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失われしドットの字を求めて

また、ゲームにハマっています。任天堂やスクウェア・エニックスなどの大手ゲーム会社によるタイトルは安定して面白いのですが、個人であったり、少人数のチームが手がけた所謂「インディーゲーム」を漁っていると、美意識の結晶のようなビジュアル表現に出会えることも。自分だけがこの感動を味わえているんじゃないかという気がして嬉しいんです。

インディーゲームとドットの字

私がこれまでにプレイしたインディーゲームのなかで特に気に入っているのは、『Eastward』と『Katana ZERO』です。ストーリーやゲーム性もさることながら、特筆すべきはドット絵の美しさ。

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『Eastward』Chucklefish、2021年

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『Eastward』Chucklefish、2021年

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『Katana ZERO』 Devolver Digital、2019年

こうしたドット絵の大元は、80〜90年代のテレビゲームです。当時は解像度やメモリの制約があってドットの表現にせざるをえなかったのだと思いますが、今は個人でも3Dのゲームを作れる時代。それでもドットを打つゲーム製作者が絶えないのは、古いテレビゲームへの憧憬が彼らの中にあるからでしょう。

キャラクターや背景のグラフィックも素晴らしいのですが、UIで使われている文字がドットであることに注目です。製作者がこれまで遊んできたであろう過去の名作もまたドットの文字でUIを作っていたわけですから、高い美意識を持った現代のゲーム製作者たちが、ゲームの世界観を作るための一つの要素としてドットの書体を選んでいることを嬉しく思います。

ドラゴンクエストとドットの字

こうしたドット表現の元ネタのひとつとして、1986年に第一作が発売され、現在も新作が開発されているドラゴンクエストシリーズのゲーム画面をご覧いただきたいと思います。まずは、ファミリーコンピュータ(以下、FCと表記)のソフトとして発売された『ドラゴンクエスト』です。

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『ドラゴンクエスト』エニックス、1986年

ここで注目すべきは、画面上の文字のサイズが一種類であることと、漢字が使われていないということです。書体については、オリジナルのものを開発して使っていたようです。(※2)

※2 ドラクエゴンクエストシリーズのUIデザインや使用書体については、下記のページが詳しいです。本記事作成に際して大いに参考にさせて頂きました。「DQ大辞典を作ろうぜ!!」https://wikiwiki.jp/dqdic3rd/%E3%80%90%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%A6%E3%80%91

ここまで多くの情報を画面に収めるのであれば、現在の感覚からするとせめて大小二サイズは使いたいところです。また、仮名を分かち書きで組んだ文章は子供向けの絵本でよく見られますが、このゲームの対象年齢はもう少し上で、大人もプレイします。幅広い世代が読みやすい組版を目指すのであれば、漢字仮名混じり文にルビを振るのがベストでしょう。

このようなデザインになっている最大の理由はデータ容量です。Wikipedia(※3)によると、FC版『ドラゴンクエスト』のROMの容量は64KBだそうです。『Eastward』で使われているドットの書体「PixelMplus12」の1ウエイト分のデータが1.3MBですから、当時の制作スタッフが容量の節約に苦心したことは想像に難くありません。漢字はおろか、カタカナについても「ア」から「ン」まで全て収録しているわけではなかったようで、「ク」の字を削るために、「ダークドラゴン」というモンスターの名前を「ダースドラゴン」に変更せざるを得なかったというのは有名な話です。

※3 Wikipedia「ドラゴンクエスト」内、「容量削減」の項 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%B4%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%88#%E5%AE%B9%E9%87%8F%E5%89%8A%E6%B8%9B

つづく『ドラゴンクエストII』から『ドラゴンクエストⅣ』までは、初代と同じくFCのソフトです。ゲームのボリュームは次第に増えていきますが、UIや文字のデザインに大きな変更はないようです。それよりも、ストーリーをより重厚なものにしたりとか、キャラクターのデザインを進化させることに力を入れたのでしょう。

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『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』エニックス、1987年

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『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』エニックス、1988年

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『ドラゴンクエストIV 導かれし者たち』エニックス、1990年

進化するドットの字

スーパーファミコン(以下、SFCと表記)のソフトとして登場したシリーズ五作目『ドラゴンクエストⅤ』で革命が起きます。ここでいう革命とは、グラフィックの目を見張るような進化ではなくて、文字サイズが一つ増えたことです。

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『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』エニックス、1992年

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『ドラゴンクエストVI 幻の大地』エニックス、1995年

「はい/いいえ」の文字は過去作で使われていたものと同じですが、それよりも一回り大きいキャラクターのセリフは、ここで初めて登場しました。文字サイズを大きくすることでデザインの自由度が増し、漢字が加わったうえに仮名に明朝体のようなニュアンスを与えることができています。

小サイズの文字は仮名のニュアンスを極限まで削ぎ落としたような無機質なデザインなので、選択肢やデータを表記するのに向いています。一方、大サイズの文字にはニュアンスがありますから、セリフに感情が込もります。単に大小のメリハリがつけられるだけでなく、それぞれが表記する内容と合致しているのが素晴らしいです。

こうしたデザインを見ていると、本当に美しいなと思います。文字のデザイン自体が、というより、厳しい制約のなかで工夫をこらし、読みやすさを追求する姿勢こそが。

現代のデジタルフォントは自由に拡大縮小でき、さらには「バリアブル・フォント」と呼ばれる太さや字幅などを小刻みに変えることのできる書体も徐々に浸透してきています。すごく便利なのですが、できることが多すぎて混乱してしまうこともあります。オープンワールドのゲームをプレイしている時に、一体どこに行けばいいのか、何をすればいいのかわからなくて途方にくれてしまうのと同じです。あまりにも大きな自由を与えられると、かえって不自由を求めてしまう人間の心理ってありますよね。

現在のドラゴンクエスト

ドラゴンクエストの初期作品はこれまでに何度もリメイクされており、任天堂の最新ハードNintendo Switchでもプレイすることができます。そのなかから、2019年に発売されたリメイク版『ドラゴンクエストⅢ』のゲーム画面をご覧いただきたいと思います。

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『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』(Nintendo Switch版)スクウェア・エニックス、2019年

ここで使われているのは「イワタ中太丸ゴシック」です。ゲーム自体は最高に面白いのですが、書体がドットじゃないんです……。ちなみにシリーズ最新作の『ドラゴンクエストⅪ』も同じ書体。現在のドラクエ関連ゲームのUIは、この書体をはじめとした丸ゴシック系で統一されているようです。

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『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて』 スクウェア・エニックス、2017年

ドラクエのシナリオには悲劇的な展開も多いのですが、重々しい雰囲気になってしまいそうなところを丸ゴシック体がうまく中和しているように思います。また、鳥山明先生の手がけた愛らしいモンスターのデザインにも合います。この丸ゴシック、最近のファイナルファンタジーにはどう考えても合わないだろうし、ポケモンに合わせるとあまりにも子供っぽくなりそうです。ドラクエと丸ゴシックのマッチングって絶妙。

ただ、ドットの絵には、ドットの文字を合わせて欲しいと思ってしまいます。冒頭で紹介したインディーゲームがそうしているように。

『ドラゴンクエストⅪ』は基本的に3Dのグラフィックですが、3DS版『ドラゴンクエストⅪ』(2017年)とNintendo Switch版『ドラゴンクエストⅪ S』(2019年)には、昔ながらのドット絵でプレイできる2Dモードが搭載されています。3DS版の2Dモードでは、FC/SFC時代の書体をベースにしたオリジナルのドット書体が採用されているのですが、Nintendo Switch版では「JTCウインR1」という丸ゴシック体になっています。

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『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて』 (3DS版)スクウェア・エニックス、2017年

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『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて S』 (Nintendo Switch版)スクウェア・エニックス、2019年

勝手な推測ですが、3DS版のドット書体が不評だったために、後続のニンテンドースイッチ版では丸ゴシック体に変更されてしまった、ということなのでしょうか。

文字とブランディング

企業ブランディングの分野では、ブランドを確立するための要素として書体が重要視されています。ロゴマークが企業の顔つきだとすれば、書体は声帯といったところでしょうか。最近の事例でいうと、楽天は4種類・5ウエイトの書体を作り、楽天グループのサービス及び社内資料で使用しています。

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「Rakuten Font」監修:佐藤可士和、フォント開発:Dalton Maag、2020年

書体を作るのには大変な労力と予算がかかります。既存の似たような書体を選んでも十分成立するのでは?と思ってしまいそうですが、それでも近年、世界の名だたる大企業が次々とオリジナル書体を発表しているのは、デザイナーではない人も書体を扱う時代だからです。

社内外のデザイナーだけではなくて、営業職や事務職などの多くの社員が書体を扱う状況において、各々が好きなように書体を使ってしまうとどうなるでしょうか。

先週提出した資料はMSゴシックだけど、今作っている資料はメイリオ。首から下げている社員証は游ゴシックで、オフィスの壁に貼られたお知らせは源ノ角ゴシック…って、今いろんな会社で起きていることですが、けっこうカオスです。すべての社員にオリジナル書体を支給し、使ってもらうことで、その企業のデザイントーンを統一しているわけです。制服みたいなものです。

初期ドラクエにとってのドットの文字は、Rakuten Fontのような現代的なブランディングのための文字ではなくて、容量の削減と可読性の追求とのせめぎ合いの末に生まれたストイックな文字です。それが現在では、80〜90年代のゲームの世界観を構成する重要な要素として見られている。ドットの書体は、緻密なブランド設計によってではなく、ゲームの豊かなストーリーやグラフィックに何年も寄り添い続けてきたことで、結果的にドラクエらしさの一端を担うことになったわけです。

初代ドラクエが1986年発表、二種類のドットの書体が揃う五作目の発表が1992年ですから、6年かけて作った、35年の歴史をもつオリジナル書体をみすみす手放しているようなもの。それをすてるなんてとんでもない。

残すべきか、変えるべきか

過去のゲームをリメイクするうえで、オリジナルのまま残すべき部分と、現代のニーズに合わせて刷新すべき部分を見極めることは非常に難しいだろうと素人ながらに思います。

2009年にパブリックアルファ版がリリースされ、現在に至るまで世界的に人気を博している『Minecraft』のUIで、ドットの書体が用いられています。ドットとブロックで構成された世界が舞台のゲームですから、ドットの書体を選択することは順当に思えます。が、UIの書体を変える方法が個人のブログやYouTubeの動画で紹介されているのをちらほら見かけました。ドットの車体に対して、「味気ない」とか、「ギザギザしていて見にくい」というような意見もあるようです。今の10代の子達はなおさらそう思うでしょう。

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『Minecraft』Mojang Studios、2011年

解像度が高く、なめらかで読みやすいデジタルフォントがいくらでも存在する今、これを使わなければならない道理はありません。何度も書きますが、それでもドットの字を採用するゲームが絶えないのは、やはり過去へのリスペクトと美意識ゆえ。

おわりに

昔プレイしたゲームへの思い入れからドット、ドットとしつこく書いてしまいましたが、先日公開された『HD-2D版 ドラゴンクエストIII』のティザー映像(※4)をみて、過去作をリメイクするにしても、もはや今までとは次元が違うのだなと驚きました。というか、懐かしさと新しさが同居した景色を目の当たりにして、めちゃめちゃワクワクしました。

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※4 『HD-2D版 ドラゴンクエストIII』ティザームービー

文字表現の発展は、ゲームのそれと比べてものすごくゆっくりと、少しずつ進んできました。そして私含め書体デザインの世界に魅入られた人たちは、古くからの美意識を尊重する傾向にあります。それもあってか、「ドットの絵にはドットの字を!」と強く思いながら本記事を書き進めてきたのですが、今回、容量や技術の制限とたたかいながら進化してきた一つのゲームタイトルのあゆみを見直して、懐古するばかりになっていたことを反省しています。

でも、それでもやっぱりオリジナルで、そのうえ歴史のある書体はブランドの大切な資産です。『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』発売時点で揃った二種類の書体を忠実に復刻、デジタルフォント化していただき、今後もどこかで使うというのはいかがでしょうか、スクウェア・エニックスさん……。やっと言いたいことが言えたところで、今回はおわりにしたいと思います。最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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