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上杉謙信女説から見る新たな視点で物事を見る大切さ

豊川です。
今回は私の価値観が1つ壊された話をしていきます。
本日脱毛サロンに行き、いつも担当して下さる店長さんと話をしたのですが、その時に聞いた上杉謙信女説が衝撃的でした。
今回は上杉謙信女説を聞いて私の価値観が壊されたのでそのことから学べることを書いていきます。

少しでも参考になればと思います。

上杉謙信女説は聞けば聞くほど納得がいくものだった

上杉謙信といえば越後(新潟県)を治めていた戦国武将。
私の中では戦国時代の中で戦が上手く、負けなかった武将という印象が強いです。
毘沙門天という神を崇拝し、権力では義理と人情を大切にするとても珍しいタイプの武将で男の中の男という印象でした。
実はこの上杉謙信には他の武将とは全く異なる点があり、女性なのでは?と思う点がいくつかあります。

✅①生涯正室・側室を取らなかった。
上杉謙信は生涯正室・側室を取らなかった武将として有名で、子供は全て養子。
これって戦国の世においては不自然すぎませんか。

男であれば自分の遺伝子を後世に引き継ぐために子供が欲しいはずです。
子供を産むために正室と側室を複数抱えているのが普通です。
ですが、上杉謙信は正室・側室を生涯取らなかったことで有名です。

上杉謙信は男性ではなかったかもしれないと考えてしまうエピソードです。

②敵に塩を送った。
武田信玄は同盟国である駿河国から食塩を輸入していましたが、領土を拡大する野心のため同盟を破りました。
その結果食塩の輸入がストップしてしまい、食糧難に陥りました。
そのことを聞いた上杉謙信は武田信玄に塩を送って助けたという話があり、『敵に塩を送る』という言葉の語源になっています。

実はこの話ってかなり奇妙じゃないですか。
普通に考えて敵国が窮地に陥っている時こそ、攻めるタイミングです。
戦国時代は食うか食われるかのとても厳しい世界なので、敵に情けをかけるだけで殺される時代です。
そんな時代で敵に情けをかけることは自殺行為につながりかねないです。
エステの店長さんが言っていたのですが、情けをかけるのは女性的な発想ではないかとのこと。
女性であったがために情けをかける、そう言われればそう思えなくもないですかね。

③毎月10日前後に謎の腹痛を起こしていた。
謙信は出陣前によく腹痛を起こしていた逸話があります。
これは生理痛ではないかという説があるみたいです。
ただし、謙信自身が元々持病を持っていたというケースもあるため何とも言えないです。

上杉謙信女説は私の中の価値観をまた一つ壊してくれた

私は戦国無双というゲームがとても大好きです。
このゲームで上杉謙信のイメージができたといっても過言ではありません。
ですが、史実の上杉謙信を知ると謙信が女性だったこともあながち間違いではないかと思いました。
私の中の上杉謙信のイメージが完全に壊れました。
このイメージの崩壊の衝撃は大きかったですが、逆に面白かったです。

大切なのはどちらが正解ではなく自分とは違った見方もあることを認めること、その見方を認めることだと思います。
別に上杉謙信が女だろうと男だろとどっちでもよいわけです。
歴史はその時の解釈によって変わるのですから。

最後に

皆さんは日々情報と接していく中で前の価値観やイメージが崩れる時があると思うのです。
これはこれ、あれはあれと決めつけるのはあまりよくありません。
決めつけることは簡単ですが、しすぎると頭が固くなってしまい柔軟な考えができなくなる恐れがあります。
自分が常識と思っていたことが明日には非常識になる可能性はいつでもあります。
今までの自分の中の価値観が全てではなく、新しい価値観を受け入れることこそ重要だと思いませんか。

いつも読んでいただき ありがとうございます



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