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ボスニア紛争と知られざるPR作戦⑧~タイム誌の表紙を飾った写真の「嘘」

前回はこちら。

「民族浄化」という強烈な造語により、セルビア人の非道を告発したボスニア政府。

 確かに、ボスニア国内のセルビア人勢力は、敵対者の殺戮を行っていた。しかし、非道な人権侵害を行っていたのは、モスレム人やクロアチア人も同じであった。一連のユーゴスラビア紛争では、多かれ少なかれどの勢力も残虐行為を行っている。

 それでも「民族浄化の加害者=セルビア」のイメージが現在も固定しているのは、こうしたPR戦略の影響が大きいのである。

セルビア側の反撃も遅く…

 日に日にセルビア非難の国際世論が高まるが、セルビア共和国(ユーゴスラビア連邦共和国を構成する)の反応は鈍かった。当時のセルビア大統領は、生涯に渡って「虐殺者」のレッテルを貼られ続けたスロボダン・ミロシェビッチである。

「真実はそのうち必ず広まる」というセルビア人の思考に加え、ミロシェビッチには「欧米西側諸国に媚びるアピールをすると、国内受けが悪くなる」という思惑もあった。

 セルビア政府は事態の悪化を受け、慌ててPR戦でも反撃を試みる。しかし、その時には既に「セルビア=悪」のイメージが浸透しており、セルビア政府の依頼を受けてくれるアメリカのPR企業は皆無であった。

世論を作るのに嘘は不要

 ルーダー・フィン社の巧妙なところは、モスレム人に有利な情報を流しながらも、「決定的な嘘はつかなかった」点である。モスレム人も虐殺を行っていたことは覆い隠し、セルビア人の悪行については最大限効果がでるようにアピールした。
 メディアの注目が高まると、現地に出向いて取材してくるジャーナリストも増えた。ルーダー・フィン社のおかげで、彼らのうちの少なくない人数が、「セルビア人=悪」のストーリーに基づいて取材したはずである。
 象徴的な出来事は、1992年8月に「タイム」誌の表紙を飾った写真である。

(トップ画像の出典)

http://time.com/5034826/fikret-alic-time-cover-bosnia/

ショッキングな写真が雑誌の表紙を飾る

 鉄条網の向こうに、やせ細ったモスレム人の男性が立っている。セルビア人がモスレム人を収容した「強制収容所」を写したものだ。


 ところが、のちの調査によって、その写真には「事実を正しく伝えていない」ことがわかった。セルビア人のつくった捕虜収容所は存在し、確かに衛生状態は悪かった。しかし、ナチスのアウシュビッツ収容所のような、国家の命令で組織的な虐殺を行う「強制収容所」ではなかった。

 鉄条網は、モスレム人を閉じ込めるために作られたのではなく、敷地内の倉庫や変電所の周囲に、「もとからあった」ものだった。たまたま、収容者の男性と取材したカメラマンの間に鉄条網があったため、あのような構図ができたのである。

(続く)

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