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【エッセイ】ホットケーキと夏

夏の想いでは?
そう聞かれたら…「ホットケーキとホットミルクとプール」と答えるだろう。

まだ近所に温水プールのない時だった。
夏休みになると父と電車に乗って中野まで。
そこの屋内プールに泳ぎにいった。

滅多に地元から出ない地元っ子の私にとっては大冒険。
ソワソワ、ワクワク、ドキドキが溢れていた。
車窓からの眺めも今でもハッキリ想い出せるほどだ。
なのになぜだか駅からプールまでのルートは全く覚えていない。ポンっと記憶がジャンプして、冷たいプールの映像からスタートするのだ。

水泳スクールに通っていた事もあり、ひたすら泳ぎ続ける遊泳レーンで大人の人達に混ざって泳ぎ続けた。しばらくすると、監視員の人が笛を吹き休憩を知らせる。
利用者は一旦プールサイドへ上がり監視員が落とし物チェックのためプールの中へ。泳ぎ終わるのを待つ。

私は個人的にその時間が好きだった。
監視員の人達はとても綺麗なフォームで泳ぐからだ。
手の動き一つ一つが滑らかでしなやか。
呼吸も無駄がなく、子供の私が見ても綺麗だと分かった。

休憩が終わり、また笛が鳴る。
バシャバシャと利用者達が一斉にプールに吸い込まれていく。私ももちろんそれっぽくプールに飛び込んで泳ぐ。
そうして、あっという間に二時間が過ぎ去っていく。

さぁ、お待ちかねの…お楽しみタイムだ。
記憶が少し曖昧だが確かプールの近く、同じ建物の中にカフェがあったはず。
そこで必ず父は私にだけ注文するのだ。
「ホットケーキとホットミルク」を。
なぜかというと、そのプールは屋内だけどもとても冷たく、唇が青くなるほどなのだ。
体は冷えきってしまっている。
時にはお腹が痛くなるほどだった。
だから、温かく甘いミルクとホットケーキは幸せな時間だった。

そこのホットケーキはとても分厚く、最近のふわふわパンケーキとは違いどっしりと昔っぽいホットケーキだった。
それが二枚お皿の上に重なって、メープルシロップが添えられていた。
分厚いホットケーキの上のバターはじゅっわと溶けだし口に入れると染みでてきて、それもまた何とも言えない美味しさだった。美味しいだけでなく、冷えた体がみるみる温まっていくのが分った。
小さい私にとって、分厚いホットケーキとホットミルクは一人で平らげられる量ではなく、必ず半分残してしまうのだった。それを知っている父は絶対に自分は注文せず私が残すのを待っているのだ。
案の定持て余していると、何も言わずにパクパクとあっという間に残った半分を平らげてしまうのだ。
二人の間に暗黙の合図があるかのようだった。

プールに行くのはたいてい昼過ぎ。
カフェで過ごすのはいつも三時頃になっていた。
父と二人で満腹になり帰りの電車に乗り込む。
二時間バッチリ泳ぐ私は満腹と疲れで完全に寝てしまうのだ。気づくとあっと言う間に降りる駅についてしまう。

あの夏が好きだった。
いろんな夏の思い出があるが、これはトップテンに入るほど大好きな時間の思い出だ。

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