なのかもしれない。

多様性に富んだ社会の弱点が炙り出されている

サンパウロ州政府が日々公表するデータでは、州人口の約半分が家に留まっていることが示されている。

恐らく、強制力のない外出自粛要請を続ける限りではこれが限度だ。そのため、ロックダウンというもう1段階強い強制力を伴う規制の議論が始まっている。

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ブラジルは、広大な国土とは裏腹に都市部に人口が偏って集中している。

雇用や所得を求める人が農村から都市へと吸い寄せられるせいで、極めて衛生状況の悪い場所に住まざるを得ない人も多い。そうした人々を含めて成り立っているのが都市という社会であり、そこで暮らす人々の往来を止めることは(この国の感覚で言えば)いくらなんでも不可能だ。

つまり、この社会では感染拡大には抗えないということは大方にすでに理解されている。その上で、今は脆弱な人々への感染拡大を防ぎ、医療崩壊を防ぐための対策に行政が手を焼き、市民の多くができる範囲の協力をしようとしている。報道された「働かせろデモ」の参加者も、全体から見ればごく一部だ。

サンパウロ市は人口1,200万人で世界15位のメガシティで、南半球で最大だ。欧州で最も大きい都市はロンドン(36位)で人口840万人。トップ50のリストには630万人のリオデジャネイロ市(47位)が加わるものの、欧州の都市の名前は意外なことに、ロンドン以外は挙がらない。

実は世界の大都市は、その知名度とは裏腹に、多くが中国やアジアに集中している。だからこそ、こうした地域で感染拡大が爆発しなかったのはある意味不思議でもあり、そこにブラジルの市民が学ぶべき点は多分にあるだろうと考えている。

話は跳躍するが、私は移民政策が導入された多様性に富んだ国家ほど、今回のコロナショックに脆弱なのではないかという仮説を持っている。

ブラジルの場合、すでに移民2世以下の国家であるために現役バリバリの移民国家ではないが、移民国家は往々にして激しい貧富格差に喘ぐ国が多い。その社会の脆弱性を突いて弱点を炙り出してくるのが、今回の新型コロナウイルスという敵なのだと思っている。

国として捉えることの意味を考えるいいきっかけに

というわけで、イタリアやフランス、スペインなどのよく知られた国とブラジルを同列で並べて考えてしまうと、全くスケールが合わなくなってしまうことが分かっていただけたと思う。

ブラジルの状況を語るのであれば、せめて比較対象として、EUサイズの地域を引っ張ってきてほしいと思う。

しかし、これはブラジルの報道に限った話ではない。世界でほぼ同時にCOVID-19の感染拡大が発生し、各国の報道がニューヨークなどの一部を除いて「国」を単位として駆け巡る中で、情報を受け取る側にとってはその中身を正確に捉えるうえで非常に難しい状況が招かれたと言える。

シンガポールのような都市で完結する国と、ブラジルのような大陸国は、社会構造も対策も異なり、分析も対策も同列には語れない。

これまでも国際比較を見るときに違和感はあったが、たまたま今回、COVID-19によってその違和感を言語化することができた。ビジネスでも生活でもそうしたローカルな感覚や考え方を持つことの大切さを、改めて感じている。

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