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アメリカ大統領選挙と情報戦⑧~父ブッシュの「汚すぎる選挙戦」(二)

写真=マイケル・デュカキス候補。

前回はこちら。

「候補者に精神病歴」というフェイクニュース

 選挙戦序盤でリードしていたデュカキス陣営に冷水を浴びせたのは、「デュカキスに精神病の治療歴がある」という噂だった。出所は、「ラルーシー」というカルト政治団体。リンドン・ラルーシュという、胡散臭い陰謀論を度々唱えている活動家が率いる団体である。

 彼の陰謀論には、「英国のエリザベス女王も国際麻薬カルテルに関与している!」といったものがある。要するに、常識がある人ならば一笑に付すような、事実無根の中傷である。今でいう「Qアノン」に近いだろうか。

手を汚さずデマを拡散させたブッシュ

 世論調査で負けていたブッシュ陣営にとって、この噂は好機と映った。この時、ブッシュ陣営は巧みなやり方で噂の拡散に手を貸している。後に暴露されたところによると、このようなやり口が行われたという。ブッシュ陣営のスタッフがジャーナリストと接触し、「デュカキスの精神病歴の噂、聞いたことはある? あれは本当なのかい?」と質問する。そうして、悪気がない風を装って噂を広めたというわけだ。


 『ワシントン・ポスト』をはじめとする高級紙が、こうした裏付けのない噂を取り上げることは本来ならばありえない。だが、1988年8月3日のホワイトハウスでの記者会見で状況が変わってしまう。
 この日、ラルーシー関係の機関紙の記者が、「デュカキス候補は、自らの病歴を公表すべきと思うか」と大統領に尋ねたのだ。この時レーガンは、「私は障碍者をいじめて楽しむ気はないよ」と軽口で応じた。かなり軽率な失言である。流石のレーガンも、数時間後に謝罪と釈明をした。


 当初は怪しい噂として無視していた新聞社も、「大統領が記者会見の場で言及した」となると、やがて触れざるを得なくなった。「知る人ぞ知る噂」でとどまっていた一件は、新聞の見出しに載ってしまったことで、一般国民にも広まった。根拠のない噂も繰り返されるうちに信ぴょう性を増し、それを信じる国民も増え始めていく。

対応の遅さが致命傷に

 デュカキスの失敗は、騒ぎが大きくなる頃まで有効な対処をしなかったことである。「疑惑を打ち消した方がいいのではないか」という周囲からの警告は、噂が出始めた早い段階ですでにあった。にも関わらず、自分の病歴を公開することや、噂を否定する広報資料を出すこともしなかったのである。


 噂が拡散し始めた8月になってから、デュカキスはようやく主治医とともに釈明の会見を開いたが、後の祭りだった。対応が遅れた結果、デュカキスは世論調査における十数ポイントものリードを失ってしまった。

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