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【短編小説】 崖っぷちのわたしは。


まただ。

「ごめん、ほんとに魔が差したんだよ。でも、あっちから誘って来たし、オレは酒が弱いからこれ以上は無理だって、ちゃんと言ってたんだって、ほんとに。でも、なんかトイレから帰ってきたら、なんか、新しいグラスが来てて。ほんと、もう飲めないからって言ったけど、これ飲んだら帰ろうって言うから飲んだんだよ。そしたら・・・」

「そしたら・・?」

「何か、そういう・・・」

「そういう・・?」

「目が覚めたら、そうなっていたって言うか。酒に何か入れられてたかもしれないじゃん?オレ、別にあの子のこと好きでもなんでもないって。ほんとに。もう会わないし。ほんと、ほんと。」

「・・、前も同じこと言ってたよ。」

「そうそう! 前もオレが好きでそうなった訳じゃなかっただろ?あの時は強引に来られてさ、今回もそうだろ?酒にさ、多分さ、オレが誘ったんじゃないってわかるだろ?」



何回、同じ話を聞かされて来たかな。

ショウと私が「彼氏・彼女」になって、3年。

同棲するようになって、1年半。

私が知っているだけで、もう4回目の浮気。

他にも色々と噂は耳にしている。

俳優の卵でバイトのショウが大変なことを重々知っていたから、わたしの方から「一緒に住んだら家賃とかラクになるんじゃない?」と同棲を申し出た。

今のわたしは28歳。ショウは27歳。

あの頃は「そろそろ・・」と思うところもあって、ダメ元で言ってみたら「いいね! そうしよう!」と軽いノリで同棲することになった。


家族から「いい加減にしなさい!」と言われては「きっともうすぐ大きな役に付けるから、そしたら」とショウを立て、友達からは「それってヒモじゃん、止めなよ」と言われては「ショウも頑張っているから、支えたいの」とこわばった必死な顔で答える。

確かに気が付けば「今月キツくて!!」と1年前に言われてから、家賃はわたしが全額払い続けている。そういえば、電気料金とかガス料金とかわたしの口座引き落としだ・・。

ショウのバイトはトラブルを起こしては辞めの繰り返し。

俳優の仕事をしたって話は、しばらく聞いていない。



「オレのせいじゃないんだって、わかるだろ? 何だよ、そんな顔して。オレ、悪くねーもん。あー、腹立つ、何でもオレのせいか。わかった、わかった、もういい!!」

ショウがバンっとテーブルを叩くように手をついて立ち上がった。

「いいわ、出てくから。すいませんでした、はい、はい。ああ、イライラする!!」

黙って俯いているわたしの肩を、手の甲で小突くようにして、大きな音を立てて出て行ってしまった。

また、どこかへ転がり込んで、そして、何日かしたらケロっと帰って来るんだろう。

ずっと、同じことが続くのかな。



シーンとなった部屋で、夕方に言い争いしてから何時間座っていたんだろう。

すっかり部屋は暗くなって、窓から薄く月明かりが差し込んでいる。

来月、わたしは29歳になる。

ちょっと、疲れちゃったな。。



気が付いたら深夜バスに乗っていた。

街灯が後方に流れる窓外をボーっと眺めながら、何でこんなことになっているんだろうと考える。

大学からの友達と食事をしていた時、たまたま隣のテーブルでひとりでいたショウが、こちらのテーブルにシレっと移動してきたのが出会い。

スラっと背が高く、シュっとした顔立ち、シンプルで清潔感のある服装。

感じの良い話し方で、それとなくわたしと友達をくすぐるように褒めてくれた。

家が遠い友達が先に帰ってからも話が弾み、何となく流れでホテルに行くことになった。

こんなにわかりやすく「カッコイイ人」と近しい関係になったことが無かったので、わたしは舞い上がってしまった。

それで、わたしから告白して「付き合って貰える」ことになった。


最初はわたしが行きたい場所や食べたいものを、ショウがエスコートしてくれるようなデートだった。

けど、気が付いたら、エスコートはしてくれているけど、お支払いになると「わたしが前に出る」ことになっていった。

その度に「ごめん!! 今度はオレが!」って、キレイな顔をクシャっとして謝られるから「いいよ、いいよ、大変だもんね。」ってしちゃってた。

いつしか、それが当たり前になっていって、今に至るんだと思う。

浮気が度重なると、ショウのことが好きなのかわからなくなって来たけど、いなくなったら何となく困る。

みんなから「ほら、やっぱり」って言われたくないし。

「カッコイイ人」と付き合うのってこうなるものなのかな。

ずっと我慢するのかな。

我慢しているのかも、もう、わからない。



バスが終点に着いた。

有名な景勝地で、それでいて、有名な曰く付きの場所。

乗っていたのはわたしだけで、運転手さんが心配そうでいて、それでいて訝し気な顔をしながら「ご乗車有難う御座いました。」と言ってくれた。

わたしが降りたバスは乗客を乗せることも無く、来た道を戻りながら走り去って行った。

広い駐車場には車が一台も止まっていない。

月明かりの下にいるのはわたしだけ。

薄い影を落としているわたしの耳には、静かな波の音が聞こえる。

何でこんなとこにいるんだろう・・。

呼ばれるように波の音のする方に歩いて行った。



昼間に来たことがあるけど、駐車場はいつも満車でお土産屋さんの客引きの声が元気よく聞こえていた。

観光の人たちも「あっちかな?」とか「これ、美味しい!」なんて楽しそうにあちこちでおしゃべりをしている場所。

いま、この場所はわたしだけ。

歩いている駐車場はわたしの歩みでジャリジャリと聞こえるくらいに静まり返っていて、それでいて波の音だけが静かに響いている。

崖に近づくにつれて波の音が大きくなり、岩に打ち寄せるザッパーンといった音が聞こえ始める。

昼間の景勝地然としている風景と違って、曰く付きの場所としての雰囲気に満ち満ちていた。

わたし、何をしようとしているのかな?と思いながら、足はどんどん崖の方へ向かって行く。

体が勝手に動くんだな、不思議だな。



海に面した崖っぷちまでの歩道には手すりが設置されている。

手すりの外側には「相談聞きます、電話下さい」とか「心配している人が、あなたにもきっといます」などといった、看板がポツポツと立っている。

ここまで来て、これを見て電話する人っているのかな。

本当にわたしのことを心配してくれる人っているのかな。

そんな風にただ文字だけが、頭の中を素通りしていった。

歩道に街灯はなくて、崖っぷちへ誘導するように月明かりを照り返す手すりが続いている。

少し先で手すりが途切れて、崖っぷちが見え始めた。

何も頭に浮かぶものもなく、テクテクと崖っぷちへ足は真っすぐ進んで行く。

手すりの設置が終わって、開けた崖っぷちの全貌が見えた。

その時、視線の20メートルくらい先に黒い影が立っていた。

本能が後退りさせて、手すりの陰に身を潜めた。



わたし、ここで何しているんだろう・・!?

ふいに「まともな思考」が復帰した。

黒い影は月の下で、崖っぷちの方を向いて、ゆらゆらとしているように見える。

アレって、ひょっとしたらアレなのかな。。

胸がキュっと苦しくなる感じがした。

足の力が抜けて、手すりからスルリと崖の方へ派手に身体が転げてしまった。

崖っぷちを見ていた黒い影が、ゆっくりとこちらを向いたように見える。

見たくない・・

見えちゃいけないものが見えているのかもしれない。

恐怖に体が固まってしまい、黒い影を凝視している目は閉じることが出来ない。

黒い影がゆっくりとわたしに向かって、「こちらへ来い」と招く手の動きをしている。

いやだ、絶対、いやだ・・・

思いと裏腹に力の抜けた足は手招きに呼ばれてしまう。

少しずつ少しずつ、四つん這いで黒い影に近づいて行ってしまう。

岩を叩く波が激しくて、何もかもがかき消されたように音が聞こえない。

地面だけを凝視しながら、結局、わたしは黒い影の手招きに吸い寄せられた。



黒い影はトレンチコートを着ているとわかった。

コートの前は開いている様子で、裾がバッサバッサと波風にはためいている。

ううう、、何でこんなことに。

「自分のしようとしていたであろうこと」を棚上げして、震え出したわたしは目線を上げることが出来ない。

ふと黒い影の足元に目が留まった。

月明かりを乱反射するヒールがそこにあった。

ヒール?

スワロフスキーでひしめき合うヒールが、目の前で月明かりを乱反射させている。

あれ? この輝きは・・??

アレって、こんなに光を放つものなの・・?

違う意味で混乱し始めたわたしの頭上から声が降り注いで来た。

「あなた、ちょうど良い時にいらしたわ!」

物凄くハッキリと滑舌が良く、それでいて艶やかで野太い声が聞こえた。



うう、連れて行かれるのかな。。

ギュっと目を瞑った顔の前に、黒い影が何を突き出して来た。

「押して頂けるかしら?」

??

薄眼で開いた眼前にスマホが突き出されている。

「さあ!!」

震える指で何かの再生ボタンを押した。

岩を砕く波の音を超える、ご陽気な音楽がスマホから大音量で流れ出した。

「フォルオオオオ、ハッ!!!」

黒い影が叫びながら、トレンチコートをバっと脱ぎ放った。

脱ぐの??

急な展開に頭が追いつかない。

サンバのリズムが崖っぷちを大音量で包み始めた。

黒い影はほぼ半裸で、リズムに乗って激しく身をくねらせている。

踊るの??

月明かりに体中を乱反射させながら、ひとりきり踊った黒い影は「止めてちょうだい」とスマホを指さした。

わたしは反射的にスマホの画面を押した。


「あなた、どこからいらしたの?」

黒い影が軽く息を上げながら、わたしに問いかけて来た。

「・・・A町からです。」

波音に消えそうな震え声でわたしは答えた。

「中立の街ね。」

??

「押してちょうだい。」

今度はスマホの画面をしっかり押した。

また違うサンバのリズムが流れ出した。

黒い影はホイッスルを吹き鳴らしながら、微妙に違うステップで踊りだした。

唖然と見上げるわたしには目もくれず、一心不乱に。

またもひとしきり踊ると、自分でスマホの音楽を止めた。

「手伝って頂けるかしら?」

転がっているスーツケースから「コステロ・・」と呟きながら宝塚みたいな巨大な羽を取り出した。手渡された「コステロ」を持っていると、黒い影は腕を通した。「カベッサ」と囁きながら頭に孔雀みたいな被り物をスっと自分で装着している。

A町の夏祭り「恒例サンバ大会」で、こんな格好の人たちを見たことを思い出した。

「負けられないの。知ってらっしゃるわね? 今年で大会は最後なの。」

そうなの? 知らない・・。

「今年こそ、真の勝利を納めて、ハイーニャ・ダ・バテリアにならないと。これを持って引退したいの。」

はいさ? ダッテさ? 沖縄風の挨拶?

黒い影は朗々と語り出した。



B町のエスコーラ(サンバチームのことらしい)のパシスタ(踊り子のことらしい)として黒い影はトップを務めている。

C町のエスコーラと毎年熾烈な戦いを繰り広げていて、どうも今年は大会が最後とのことで、「ハイーニャ・ダ・バテリア」なる大会としての女王みたいなものが設定されるとの話だ。

今まではダンスの華やかさや豪華さを競い合って「単純に」町の勝敗を決めていたらしい。

黒い影はこの「ハイーニャ・ダ・バテリア」をもって有終の美を飾りたい、と。

わたしにはよくわからないけど、そういえば「お祭り」はダンス大会が始まると殺気と熱気に満ちていた気がする。

「わかって頂けて?」

完璧なボディラインの黒い影は見事に月に映えている。

厳しい舞台(夏祭り)に向けて、厳しい環境に身を置き、心を磨き抜くつもりで今日はここにいる、と。

崖っぷち、砕ける波の音が自然の厳しさを教えてくれている。

・・・、気がしてきた。

「押して・・、下さるわね?」

わたしは黙って、ボタンを押した。


どれくらい再生とストップでスマホの画面を叩いただろう。

海の遥か向こうに明るさが見えて来た。

額に玉の汗を浮かべた黒い影は、もう影ってはいない。

数時間も踊り続けた状態でも、まるで表情は涼し気だ。

「送るわ。」

「黒い影」のコステロ外しを手伝い、カベッサを外し、スーツケースに収めた。サっとトレンチコートに腕を通して、颯爽と駐車場へ歩き出した「黒い影」の後にわたしは憑かれたようについて行った。

駐車場の端っこに大きなバイクが止まっていた。

「黒い影」は真っすぐ「HARLEY DAVIDSON」と側面に書かれているバイクへ歩いて行った。

「お願いがあるの。」

バイクにスーツケースを括りつけながら、「黒い影」は言った。

「毎年、勝敗は僅差なの。きっと、今年も・・。大会、いらして頂きたい。そして、あなたの感じた気持ちで投票をして貰いたい。もちろん、私に入れて欲しいということじゃない。純粋にどちらのダンスが素晴らしかったか、それを評して貰えたら嬉しい。」

「・・・」

「あなた、どうして夜中にこちらにいらしたの?」

「え・・・」

急な問いに、わたしは口ごもった。

「余計なお世話ね、きっと。付き合わせて、ごめんなさい。嬉しかった、ありがとう。送るわ。」


わたしはふいに涙が止まらなくなり、堰を切ったように「黒い影」にショウとのことを話した。

誰かに「普通に」聞いて欲しかったと、いま気が付いた。

「ニ日後に大会があるの。私のダンスを見に来て。私はまさみ。正しい美しさと書いて、正美。会場であなたを待っているわ。お名前は何て仰るの?」

「あみです。」

「アイ・・、良い名前ね、ラヴ・・。会場で待っているわ。」

「ちが・・」

訂正しかけたわたしに、正美さんがヘルメットをカポっと被せた。

そのまま正美さんはわたしを家まで送ってくれた。


部屋に帰っても、やっぱりショウはいなかった。

スマホにも何も連絡は無い。

正美さんと会わなかったら、わたしはどうしていたかな。。

部屋の真ん中で丸くなって、この日は寝た。


ニ日後の日曜日。

わたしは部屋にいた。

ショウからの連絡は一切無い。

ずっとショウの連絡を待っていたけど、本当にこれでいいのか、わからない。

スマホが鳴った、ショウからだ。

受信ボタンを押して耳に当てる。

ガサガサする音が聞こえる。

甘えた女性の声と笑っているショウの声が交互に聞こえて来た。

時々ある誤発信が絶妙なタイミングで起こったらしい。

電話を切って、わたしは部屋を出た。



ちょうど「大会のメイン」として、C町のチームが夏祭り会場を練り歩いていた。軽快なサンバのリズムを刻む打楽器演奏と「パシスタ」達が笑顔を振りまいている。

正美さんは見当たらない。

そうだ、B町だったっけ。

ひとしきり練り歩いて行くチームの後に、更に熱気を帯びた打楽器隊が会場へ入って来た。

ひと際目立つ女性が櫓からのサーチライトを浴びて、颯爽と入場してきた。「正美さん」だ。

こないだに増した見応えしかない衣装に身を包み、ホイッスルを吹き鳴らし、観衆の視線を釘付けにしている。

誰かが「ゴンザレーーース!!」と叫ぶと、正美さんが声に反応して見事な足さばきのステップを踏んだ。

「今年のゴンザレスは気合が入ってんなぁ。」

股引で丸首シャツのおじさんが、うんうんと頷いている。

股引の後ろに「B町」とプリントされた団扇を挟み込んでいる。

ゴンザレス?

「だなぁ、今年で最後だ、負けられねぇさ。」

正美さん、「ゴンザレス」と呼ばれているらしい。

艶やな表情で汗をほとばしらせた「ゴンザレス・正美」が、これでもかといった華麗なステップを繰り広げている。

妖艶な中に華麗さを見せ、表情豊かに身体をたわわに揺らしてダンスをしている正美さんはとても綺麗だ。圧倒されて見ているわたしに気付いた「ゴンザレス」が挑発的なステップをしながら、そっとウィンクを投げてくれた。そして「B町」のおじさん達が盛大に盛り上げる前を通り、退場して行った。


むせ返る熱気に当てられたわたしは、ようやく我に返った。

そういえば、投票ってどうするんだろう?

会場のスピーカーから「あと3分で投票受付終了で~す、5分後に開票で~す~」と流れてきた。

3分??

投票の仕方は聞いていなかった。

キョロキョロしているわたしに、さっきのおじさんが、

「落とし物でもしたんかい?」と、酒臭い息を吹きかけながら声をかけてくれた。

「投票ってどうするんですか?」

「ええ~? まだしてないんかい? ほれ、あそこの店で缶ビールを買うのよ。そしたら、1個、投票券くれるからさ。急げ、急げ~、あ、B町入れてくれよ~、あっはっは~」

おじさんの話が終わる前に、わたしは駆け出した。


「缶ビール、1本下さい!!」

「はーい、ありがとね~」

缶ビールを1本だけ渡された。

「あの、投票券は・・・?」

「券は、缶ビールを3本買ってくれたら、1個なの」

「あと、2本下さい!!」

やっと投票券を手に入れた。

のんびりした動きの店員さんから、ひったくるように缶ビールと投票を受け取った。踵を返して走りかけた時、はたと「投票券」はどこへ入れるのかわからないことに気付いた。

店員さんへ「投票箱、どこですか??」

わたしの鬼気迫る問い掛けに、店員さんが「A町町会」と書かれているテントを指差した。

わたしは駆け出した。


「A町」と書かれた団扇をゆかたの帯に差しているおじさんが、2つの投票箱を回収しようとしていた。

「ちょっと、待ってーーー!!」

汗だくで駆け寄るわたしに、おじさんが少し後退りした。

おじさんの抱えている「B町」と書かれた投票箱へ投票券を差し入れた。

空いているパイプ椅子へドカっと腰かけて、汗だくのわたしは缶ビールをプシュっと開けた。


缶ビールを1缶一気に空けた辺りで、開票が始まった。

投票券は「スーパーボール」で、箱からB町、C町それぞれの町長がA町の町長を挟んで、1個ずつ取り出しては、ポーンと投げ始めた。


「ひと~つ、ふた~つ」


跳ねるスーパーボールを子供たちがキャーキャー言いながら、追いかけている。

わたしは2缶目のビールに手をかけた。


「じゅうは~ち、じゅうく~」

子どもたちは依然として、キャーキャーと駆けずり回っている。


長い。


それだけ、町の威厳もかかっているに違いない。

暑さで煮えた頭にビールは回る。

ぼやけた視線の先で、C町の町長が箱を激しくまさぐり始めた。

「にじゅな~な、にじゅは~ち」

C町の町長がカクっと下を向いた瞬間、

「にじゅくーーーーーーーーーー♪」

B町のスーパーボールだけが跳ねた。

わたしの手の中で3本目のビールの空き缶が握り潰された。



ハっと気づいたら、隣の席に「ゴンザレス」が座っていた。

「来てくれたのね、ありがとう。」

カチ割り氷をわたしの頭に乗せてくれている。

「ラブのおかげ。」

ゴンザレスのたすきに「ハイーニャ・ダ・バテリア」と、しっかりした明朝体の刺繍が刻まれている。

だらしなく笑うわたしを「ゴンザレス」が抱きしめてくれた。

「素敵な笑顔。あなたは、あなたを大切にしないと。私にしてくれたように。」

耳元で「ゴンザレス」が囁いた。



翌日、二日酔いで会社を休んで部屋で寝ていた。

スマホが鳴った。

「玄関開けて♪」

甘えたショウの声だった。


「大切にする相手、間違ってたわ。」

わたしは電話を切った。



「にじゅくーーーーーーーーーー♪」



ショウと家族。

ショウと友達。

「中立」は止めた。


わたしを大切にしながら、わたしを大切にしてくれる人を大切にしよう。

深く被った布団の中で、わたしはニコっと笑った。


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