幸せの感受性を磨く「自分のいるべき場所」の見つけかた。Interview 山口 周さん 前編
自分に合ったライフスタイルを実践する人、未来のくらし方を探究している人にn’estate(ネステート)プロジェクトメンバーが、すまいとくらしのこれからを伺うインタビュー連載。第10回目は、独立研究者、著作家として活動する山口 周さん。
2015年に神奈川県葉山市にご家族で移住された山口さんが実感する、自然豊かな環境で得られる情報の豊かさ。生活環境を動かし、くらしの価値観を形成することが人生にもたらす意義について、凪の日の海辺を眺むリラックスしたムードのなか、ご自身の幼少期のエピソードなども交えてお話しいただきました。
― 2015年に、東京から葉山に移住された山口さん。今年で9年目を迎え、改めて葉山でのくらしはいかがですか?
山口さん(以下、山口):丸9年、早いですね。当たり前のことかもしれないですが、葉山は情報量が多いんです。海が近いので、海鳴りや風の音、海の匂いなどを感じることができる。朝起きて、耳に入ってくる鳥の鳴き声だって何種類もある。視覚、聴覚、嗅覚の変化が大きいから五感を刺激されるんですよ。一方で都会のタワーマンションのような場所に住んでいると、そういった情報からは遮断されがち。人間の脳って、変化が起こらない環境にいると退屈してしまうから、自ら変化を起こさないといけないわけです。
― 都市から自然豊かな地域に移住したい理由として「情報量の多い都会の生活から逃げたくて」と言う声もよく耳にしますが、そこにあるのは情報量の差ではなくて、そもそもの種類や性質が違うのですね。
山口:僕が自然に近いものに情報量の豊かさを感じたのは、中学生の頃。当時、住んでいた実家から駅に向かう坂道の途中に大きなケヤキがあったんです。ちょうど、その前を通りがかったときに突風が吹いて、木の葉が一斉に揺れて「ザーッ」と鳴り響いた。それがなんとも言えぬ気持ちのいい音で。
何万枚もの葉のざわめきがひとつの音のかたまりになって耳に入ってくる複雑さは、たとえどんなに大規模なオーケストラが数十種類の楽器を奏でたとしても敵わない。これは、とても人間にはつくれないなと思ったんです。
だから僕としては、都会に行くとなんだか情報量が足りないなと感じてしまう。都会における情報というのは、人工的につくられたものなんですよね。街中にある高層ビルも、人間の頭で設計した情報の入れ物に過ぎない。会社に出社して物理的に人が集まったとしても、すぐにそれぞれのパソコンに向かってインターネットという情報空間の中に潜り込んでいく。単純で変化がないんです。そんな情報の入れ子構造でつくられている環境だから、いざ世の中がリモートワークに移行しようとなったときのハードルも低かったのだと思います。
― 山口さんも、そういった自然に近い情報環境を求めた結果、葉山に辿り着かれたのでしょうか?
山口:それはね、もう直感としか言いようがなくて。ただ、僕の父が鎌倉の人だったので、夏休みは由比ヶ浜にある父の実家によく遊びに行っていたんです。そのときに感じた、ゆっくりと時間が流れるような心地いい感覚は今でもよく覚えています。そして偶然にも、僕の妻のお母さんのご実家も鎌倉で。そんなこともあって、彼女も「海のほうでくらしてみたい」という想いは以前からあったみたいです。
人生において「どこにいるか」こそが、人の思考を左右する一番大事な選択である。
― 幼少期の心地いい記憶が知らず知らずのうちに、山口さんご夫婦を理想のくらしに引き寄せたのかもしれませんね。
山口:それで言うとね、人生に大きな影響を与える選択は「どこにいるか」「誰といるか」「何をするか」の三つだと僕は思っているんです。
「何をするか」というのは、主に仕事や趣味のこと。とくにキャリア形成は人生における重要なものだと考えられがちですが、僕は「どこにいるか」こそが人生を一番左右するし、人の思考をも変えてしまう大きな選択だと思うんですよね。みんな、これに無頓着過ぎるんじゃないかと(笑)。
たしかに、昔は「何をするか」と「どこにいるか」がくっついていたんです。例えば、東京で仕事をしていると、職場に1時間程で行ける圏内という条件下で「どこにいるか」が自ずと限定されてしまう。それが、コロナ禍をきっかけに「何をするか」と「どこにいるか」を切り離して考えやすくなった。最近は、僕が手伝っているスタートアップや IT 系のベンチャーでも「入社してから東京の本社には一度も来たことがなくて、ずっと福岡にいるんです」なんていう人が、珍しくない時代になりました。
― 「どこにいるか」がオプションフリーになった結果、人生の選択肢が急に広がったのですね。
山口:一般的には、選択肢が増えることはいいことだと言われているけれど、じつは選択肢が多過ぎると後悔しやすいという研究結果もあるんです。とある有名な実験で「3枚の絵画」と「20枚の絵画」、それぞれの条件下で好きな絵画を1枚だけ選んでもらうというものがあって。後日、実験対象者に「選んだ絵画に満足しているか?」を聞いてみると、より選択肢の多い「20枚の絵画」から選んだ人の満足度のほうが低かった。
つまり、オプションがあればあるほど、その中から「本当にいいチョイスをした!」と確信を持つのは、結構大変。これは職業の選択についても言えることですが、「どこにいるか」を自由に選べるようになったからこそ、「自分はどこにいると幸せなのか」に関する感度がとても重要な時代になってきていると思います。
だからこそ、n’estateのように「いろいろな場所に住んでみる」という体験を提供することは、とてもいいコンセプトだと思います。
僕も、父親の鎌倉の実家という幼少期の思い出から何となく神奈川県の海の側に来たけれど、もしかするとこの先、まだ見ぬ「自分がいるべき場所」が待っているかもしれないですし。
いろいろな場所に住んでみることで、自分なりの幸せの物差しが見えてくる。
― 自分がいるべき場所。山口さんは、どんな場所に住んでみたいですか?
山口:中央線沿線に住んでみたいですね。武蔵野が好きなんですよ、雑木林がたくさんあって気持ちいいでしょう。あとは、国立とか。自転車に乗るのが好きなので道がフラットだといいですよね。でも、妻は中央線は混むから嫌だって(笑)。
― 家族みんなが納得できる場所選びは、なかなか難しいですよね(笑)。
山口:そうだよね。だから人生のライフステージによって、モビリティのレベルはやっぱり変わってくるのだと思います。独り身のときは気楽ですし、パートナーとのくらしも比較的に自由はあるけれど、子どもを育てるようになって地域に固定的なコミュニティができてくると動きにくくなる。子どもも大きくなれば、彼らは彼らで人間関係をつくっていくわけですから。だからこそ、若いうちにいろいろなところに住んでみるのがいいと思います。五感を開いて、いろいろなものごとを体験することで、人生のクオリティを上げられるんじゃないかと思います。
もしかすると「自分のいるべき場所」は、母国ではないかもしれない。僕がアメリカに本社を置くグローバル企業に勤めていた頃、パリ出身の同僚がいたのですが、彼は20代の頃にバックパッカーとして世界中を回ったのだそう。旅から戻ったら一年仕事をして、また旅に出るといった感じで。アメリカやカナダ、アジアなど何か国も訪れた彼が「もう一回行きたい」と思ったのが、日本の東京だった。東京生まれの僕からしてみれば「どうしてこんなところにいるの?」と思うような場所かもしれないけれど、彼のように東京こそが「自分のいるべき場所」だと感じる人もいるわけです。
たくさんの場所を訪れ、見聞きし、体験してきた中でやっぱりここがいいと確信することができたなら、それは人生においてとても豊かなことだと思います。
>後編は、こちら。
Photo: Ayumi Yamamoto
<Event Information>
「五島、ひと夏の大学」
世界最高峰の叡智が集まる、サマープログラム。
山口 周さんもファシリテーターとして来島予定。
期間:2024年7月5日(金)〜8日(月)
※メインコンテンツは、6日(土)7日(日)の2日間
場所:福江島(五島市)の市街地中心
メイン会場:福江文化会館
前夜祭:魚津ケ崎公園(雨天の場合は変更の可能性あり)
主催:一般社団法人みつめる旅
後援:長崎県、五島市、新上五島町、小値賀町、佐世保市
協賛:株式会社日本たばこ産業(JT)/n'estate(ネステート)by 三井不動産レジデンシャル株式会社/双日株式会社(2024年1月現在)
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