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大坂城「櫓特別公開」訪問記

 大坂城(現在は「大阪」だが本来は「大坂」といった)と言えば知らない人はいないでしょう。町の象徴である復興天守が思い浮かびますね。

1931年に再建された。

 地元の人でも意外と知らないのですが、大坂城には江戸時代の貴重な建物が多く残り、13棟が重要文化財に指定されています。


大坂城「櫓」特別公開

 大坂城の櫓は原則非公開ですが、時期によっては内部に入ることができます。今年8月の公開期間に地元(奈良)に戻っていたので、見学してきました。

左:千貫櫓、右:多聞櫓

 今回公開されたのは、大手口多聞櫓と千貫櫓です。西ノ丸庭園入口で特別公開のチケットを購入します。ここで一緒に天守のチケットを購入しておいたのは正解でした。後で行った天守はものすごく混んでいたので…

大手口多聞櫓

城の正門にあたる大手門

 大手口多聞櫓とは何か、説明しておきましょう。大手門をくぐると、桝形と呼ばれる方形の空間があります。下の写真に見えるのが多聞櫓です。

長屋状の櫓を多聞櫓という

 櫓の内部はけっこう広いです。天守など、現存の建築に入ると「意外と狭い」と感じることが多いですが、珍しいパターンです。

出土物などが展示されている

 多聞櫓はL字型の建物です。内部を90度曲がると、続櫓の内部が見られます。

壁には鉄砲を撃つための「狭間」がある

千貫櫓

 千貫とは、昔のお金の単位。大坂城のある土地は、もともと一向一揆を組織した石山本願寺がありました。織田信長の軍が本願寺に苦戦したため、「あの櫓は千貫かけても欲しい」と言われたことが名前の由来です。

 二階建てのそれほど大きくない建物が、なぜそれほど重要なのでしょうか。

西ノ丸側から見た千貫櫓
櫓の内部

 千貫櫓の秘密は、窓から外を眺めてみるとわかります。大手門に向かう通路を見渡すことができるのです。敵軍が大手門に近づいてきたら、千貫櫓から矢や鉄砲を浴びせることができます。

 このように、横から敵に攻撃するための工夫を「横矢」といいます。

大坂城は見所がいっぱい

重要文化財 乾櫓

 内部公開はされていませんが、貴重な建物は他にもあります。

重要文化財 焔硝蔵

 危険な火薬(焔硝)を保管する焔硝蔵は、防火・防水のため総石造りになっています。こうした石造りの火薬庫は国内でも例がありません。

重要文化財 六番櫓
本丸東側の石垣

 本丸の東側に面した石垣は、高さ約32メートル。日本一高い石垣と言われています。

秀頼・淀殿ら自刃の地

 ところで、大坂城といえば豊臣秀吉のイメージが強いと思います。しかし、大阪の陣で豊臣氏が滅んでから、江戸幕府は徹底的に豊臣時代の大坂城を破却。城跡を埋め立て、その上に新たな城を建てました。

 つまり、現在みられるのは徳川氏の大坂城であり、秀吉時代の痕跡は残っていません。

 しかし、現在秀吉時代の石垣を発掘・復元するプロジェクトが進んでいるそうです。

 公開施設の完成が楽しみですね。大坂城の見所がまた一つ増えることでしょう。

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