『翠』 23
右側の空間がスッポリと空いているせいで、ただでさえ大きいクィーンサイズのベッドが、いつにも増して広く感じられた。ここまで広いとどんなに寝返りを打っても、ベッドからは転げ落ちる心配はないが、シンプルに彼の臭いの染みついたベッドで寝たくないという、生理的に受けつけないレベルの拒否反応が働いてしまい、無意識にそうすることを避けようとしてしまっている。
極端にベッドの左端にからだを寄せ、布団のなかにからだを滑り込ませる。冷え性の足先が氷のように冷たく、ほとんど足先の感覚が感じられない。一応、エアコンは点けているものの、エアコンをかけて数分も経っていないこともあり、部屋そのものの温度が暖まるにはもうしばらくかかりそうだ。ひどく冷えた足先を、もう片方の自分の太ももや脹ら脛に擦りつけ、どうにかして暖をとろうと試みてはみるが、それで寒さが凌げるほど、わたしの冷え性は柔な代物ではない。
スマホを手にとりLINEの通知を確認してみた。とくに誰からもLINEは来ておらず、なんとなくアプリを開いてみると、昼間に志田さんとやりとりしたトーク画面が、そのまま表示されていた。
〈よろしくおねがいします (#^.^#)〉
照れたような顔文字つきのメッセージで、そう書かれており、その下には、
〈こちらこそ m( _ _ )m〉
と、素っ気ない文面で、わたしの返事がある。
それ以外にメッセージはなく、空色の画面に形式的なやりとりだけが、簡潔に映し出されてあるだけだった。
まったく送るつもりはなかったが、
〈今日は楽しかったです。ありがとうございました (^^)〉
なんとなく、そう打ち込んでみた。
どことなく他人行儀に思え、その文章を消して、
〈いま、何してますか? わたしは今から寝るところです……〉
今度は、そう打ち込んでみた。
送ってみようかと、送信ボタンに指をかけるが、それも違う気がして、書いた文章を全部削除した。
〈今度は、いつ会えますか? また志田さんとお話がしたいです ( >_<)〉
そう素直な気持ちを書いてみた。
あとは送信ボタンに触れるだけで、相手にメッセージが送られてしまうのだが、どうしても、その勇気が湧いてこない。
送るつもりもないメッセージ。
送ってしまいたい素直なキモチ。
どちらもジブンの本心で、
気づいてほしいけど、わがままな独り言。
送るつもりもないのに、勢いだけで書かれた、
〈今度は、いつ会えますか? また志田さんとお話がしたいです ( >_<)〉というメッセージが、送信画面のなかで、煌々と映し出されていた……。
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