【短編小説】可愛くないモノ Vol.10

私達は病院の近くのカフェに入った。私はアイスコーヒーを、彼女はアイスミルクティーを注文した。顔立ちはハーフみたいだけど、身長はそんなに高くない。私と同じくらい、たんぶん160㎝にギリギリ届かない程度だ。

「あの、彩菜さんってハーフなんですか?」
「ううん。クウォーターなの。母方の祖母がフランス人で」
「やっぱり。その白さは日本人じゃないなって思っていたんですよね。羨ましいなぁ」
「そうかな?小さい頃は嫌だったのよ。皆と違うってことが。何となく周りの子たちと馴染めなかった時期もあるし」彼女はそう言って、桜色の唇にストローを運んだ。
きっと本人は辛かったのだろう。ちょっとした居心地の悪さや、何となく胸を張れない時期。そういうトラウマと呼ぶにはあまりに些細なモノが、わりと長期にわたって人生に悪影響を与えることを、私はよく知っている。それでも、どの角度から見ても絵になる彼女の、さほど過酷とは思えない辛い過去は、魅力を際立たせるアクセントにすら感じられた。
「それ、先生が?」ずっと気になっていたことを、私はやっと口にした。前回はなかったのに、今回はあったのだ。彼女の左手の薬指に、光るものが。
「あぁ、これ?そう、この前彼がくれたの」まるで何でもないことのように彼女は答えた。ヴィトンの新作バッグを自慢する優香のほうが、よっぽど一大事のようだった。
「ご結婚、されるんですか?」
「うん。来年の九月頃の予定。良かったら、式にいらしてね」
カウンセリングの必要性など少しも感じられない彼女の笑顔と、華奢な指でいたずらに輝くリングを交互に見ながら私は、幼い日に言われた不可思議な言葉を思い出していた。

老婆が凄まじい形相で放った、あの言葉を。
ーあぁ、こういうことだったのだー
ずっと理解出来なかった言葉が、嫌と言うほど、腑に落ちた。

to be continued.....

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