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【書評】南川高志「ローマ五賢帝」(講談社学術文庫)

副題は「『輝ける世紀』の虚像と実像」となっている。副題の通り、一般に流布してきた「ローマ帝国最盛期」の実像を明らかにする良書である。

紀元1世紀~2世紀にかけての100年は、いわゆる「五賢帝」が即位し、ローマ帝国が最盛期を迎えた時代だったとされる。

五賢帝とは、ネルウァ、トラヤヌス、ハドリアヌス、アントニヌス=ピウス、マルクス=アウレリウス=アントニヌスの5人の皇帝である。

彼らは、帝位を息子に世襲させるのではなく、臣下の中から有能な者を選んで養子とし、帝位を継がせた。そのため、この時代は有能な皇帝が続き、ローマ帝国を最盛期に導いたのである――と、高校の世界史の授業などでは説明されてきた。

ところが、この説明はギボン以降の近代の歴史観に基づくものだという。著者は、五賢帝たちは有徳者でも何でもなかったことや、五賢帝の時代が平和とは程遠い不穏なものだったことを実証していく。

例えば、ネルウァ以降の皇帝が養子に帝位を継がせたのは、彼らにたまたま実子がなかったからである。最後のマルクス帝には息子がいたので、当然その人物(コンモドゥス)が継いだ。

また、「臣下から有能な者を選んで」というのも眉唾ものだ。養子をとったとはいえ、実際にはネルウァ→トラヤヌスの継承以外は何らかの血縁関係があった。

この時代は、ローマ帝国の領域が広がり、旧来の支配身分であるイタリア半島出身者と、スペインなど新興勢力出身者のせめぎ合いが起きていた。この時代の権力継承は、その力関係を知らなければ説明できないようだ。

例えば、ハドリアヌスの皇位継承は正当性が必ずしも万全ではなく、その結果血塗られた粛清劇を起こすことになった。ハドリアヌスは名君どころか、同時代人には暴君として恐れられていたのである。

かつて語られていた「物語」が、研究の進展によって虚像であったと明らかになる。歴史を学ぶ面白みの一つだと思う。


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