南極で生まれた子
1978年1月7日、南極のエスペランサ基地で男の赤ちゃんが誕生し、エミリオ・マルコス・パルマと命名されました。
彼こそは、史上初めて「南極大陸で生まれた人類」です。そして、「特定の大陸で初めて生まれたことが確認できる唯一の人類」でもあります。
彼はどのような経緯で誕生したのでしょうか。
19世紀末以降、各国は南極の探検を本格化させ、南極の一部の領有を宣言する国も現れました。南極に近いアルゼンチンもその一つです。
しかし、1959年締結(1961年発効)の南極条約により、各国は南極の領有権主張を凍結すること、南極の軍事利用を禁止することなどが決められます。ただし、この時は発効から30年の期限が決められていました。
1977年、当時のアルゼンチン大統領ホルヘ・ビデラは、この条約の効力が切れた時のことを見越し、領有権主張の根拠を作ろうと考えました。
南極観測隊員の妻がちょうど妊娠していたため、アルゼンチンのエスペランサ基地に運び、翌年に出産させたのです。
生まれた子どもは両親の国籍に基づき、アルゼンチン国籍が与えられます。「南極でアルゼンチン人が生まれている」事実が、領有権主張に有利になると考えたのです。
その後も、アルゼンチンによる南極での出産が行われ、1983年までに8人の「南極ベビー」が誕生しました。
とはいえ、南極条約に定められている内容は、「発効から30年経過した後、締約国会議で過半数の賛成が得られれば改正できる」というもの(第12条)。
アルゼンチン政府の思惑に反し、南極条約は30年経過した1991年以降も改正には至らず、今も「領有権主張の凍結」は有効のままです。
(参考)
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